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2011年11月18日 (金)

平成三強物語 - 1989年 マイルチャンピオンシップ(京都GⅠ芝1600m)

競馬には、あいつさえいなければ・・・と言う事は良くありますが、平成の初めに、3頭の偉大なサラブレッドが、しのぎを削って、GⅠレースを取り合った時代がありました。
これは、昭和の三強、トウショウボーイ、テンポイント、グリーングラスになぞらえ、この3頭を平成三強と呼びました。

オグリキャップ・・・1988、1990 有馬記念、1989 マイルCS 1990 安田記念
イナリワン・・・1988 東京大賞典(大井)、1989 天皇賞春 1989 宝塚記念 1989 有馬記念
スーパークリーク・・・1988 菊花賞、1989 天皇賞秋、1990 天皇賞春

今回は、三強対決ではありません。

天皇賞秋を惜しくも惜敗したオグリキャップは、その後の発表で、マイルチャンピオンシップ、ジャパンカップの連闘のローテーションとなりました。
前回と重複しますが、サラブレットは、目一杯のレースをすると、かなり損耗します。
無理をさせると、早く潰れてしまう事が、長い競馬の歴史からも証明されていると言えます。
競馬の連闘・・・特に、目一杯走っても、簡単に勝てるものではないGⅠレースでの連闘は、野球のピッチャーの連投より過酷だと言えます。

オグリキャップは、父がマイラー(日本では芝1600mが得意な馬)だった事もあり、マイル戦は引退するまで無敗でした。
自分の考えでは、オグリキャップは、本質的にはマイラーだったろうと思っています。
しかし能力とスピードがあり過ぎ、2500mまでこなしたんじゃないかと。
同級生に、これまたマイル戦では化け物じみた強さのサッカーボーイがいましたが、残念ながら両者のマイル戦(1600mのレース)対決は実現せず、サッカーボーイはこの年脚部不安で引退してしまいました。

従いまして、GⅠレースとは言え、マイルチャンピオンシップに出走して来たメンバーで有力なのは、安田記念(東京GⅠ芝1600m)優勝馬のバンブーメモリーぐらいです。
バンブーメモリーは、高松宮杯(中京GⅡ芝2000m)で苦もなくメジロアルダンに負け、そのメジロアルダンを天皇賞秋(東京GⅠ芝2000m)で、並ぶ間なしに交わしたのは、オグリキャップです。

巷では、オグリキャップ、バンブーメモリーの一騎打ちムード・・・いえ、オグリキャップがバンブーメモリーをどれだけ千切るかが、興味の的だったくらいです。
バンブーメモリーに一縷(いちる)の望みがあるとすれば、鞍上に天才武豊を迎えていた事です。
関係ないですが、バンブーメモリーの調教師は、武邦彦・・・武豊の父です。
一馬で予想をしている清水成駿が、このレースにオグリキャップ◎、バンブーメモリー○で、他に何の印も打たなかったのは、有名な話です。

枠連しかなかった当時、人気が予想される馬は、JRAから単枠指定となりました。
オグリキャップ1枠1番、バンブーメモリー3枠4番の単枠指定。

ナルシスノワールが、前走のスワンS(京都GⅡ芝1400m)同様逃げ、スタートの良くなかったオグリキャップは、インコース7-8番手につけ、意外にも先行します。
バンブーメモリーはさらに数頭後ろの、インコースで、オグリキャップをマークするように進みます。
3-4コーナーで、天皇賞秋のように包まれまいと、オグリキャップが動き出しますが、それを見て、バンブーメモリーも外から被せるように、上がって行きました。

武豊は、名ジョッキー、魔術師と呼ばれた武邦彦の息子で、デビュー時から天才と騒がれていました。
馬へ負担がかからない、柔らかい騎乗は天性のものだったでしょう。
そして優男なルックスに似合わず、腕力もあり、馬を追わせる豪腕もありました。
逃げて良し、差して良し、追い込んで良し、牡馬牝馬問わず、実力を発揮するべく、馬を操る事が出来ました。
ジョッキーとして、必要な全てを持っている、天才ジョッキーと言えましたが、何より凄かったのは、騎乗の駆け引きです。
前回の天皇賞秋、スーパークリークの騎乗が120%の騎乗なら、このレースでの武豊の騎乗は、200%の騎乗でした。

4コーナー過ぎ、武豊の駆け引きが炸裂します。
オグリキャップが馬群の外に出そうとするのを、オグリキャップの外で、バンブーメモリーは先団に取り付く振りをして、馬群の外に出す進路を塞ぎます。
武豊は、まだデビュー2年目の若武者でしたが、こんなベテランでも舌を巻くような駆け引きを、どこで覚えたのでしょうか?
やむなくオグリキャップ鞍上の、名手南井克己は、インの馬群に突っ込みます。

オグリキャップは、大外に出したりすれば、凄まじい末脚を繰り出しますが、馬群を捌く器用さはありません。
急に追い出すと、手前を変える(馬がスパートするのに利き脚を代える事)のに、モタモタするクセがありました。
武豊は、天皇賞秋の走りからも、それを学んでいた事でしょう。
南井がインの馬群をついたのを見て、作戦成功と、スムーズに大外から直線スパートします。

オグリキャップはインの馬群を捌いた後、南井が追い出してモタモタする間に、バンブーメモリーはスピードに乗り、離して行きます。
しかも、インを突かれないよう、ラチに寄って行きます。
このシーンを見ると、オグリキャップが一瞬に離されてしまって、結果を知っているのに、何度見ても勝つように見えません。
完全に、武豊の作戦が成功します。

残り100m、まだ1馬身あります。
バテた馬相手ならいざ知らず、相手はスピードに乗ったGⅠホース、バンブーメモリーです。
普通なら、万事休すでしょう。
しかも馬群を捌くのが下手なオグリキャップは、ラチ沿いにバンブーメモリーのインを突きます。

南井もさるもの、ラチに寄ったバンブーメモリーの外に出しては、間に合わなかったでしょうね。
狭いバンブーメモリーのインをこじ開け、鬼脚を繰り出します。
そして南井の豪腕とオグリキャップの根性で、残りの直線100mを1馬身差挽回し、辛うじて鼻差出たところがゴールでした。

1着 オグリキャップ  1:34.6 レコード
2着 バンブーメモリー ハナ
3着 ホクトヘリオス 4

天皇賞秋では、自らのミスで2着に破れ、このレースでもオグリキャップの能力で勝ったようなもので、南井はレース後のインタビューで男泣きしました。
「なんて偉い馬なんだろうと思うと、どうしようもなく泣けてきた」と述べています。
もしかすると、馬主はタダもらいの楽勝のレースを予想していたかも知れませんが、GⅠレースを勝つのは、それほど甘くないのを思い知らされた事でしょう。
そしてこのレースもまた、オグリキャップは目一杯のレースとなりました。
ライバルのスーパークリークは、十分休養しているのにです。

そして翌週のジャパンカップ。
史上屈指の好メンバーで、恐るべき激闘となります。

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コメント

オグリ感動、オグリ感動・・・オグリキャップ感動を有り難う、目頭が熱くなりながら浪花節的ですがこの言葉が頭に何度も響きましたね。1週間後にこれ以上の感動が待っていることはつゆ知らずに・・・。
記事の話題から外れますがサッカーボーイ、前年のマイルCS単勝馬券当てましたが、阪神3歳S、函館記念、そしてマイルCSの瞬発力は圧巻でしたね。弾けるような瞬間的切れ味はスノーフェアリーに通じるものがありましたよ。マイル路線でもっと長く活躍して欲しかったですね。

投稿: シーバード | 2011年11月18日 (金) 09時39分

シーバードさん、コメントありがとうございます。

マイルCSが迫って来た事もあり、事前にタイムリーにアップしようと、頑張りました。

>オグリ感動

本文にも書いていますが、何度見返しても、直線バンブーメモリーに離された時、オグリキャップが勝てる気がしません。
あそこまで接戦させた武は凄い!
ウィキペディアを見ると、オグリキャップの鬼脚は、競馬史に残る追い込みと言われているそうですね。

>サッカーボーイ(中略)マイル路線でもっと長く活躍して欲しかったですね。

函館記念、マイルCSの勝ちっぷりは、凄かったですね。
サッカーボーイvsオグリキャップのマイル戦と2000mのレースを見たかったですね。
そうなると、平成4強物語(笑)?

投稿: 醍醐 | 2011年11月18日 (金) 22時36分

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