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2011年12月の記事

2011年12月29日 (木)

2011年 東京大賞典

12月29日、大井競馬場で、公営競馬の古馬3歳以上の総決算、東京大賞典(ダート2000m国際GⅠ)がありました。
東京大賞典は、中央競馬で言うと、有馬記念の位置づけになります。
国際競争の条件となり、今年から国際GⅠになりました。
余談ですが、色々と調整はあるでしょうが、交流競走は全て、国際競争にして国際グレードにしてはいかがなもんでしょう?

現在、日本のダートの強豪と言うと、地方所属船橋競馬のフリオーソ(GⅠ6勝)、JRAのトランセンド(GⅠ4勝)、スマートファルコン(GⅠ5勝)です。
ドバイWCに選ばれたいスマートファルコンは、何としても国際GⅠを勝っておきたいところ。
今年から国際GⅠのこのレースに、出走して来ました。

ジャパンカップダート(以後JCD)2連覇を果たしたトランセンドは、休養に入り、屈腱炎を発症したフリオーソは、このレースでも復帰せず。
まだ引退していませんよね?
エスポワールシチーは、このレースを回避。

となればもう普通に考えれば、スマートファルコンのタダもらいのレースで、2着争いってムードですよね。
2番人気、JRAヤマニンキングリー、3番人気、JRAワンダーアキュート。
大井からスマートインパルス、カキツバタロイヤル、笠松や高知からの遠征馬もいますが、大した戦績の馬はいません。

ゆるりとスタートして、先頭に立ったスマートファルコンは、例によって超ハイペースで逃げます。
テスタマッタ、ワンダーアキュートは離されまいとついて行きますが、その後方はついて行けず、千切れます。
4コーナ過ぎて、スマートファルコンはいつもの行き脚ではありませんが、ここから突き放すのかと思いきや・・・テスタマッタは遅れるものの、ワンダーアキュートは差を詰めて来ます。
ゴールまでじわじわ差を詰めましたが、鼻差迫ったところがゴール。
意外にも、あっぷあっぷのスマートファルコンの辛勝でした。
3着はテスタマッタ。

勝ったスマートファルコンは、東京大賞典2連覇。
昨年との、砂の状態比較は分かりませんが、昨年のレコードタイム2.00.4と比べると1秒4も遅いですし、レースタイムでは最後の1Fはバテて13.2秒かかっています。
スマートファルコンは、JCDを疲労で回避しましたが、まだ調子は戻っていなかったのでは?

この勝利で、ドバイに選出されると良いですね。
どうも、疲労が出やすい馬のようですので、選ばれたら直行するような気がします。

本年、自分の気の向くまま書いた、拙いブログを見て頂きありがとうございます。
新年は、1月4日頃更新予定です。
良いお年をお過ごしください。

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2011年 東京ガス エネファーム

自分、このCMダメです・・・面白過ぎる!!
八代亜紀と三浦春馬の天然な会話で、その後どうして脈絡もなくパラパラを踊るのか意味不明。
風呂に入っているのは、誰!?
突っ込みどころ多過ぎ・・・ちゅーかこれって、ネライ?

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2011年12月28日 (水)

Back Again / David Sanborn

久々の、音楽紹介ですね。
今回は、20世紀最高のベーシスト、マーカス・ミラーを紹介します。
もう21世紀だから、もう時代遅れ?そんな事はありません、腕前はまだまだ衰えていません。

マーカス・ミラーの経歴は、こちらを見て頂きましょう。
2001年に、第44回グラミー賞「最優秀コンテンポラリー・ジャズ・アルバム賞」を獲得しています。

曲は、デヴイッド・サンボーンの1981年「AS WE SPEAK」に入ったボーカルチューンです。
プロデューサーは、ロバート・マーグーレフ。スティーヴィー・ワンダーのプロデューサーを務めた人でしょうか?
マーカス・ミラーはその後、デヴイッド・サンボーンのアルバムのプロデューサーを何年もつとめますが、このアルバムではまだ、いちベーシストです。

デヴイッド・サンボーンは、以前、ブーツィ・コリンズのところでも、紹介していますね。
詳しい経歴は、こちらを見て頂きましょう。

マーカス・ミラーは、基本的にはオールラウンドプレイヤーで、指弾き、スラップ奏法共に超一流で、フレットレスベース(フレットがないベース)を使ったベースソロも素晴しいです。
特にスラップ奏法とフレットレスベースのプレイは、素晴しいですね。

スラップ奏法に関しては、フレージングがキャッチーながら、独創的で、かつノリが良いです。
20世紀最高のベーシストたらしめているのは、スラップ奏法に限らずですが、このノリの良さかも知れません。

では曲に行きましょう。
メンバーは、以下の通りです。
David Sanborn - alto sax
Marcus Miller - bass
Omar Hakim - drums
Michael Sembello - vocal & guitar
Paulinho da Costa - percussion
Don Freeman - keyboads

他に、ジョージ・デュークや、バジー・フェイトンのクレジットも見られますが、音を聞く限り、恐らくこの曲には参加していないでしょう。

ボーカルは、このアルバムではゲスト参加ですが、その後ソロデビューし、「マニアック」と言う曲を大ヒットさせた一発屋、マイケル・センベロです。
ドラムも、当時無名だったオマー・ハキム。現在は、売れっ子ですけどね。

さくっと聞いて頂くと分かりますが、この曲のバッキングの主役は、ベースでしょう。
ボーカルのメロディラインを聞きながら、ベースのフレーズも聞いてみて下さい。
絡み方が、絶妙なのが、お分かり頂けますでしょうか?
フレーズの前後に、装飾音符的に、細かいスラップを入れていて、これがまた独特のノリを生み出しています。

もうひとつ言うと、ドラムのフレーズとの絡みも見事なのですが。

0:20で2度目のフレーズに、スラップ奏法のプル(弦を引っ張ってパチンと言う音を出す)のオブリガード(助奏)を入れてます。
オブリガードじゃなくて、単なる効果音・・・と言う話もありますが(笑)。
0:29からのAメロに絡ませた、スラップ奏法のサムピング(親指で弦を叩いてパチンと言う音を出す)がカッコ良いです。
ところどころ、ベースの音を伸ばさず、切っていますが、これもセンスが良いです。

2:03大きな2回目のリピートのときに、サムピングとプルを織り交ぜた、オブリガードを入れます。
2:35サックスソロでは、ボーカルの時と、少しだけフレーズを変え、オブリガードも多くなりますね。
3:07エンディングに向け、オブリガードを変化させます。

どうです?マーカス・ミラーのベースに乗れましたか?

YouTubeに曲がなく、探したら、GrooveSharkにありました。
URLのリンクがうまく動かなかったので、お手数ですが、下記URLをコピーして、自ブラウザで開いて下さい。

http://grooveshark.com/#/s/Back+Again/1g78mk?src=5
Back Again by David Sanborn on Grooveshark

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2011年12月25日 (日)

2011年 有馬記念:結果

12月25日は、3歳以上GⅠレース、暮れの総決算、有馬記念(中山芝2500m)が行われました。

①オルフェーヴル 2:36.0
②エイシンフラッシュ 3/4
③トゥザグローリー クビ

いやあ、凄まじいスローペースになりましたね。
8Rの1000万下条件レース、グットラックハンデの勝ちタイムが、2:33.3ですよ。
有馬記念は、しばしば考えられないようなスローペースになります。
CMでやってたオグリキャップ優勝の1990年や、1997年、1999年、2000年はスローペースですが、1999年に次いでスローです。
しかし1999年にても、道中遅くて13秒台で、自分はGⅠの中距離戦で、道中のラップタイムが14秒台になったのを久々に見ました。

各馬折り合いをつけるのに大変だったでしょうし、折り合いがついた馬のみ、直線差して来れたレースでした。
その意味で、折り合いがついて、しっかり差して勝ったオルフェーブルは立派でした。
来年は世界に飛躍して結果を残して欲しいものです。

エイシンフラッシュは、ここで来ちゃうんですね。
調教からは調子が良かったようでしたが、上手く折り合いがついたんでしょうね。
日本ダービーもスローペースだったので、ハイペースがダメな馬なのかも知れません。
それならスローペースの、JCで来ても良かったのに・・・

そして昨年に続いて、トゥザグローリーが3着ですか。
エアシェイディと同じパターンと言うのは、考えないではありませんでしたが、捨てました。

あまりのスローペースに、ブエナビスタもヴィクトワールピサも、ダメでしたね。
それにしても、競馬は難しい・・・

今年はまだ東京大賞典が残っていますが、賭けるかどうか決めてません。
いずれ来年は的中して、プラス転換したいですね。

現在の収支:-433,000

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2011年 有馬記念

12月25日は、3歳以上GⅠレース、暮れの総決算、有馬記念(中山芝2500m)が行われます。

1-1 ブエナビスタ 55(牝5、栗東・松田博、岩田)
2-2 ヴィクトワールピサ 57(牡4、栗東・角居、M.デムーロ)
3-3 ヒルノダムール 57(牡4、栗東・昆、藤田)
3-4 ペルーサ 57(牡4、美浦・藤沢和、安藤勝)
4-5 エイシンフラッシュ 57(牡4、栗東・藤原英、C.ルメール)
4-6 キングトップガン 57(牡8、栗東・鮫島、柴田善)
5-7 トゥザグローリー 57(牡4、栗東・池江寿、福永)
5-8 ローズキングダム 57(牡4、栗東・橋口、後藤)
6-9 オルフェーヴル 55(牡3、栗東・池江、池添)
6-10 トーセンジョーダン 57(牡5、栗東・池江、C.ウィリアムズ)
7-11 ジャガーメイル 57(牡7、美浦・堀、四位)
7-12 アーネストリー 57(牡6、栗東・佐々晶、佐藤哲)
8-13 レッドデイヴィス 55(牡3、栗東・音無、武豊)
8-14 ルーラーシップ 57(牡4、栗東・角居、I.メンディザバル)

単勝人気は、以下の通りです。
(12/25 18:00現在)

①アオルフェーヴル 2.3
②ブエナビスタ 3.5
③トーセンジョーダン 9.1
④ヴィクトワールピサ 9.5
⑤アーネストリー 12.8

サンデーサイレンス系(父系サンデーサイレンス)は、6頭、母系にサンデーサイレンスが混じっているも含めると、9頭もいます。
さらに血統を遡り、父系にヘイルトゥリーズンの血統を持つのは、サンデーサイレンス系がそうですし、マヤノトップガン、グラスワンダーもそうです。
現在日本では、ヘイルトゥリーズンの血統が大繁栄していると言えます。

エイシンフラッシュに流れる珍しい血統は、ジャパンカップで書いています。
つまらない事に、珍しい血統はこれくらいです。

さて、データに行きましょう。
自分が、GⅠレースで最も難解と思うのは、阪神JF。
有馬記念は、次くらいに難解だと思っています。

難解なレースと言うのは、3着までに来る馬の条件が、あまりにバラエティに富んでいて、絞れないのです。
一応過去10年のデータを言うと以下2点ぐらいです。
①条件からの出走馬は消し
②菊花賞、ジャパンC、天皇賞秋、ER女王杯、マイルCS、京阪杯、AR共和国杯、中日新聞杯、海外レース以外のローテーションは消し

また、データ傾向で言うと
③重賞未勝利は消し(例外 2002 コイントス、2003 リンカーン)
④芝2100~2600の勝ち星がない馬は消し(例外 2002 コイントス、2006 ダイワメジャー、2007 ダイワメジャー、2010 ヴィクトワールピサ)

このデータで絞ると、①該当なし、②ルーラーシップ、③該当なし、④レッドデイヴィスと、たった2頭しか消せません。
まあ、こんな時は、自分の買いたい馬を買うのも良いでしょう。

逃げるのは何でしょうね?
アーネストリー、ヴィクトワールピサ、キングトップガン、レッドデイヴィスのいずれかでしょうか?
昨年同様、スローペースの上り勝負になるような気がします。
そうなると、先行馬が残りそうですね。

過去、3冠を取って、その年有馬記念に出走したのは、いかの3頭です。
シンボリルドルフ、ナリタブライアン、ディープインパクト、いずれも、連対を果たしています。

ファン投票1位の有馬記念成績は、過去10年7連対と、これまた好成績。

今年の競馬ファンの期待は、三冠馬オルフェーヴルと女傑ブエナビスタのいずれかが、現役最強なのか、好勝負をする事。
そこに、チョイスした先行馬が絡むと予想します。

先行馬の中から、何をチョイスするか、悩みに悩みましたが、前回も狙ったヴィクトワールピサにします。
調教が圧巻でした。

1着は、1990年と同じく、引退の花道を飾って欲しい、ブエナビスタ。
2着は、負けて強しと思わせて欲しい、オルフェーヴル。
そして3着は、ヴィクトワールピサ。

3連単 1→9→2 42.9 50,000

自信は、来てほしいなぁ・・・

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2011年12月23日 (金)

平成三強物語 - 1990年 有馬記念(中山GⅠ芝2500m)

競馬には、あいつさえいなければ・・・と言う事は良くありますが、平成の初めに、3頭の偉大なサラブレッドが、しのぎを削って、GⅠレースを取り合った時代がありました。
これは、昭和の三強、トウショウボーイ、テンポイント、グリーングラスになぞらえ、この3頭を平成三強と呼びました。

オグリキャップ・・・1988、1990 有馬記念、1989 マイルCS 1990 安田記念
イナリワン・・・1988 東京大賞典(大井)、1989 天皇賞春 1989 宝塚記念 1989 有馬記念
スーパークリーク・・・1988 菊花賞、1989 天皇賞秋、1990 天皇賞春

オグリキャップは、秋2戦、天皇賞秋(東京GⅠ芝2000m)ジャパンカップ(東京GⅠ芝2400m)と無残な敗北を喫し、引退レースとして有馬記念に出走して来ました。
これ以上、オグリキャップの無残な敗戦が見ていられない心ないファンは、ジャパンカップ後、直ちにオグリキャップを引退させるよう、馬主の近藤俊典氏を脅迫すると言う事件となりました。

鞍上は、秋2戦騎乗して結果の出なかった増沢から、スーパークリークの引退で、空いてた武豊となりました。
本来であれば、実績も経験も豊富な増沢に比べ、まだまだ駆け出しの武豊でしたが、この時点で天才の名を欲しいままにし、事実史上最速100勝達成、スーパークリークで史上最年少GⅠ制覇、1988年には史上最年少でで全国リーディングで、翌1989年も全国リーディング、1990年も全国リーディングほぼ確実と、人気ばかりでなく実績もありました。
武豊か、岡部が乗って、どうしようもない馬は、しょうがないムードがあった程でした。
事実、岡部の1988年 有馬記念の騎乗も、武豊の1990年 安田記念の騎乗も、オグリキャップの持ち味を最大限活かした、見事な騎乗でした。

1989年 有馬記念の記事にも書いていますが、オグリキャップは物凄く調教の走る馬で、栗東で最も時計が出ない、Bコースで調教の追い切りをします。
並みのオープン馬でも、1200mを80秒なかなか切らないコースなのですが、オグリキャップはこの時点でも77秒前後で走る事が出来ました。

1番人気は、ジャパンカップで日本馬最先着した3歳馬ホワイトストーン、2番人気は何故かしら5歳馬メジロアルダン、3番人気は菊花賞(京都GⅠ芝3000m)で3着に敗れたメジロライアン、4番人気にやっとオグリキャップ、5番人気オサイチジョージ、6番人気ヤエノムテキと続きます。
実はレース前に、面白い流言が飛んでいました。
馬券は今とは違い、枠連までしかなかった当時、オグリキャップと同枠の馬が、代用で有馬記念に2着までに来ると。
枠順が発表された時、同枠に入ったのはメジロアルダン・・・あながち、オグリキャップの代用で2着までに来るのは、あり得ない話じゃありませんでした。
ここまでの実績からすると、メジロアルダンの2番人気は、人気が過熱し過ぎで、この流言があったのでは?と勘ぐってしまいます。
鞍上は、オグリキャップの最初の主戦ジョッキーだった河内洋と言うのも、因縁めいていました。

自分に競馬を教えてくれた師匠は、オグリキャップ衰えても、マイル戦ならまだ日本で一番強いのではないか?と言っていました。
この有馬記念も、もしスローペースで、上がりのスピード勝負になれば、オグリキャップは、まだまだ勝負になるとも言っていました。
しかし世間一般では、オグリキャップはこの有馬記念で引退して、種牡馬入りが決まっていましたので、無事ゴールまでたどり着いてくれれば、着順なんてどうでも良いムードでした。
自分も、そう思っていました。

そして当日のパドックです。
自分は通常、メインレースの1つ前のレースはスタンドで見ず、パドックに陣取る事にしていました。
そうでなければ、人が多くてじっくりパドックを見る事が出来ません。

それにしても、オグリキャップの引退レースとして、あの中山競馬場に約15.5万人もの人が来て、どこに行っても人の波。
当時はまだ、有馬記念には、前売り券は必要なかったんですね。
そのため、有馬記念の2レース前から、パドックに陣取っていました。

在りし日の、全盛時のオグリキャップは、気合を思いっきり外に出し、2人挽きの手綱を持って行くほどで、パドックの見栄えのする馬でした。
しかし、この日のパドックも残念ながら、秋2戦同様、うつむいて、2人挽きの手綱を持って行くほどの気合は見せず、元気がないように見えました。

逆に気合を見せて、パドックで目立っていたのは、ホワイトストーン、メジロライアンの3歳勢、メジロアルダンも良く見えましたし、このレース逃げると目されていたミスターシクレノンも良く見えました。

スタートです。出遅れた馬はありませんでしたが、逃げると目されていた松永幹夫ミスターシクレノンは、ダッシュせず、ゆるりと2番手と目されていたオサイチジョージが逃げます。
レース前に放馬のアクシデントがあった、岡部幸雄ヤエノムテキも珍しく2番手に先行し、その後メジロアルダン、オグリキャップも4-5番手と先行します。
オグリキャップの後ろには、マークするように柴田政人ホワイトストーン、横山典メジロライアンは後方から。

ペースは見た目にも、びっくりするようなスローペース。
600m通過が37.1、1000m通過は63.5と条件クラス並みの、超スローペース。
このため、馬群は団子状になりますが、どの馬もオサイチジョージを突っつきません。
2コーナーで、2番手ヤエノムテキ、3番手少し上がったメジロアルダン、4番手インコースで自然に上がったホワイトストーン、オグリキャップ真中段前、依然メジロライアンは後方から。

1600m通過は1:40.0、向こう正面で、たまらずミスターシクレノンが上がって行きましたが、それでも各馬折り合いがつき、淡々と流れて行きます。
この頃から、少しずつペースが上がって行きます。
3-4コーナー中間くらいから、勝負所と各馬が上がって行き、この中には、逃げるオサイチジョージを射程圏に捕らえたオグリキャップもいました。
2000m通過は、2:03.5。
スタンドで、自分の斜め前にいたおじさんが、「オグリキャップ、ゆっくり・・・ゆっくりと・・・」と言っていたのが、印象的でした。

ここまで超スローペースでしたので、後は瞬発力、スピード勝負です。
故障しないで、無事回って来てくれれば良いと思っていたオグリキャップは、直線手前で武豊が合図して、ゆっくり加速して直線を向きます。
オグリキャップは、急に追うと手前を変える(利き脚に変えて加速する)のにモタモタするクセがありました。
しかし安田記念と同様、ゆっくり加速したので、モタモタするクセは見られません。

これだけのスローペースですから、道中折り合いをつけ、いかにリラックスして走り、脚を残しているかがポイントです。
逃げた、オサイチジョージの脚がまだ残っていましたが、スピードではオグリキャップの敵ではありません。
直線向いて、オグリキャップがオサイチジョージを交わし、先頭に踊り出ます。
豪腕、柴田政人のホワイトストーンが、インコースを突いて突っ込んで来ます。
横山典メジロライアンが、物凄い足で突っ込んで来ます。

どの馬にも脚は残っていますが、ホワイトストーン、メジロライアンの脚は凄かった。
競馬の神様、故大川慶二郎が、メジロライアンの馬券を持っていたのか、テレビの放送で「ライアン!」と叫んだのは有名な話です。
しかしオグリキャップの、この日のスピードは違い、ホワイトストーンを引き離し、メジロライアンも交せそうには見えませんでした。

驚きの、引退レースで堂々復活、オグリキャップ優勝です。
しかも勝ちタイムは、同日の900万下同条件、グットラックハンデの勝ちタイム2分33秒6より遅い、2分34秒2です。
昨年の有馬記念と比べても、2.5秒も遅いです。

優勝時の実況、「見事に、引退の花道を飾りました。スーパーホースです、オグリキャップです。」は、名実況として、今に語られています。

2着はホワイトストーンを交わした、メジロライアン。
でも、メジロライアンは、もっと早く仕掛けていれば、結果はどうだったでしょうね?

1着 オグリキャップ 2.34.2
2着 メジロライアン 3/4
3着 ホワイトストーン クビ

現在、ウィキペディアを見ると、当時の瀬戸口調教師が、この秋のオグリキャップが、骨膜炎で苦しんでいたと、完調状態で出走した訳ではなかった事を示唆しています。
出走したのは、オーナーの意向だったのでしょうか?
調教VTRを見ても、タイム的にもいつもと変わらず、走る姿も素人目には良く見えましたが、関係者にはいつもと違うと感じていたのでしょうね。
パドックでの気合、気迫は、春の頃とは比較にならないくらい、ありませんでした。

後に、増沢とオグリキャップの相性が良くなかったとの説が出されていますが、自分は違うと思います。
オグリキャップは、もう昔日の強さではなく、調子も悪かったんだと思います。

しかし、後に有馬記念パドックでは、手綱を引く池江と辻本厩務員が、天皇賞秋の2倍の力で手綱を引いたので、ひょっとしたらと思ったそうです。
うつむいていたのは、厩務員が手綱を引いていたからだと。それで、元気がないように見えたんですね。

後に、武豊TVで、武豊の思い出のレースベスト5の第4位に、このレースを選びました。
そこでは武豊は、「オグリキャップは、鞍上の指示に従う、乗りやすい馬だった」と語りました。
オグリキャップの調子については、春の出来にはないんだろうなと思っていて、乗っていて、3コーナーまでは勝つ事は考えず、普通に回って来たそうです。
4コーナー手前で、オグリキャップの行きっぷりが良くい、もしかしたら・・・と思い、最後は優勝・・・
「こんな事って、あるんですね」としみじみ語っていた。

現在の、JRAの有馬記念のCMがこのレースで、「神はいる、そう思った」と言うフレーズですね。
オグリキャップが有馬記念で優勝したのは、少し体調が戻り、絶好のスローペースで上りのスピード勝負になり、武豊が絶妙の騎乗をした結果です。
まあ、少しだけ、神の後押しがあったかも知れませんが。

オグリキャップの引退式は、人気が凄かった事もあり、異例の京都競馬場、公営笠松競馬場、東京競馬場の3場で行われました。
東京競馬場へは見に行きましたが、有馬記念の時から少し太っていましたが、有馬記念のパドックより気合乗りが良く、まだまだ現役で通用するんじゃないかと思われるほどでした。

これで、オグリキャップ、スーパークリーク、イナリワンの3頭共に引退し、次には種牡馬として覇を競う・・・はずでしたが、これは生まれた時代が悪かったのです。
オグリキャップは、これだけの人気馬で、血統は大した事がないとは言え、18億ものシンジケートが組まれました。
スーパークリークは15億、イナリワンのシンジケート値段は不明。

前年に、凱旋門賞馬トニービンが種牡馬入りしていましたし、平成三強と時を同じくして、25億円のシンジケートが組まれ、後の大種牡馬サンデーサイレンスが種牡馬入りしました。
同年には、ブライアンズタイムも種牡馬入り。
この3頭とも、ものすごく活躍した種牡馬です。
特にサンデーサイレンスにつては、競馬史上、ボールドルーラーも、ノーザンダンサーも、レイズアネイティブも及ばなかったほど、多くの活躍馬を輩出しました。
これはまた、平成三強とは別の話・・・

平成三強は、イナリワンが少し公営などで成功したくらいで、オグリキャップ、スーパークリークは、全然活躍馬を出さないまま、種牡馬引退しました。

これにて、平成三強物語を終了します。

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2011年12月22日 (木)

上田馬之助氏死去

元プロレスラーの、上田馬之助氏が昨日死去しました。
お悔やみ申し上げます。

プロ意識が高く、好きなレスラーでした。

リング上では、極悪レスラーで、超一流ではなかったですが、存在感のあるレスラーでした。
反則、凶器攻撃、流血のイメージばかりありますが、実は総合格闘技の技にも取り入れられている、腕固めが得意な、しっかり技も使える実力派でした。

またリングを降りると、人情家で、ダウン症の施設の子供等、子供たちに親切で、レクレーションで荷物持ちを買って出るなど、タイガーマスクを地で行くような人物でした。

ヒール(悪役)時代の上田馬之助が、共闘していた盟友、タイガー・ジェット・シンと仲間割れして、対決した試合。
レフリーがアントニオ猪木と、オールド・プロレスファン垂涎のカード。
しかし、グダグダな試合・・・(苦笑)

1986年、第一次UWF崩壊の後、新日本に戻って来て、その際親日正規軍、つまりベビーフェイス(善玉)となり、猪木とタッグを組んで、UWFの前田日明、藤原喜明と対決した試合。
ちゃんとプロレスが出来る、上田馬之助の別な側面が見られます。

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2011年12月21日 (水)

平成三強物語 - 1990年 ジャパンカップ(東京GⅠ芝2400m)

競馬には、あいつさえいなければ・・・と言う事は良くありますが、平成の初めに、3頭の偉大なサラブレッドが、しのぎを削って、GⅠレースを取り合った時代がありました。
これは、昭和の三強、トウショウボーイ、テンポイント、グリーングラスになぞらえ、この3頭を平成三強と呼びました。

オグリキャップ・・・1988、1990 有馬記念、1989 マイルCS 1990 安田記念
イナリワン・・・1988 東京大賞典(大井)、1989 天皇賞春 1989 宝塚記念 1989 有馬記念
スーパークリーク・・・1988 菊花賞、1989 天皇賞秋、1990 天皇賞春

前走の天皇賞秋で、不可解な敗北を喫したオグリキャップは、前年とは違い、ジャパンカップ(以後JC)に直行しました。

まず、外国出走馬について紹介します。

ベルメッツ(英)牡馬3歳
同年、キングジョージ五世&クイーンエリザベス・ダイアモンド・ステークス(アスコットGⅠ芝12F約2414m・・・以後キングジョージ)に勝った馬で、この年の招待馬の一番の目玉です。
他にはGⅢ、GⅡを1勝ずつ。
キングジョージ勝ちのJC参加は初でしたし、結構競馬新聞なんかで、本命を打つ人も多く、最終的に1番人気になりました。

ベタールースンアップ(豪)セン5歳
前年、オセアニアのホーリックスが優勝した事で、日本のオセアニア勢の見方が一変。
しかも、ホーリックスはレベルの低いニュージーランドの馬に対し、ベタールースンアップはオーストラリアの馬で、直前に連闘で、コックスプレート(ムーニーバレー芝2040m)とマッキノンS(フレミントン芝2000m)と言う、オーストラリアの大きなGⅠレースを勝って来日しました。
しかもホーリックスばりに、連日芝2000m以上の長いところで時計を出す、ハード調教。
近年、オセアニア最強馬と言う触れ込みもあり、最終的には2番人気に支持されました。

カコイーシーズ(英)牡馬4歳
ヨーロッパでは、GⅢを2勝のみですが、3歳時に英ダービー(エプソムGⅠ芝12F約2414m)3着、キングジョージ2着、英国際S(ヨークGⅠ芝10F110Y約2092m)2着と、GⅠでも善戦していましたが、勝ちきれていませんでした。
この年のキングジョージも、ベルメッツの4着。
しかしアメリカで、ターフクラシックS(ベルモントパークGⅠ芝12F約2414m)を勝っていて、アメリカと日本ではスピード競馬なので、日本の馬場に合うかもしれないと考えられていました。3番人気になりました。

プティットイル(仏)牝4歳
牝馬ながら、昨年GⅠ愛セントレジャー(カラGⅠ芝14F約2816m)勝ちし、今年はアメリカのGⅡを2勝、穴人気気味でした。

アルウーワッシュ(英)牡5歳
イギリスでは、重賞を勝てませんでしたが、昨年イタリアに遠征し、大きなGⅠレース、共和国大統領賞(カパネッレGⅠ芝2000m)、ミラノ大賞(サンシーロGⅠ芝2400m)、アメリカに遠征してカールトンFバークH(サンタアニタGⅠ芝10F約2011m)に優勝しました。
当年は、アメリカに止まりレースをしましたが、勝ち星はなく、ターフクラシックS(ベルモントパークGⅠ芝12F約2414m)2着が最高です。

オード(仏)牝4歳
春にフランスで、GⅢとGⅡを1勝ずつしていますが、その後アメリカに遠征し、GⅠを勝ちきれず。人気はありませんでした。

イブンベイ(英)牡6歳
昨年まで実績に加え、今年は芝のレースで、ドイツGⅠ、ベルリン銀行大賞(デュッセルドルフGⅠ2400m)、愛セントレジャー(カラGⅠ芝14F約2816m)勝ちしましたが、何と言ってもダートですが、ブリーダーズ・カップ・クラッシック(ベルモントパークGⅠダート10F約2011m)をアンブライドルドの2着しました。
日本で種牡馬になる事が予定され、オーナーも日本人。
JCでは、南関東公営の河津ジョッキーが乗る事になりました。
現在でも、公営のレースに偏見を持っている人はいるでしょうが、ジョッキーの交流がなかったこの当時、公営の騎手は中央の騎手と比べ、一般に低く見られていました。
外国馬に、わざわざ公営騎手、それもトップジョッキーではない河津騎手を乗せるのは、戦前から「マジかよ!」って反応でした。

なお、イブンベイに河津騎手が乗るならと、公営時代のオグリキャップの主戦ジョッキー、当時笠松競馬所属の安藤勝己ジョッキーが、本来のオグリキャップのオーナー、佐橋氏に直談判したが、実現しなかったそうです。
オグリキャップに騎乗した、増沢ジョッキーには冗談じゃなかったでしょうが、実現して、安藤勝己騎手が乗ったらどんな結果だったろうと思います。

スタイリッシュセンチュリー(豪)牡4
前年スプリングチャンピオンS(ランドウィックGⅠ芝2000m)とヴィクトリアダービー(フレミントンGⅠ芝2400m)の2つのGⅠを勝っています。
ホーリックスの活躍で、オセアニアの見方が変わったとは言え、今年はベタールースンアップに歯が立たず、人気は低かったです。

フレンチグローリー(仏)牡4
フランスでは、GⅢまでしか勝てませんでしたが、北米に遠征して、カナダのロスマンズ国際S(ウッドバインGⅠ芝12F約2414m)に優勝しています。

ファントムブリーズ(愛)牡4
GⅠ優勝なく、GⅡ3勝、GⅢ2勝しています。人気はありませんでした。
この馬の話題は、鞍上のアメリカ女性騎手、ジュリー・クローンの方だったですね。当時JRAでは女性騎手はいなかったのです。

日本馬では、オグリキャップが最高の4番人気、以後ダービー3着、菊花賞2着のホワイトストーン5番人気、天皇賞秋を勝ったヤエノムテキ8番人気、オサイチジョージ10番人気と続きます。
オグリキャップには、前走と同じく、鉄人増沢が騎乗し、ホワイトストーンには、イナリワンが脚部不安となったため、柴田政人ジョッキーが騎乗しました。

1990年 安田記念(東京GⅠ芝1600m)に、オグリキャップのパドックの様子を書いています。
この日も、いつもと同じ2人曳きながら、安田記念まで見せていた手綱を持って行く仕草がなく、淡々とパドックを回り、覇気に欠けるように見えました。

ゲートが開いて、ここで波乱が・・・逃げると思っていたイブンベイが、出遅れて後方から。
同じく、オグリキャップも、増沢にしてはスタート悪く、結局最後方に付けざるを得ませんでした。
他に是が非でも鼻に立とうと言う馬がなく、オサイチジョージ、スタイリッシュセンチュリー、プティットイルの3頭が牽制して、結局オサイチジョージが逃げました。
2番手スタイリッシュセンチュリー、3番手プティットイル、4番手カコイシーズ、その後のグループに、ホワイトストーン、ベルメッツ、その後ろにオード、ヤエノムテキ、ベタールースンアップ、後ろから相変わらず、オグリキャップ。

そこからペースが上がりますが、馬順は落ち着いたまま進みます。
3-4コーナーではオサイチジョージ、スタイリッシュセンチュリー、プティットイルの順で、それをマークするようにカコイシーズ、後方のホワイトストーン、ベルメッツ、オード、ベタールースンアップが上がって行きます。
4コーナー回る頃には、先行勢の足色が鈍り出し、後ろにいた馬が被さって、団子状になります。

直線向いて残り400m、先団をマークするように乗っていたカコイシーズが、先頭に立ちます。
前を行っていたオサイチジョージ、スタイリッシュセンチュリー、プティットイルは、脚色ぱったりで、ここまで。
中団からスルスルと良い脚で、ベタールースンアップが接近して来ます。大外から、オードも突っ込んで来ました。
ベタールースンアップが、ゴール前カコイシーズを捕え、抜き去り、大外から凄い脚でやって来たオードも、ゴール前頭コイシーズを捕え、ゴールしました。

ベタールースンアップは、近年オセアニア最強馬と言われているだけあって、ハイペースをものともせず差し切りました。
2着したオードの脚も凄かったですが、後100m先がゴール板でも、抜けなかったんじゃないでしょうか?

オードは、日本の馬場が合ったんでしょうね。恐らく調子も良かったでしょう。でも、ベタールースンアップが1枚上手だった。
カコイシーズも、完璧に乗りましたが、これで負けたらしょうがないでしょう。

3歳のホワイトストーンは、4着と善戦しました。しかし、前3頭とは力負けでしたね。

1着 ベタールースンアップ 2.23.2
2着 オード アタマ
3着 カコイーシーズ アタマ

オグリキャップは、増沢にしては珍しい出遅れで、最後方から・・・これは、どう言い訳しても、騎乗ミスですね。
しかしスタート良く、好位に付けていても、勝ち負けしそうな脚色じゃないですね。
天皇賞秋(東京GⅠ芝2000m)の惨敗は、ステップレースを使わないからと言う人もいましたが、JCの後方のまま11着は、昔年(せきねん)の出来にはないと言う事が、はっきりしました。

オグリキャップの次走は、引退レースとして、有馬記念(中山GⅠ芝2500m)に出走すると発表されました。
オグリキャップの、こんな無残な姿を見ていられないファンから、馬主の近藤俊典氏に、引退させろと脅迫状が届く騒ぎまで起きました。


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2011年12月19日 (月)

平成三強物語 - 1990年 天皇賞秋(東京GⅠ芝2000m)

競馬には、あいつさえいなければ・・・と言う事は良くありますが、平成の初めに、3頭の偉大なサラブレッドが、しのぎを削って、GⅠレースを取り合った時代がありました。
これは、昭和の三強、トウショウボーイ、テンポイント、グリーングラスになぞらえ、この3頭を平成三強と呼びました。

オグリキャップ・・・1988、1990 有馬記念、1989 マイルCS 1990 安田記念
イナリワン・・・1988 東京大賞典(大井)、1989 天皇賞春 1989 宝塚記念 1989 有馬記念
スーパークリーク・・・1988 菊花賞、1989 天皇賞秋、1990 天皇賞春

平成三強の1頭、スーパークリークは、この秋は京都大賞典(京都GⅡ芝2400m)から復帰し、グレード制導入以後初となる同競走連覇を達成しました。
しかしレース直後に、左前脚の繋靭帯炎が判明し、その後の秋のレースを回避、そのまま年末に引退を発表しました。

平成三強のもう1頭、イナリワンは夏の休養後、秋に向けて調整が進められましたが、脚部不安(具体的には不明)で秋に引退が発表されました。
その年の有馬記念当日の12月23日、中山競馬場で引退式が執り行われました。

宝塚記念(阪神GⅠ芝2200m)後、両前脚に骨膜炎を発症したオグリキャップは、ステップレースを使わず、そのまま天皇賞秋に直行。
今から考えてみると、オーナーは1989年に、あれほどオグリキャップを酷使したのに、この年はステップレースを使わないなんて、おかしな話です。
しかし、前年のオグリキャップの酷使は、この時すでに、批判を浴びていましたから、当時はそれほど不思議に思いませんでした。

スーパークリークの主戦ジョッキーは武豊、イナリワンには柴田政人、ヤエノムテキには岡部幸雄、そして今さら首にした河内洋や、自主的にジョッキーを降りた南井克己には、騎乗依頼出来ません。
陣営は、オグリキャップのジョッキーを、当時前人未到の2000勝が見えていたベテランジョッキー、増沢末夫に決定しました。
正直当時のJRAには、オグリキャップの主戦を務めるのにふさわしい、実績のあるジョッキーは、他にいませんでした。

増沢末夫は、1957年デビューで、1966年の日本ダービーにアサデンコウに騎乗し優勝して、重賞初勝利でダービー制覇。
1973年、74年と第一次競馬ブームの中心、ハイセイコーに騎乗しましたが、騎手としては40歳以降に活躍を始め、1977年以降、リーディングを争うようになりました。

増沢と言えば、スタートが上手で、「逃げの増沢」と言われ、人気薄の逃げ馬を絶妙のペース配分で、粘らせる名人でした。
また、福島、新潟等のローカル競馬の鬼と言われ、増沢が福島で乗る馬の単勝オッズが下がりました。
この年、増沢53歳でしたが、老いるどころか、この年通算100勝しています。

平地レース通算2,016勝したジョッキーですから、逃げばかりでなく、先行、差し、追い込みと、様々な競馬をこなしましたが、やはり逃げ、先行馬が、特に合っていたように思います。
長い騎手人生には、何度も人気馬にも乗っていますが、増沢と言うと、人気薄を腕で持って来るイメージが強かったですね。

休み明けとは言え、オグリキャップ1番人気、宝塚記念を制したオサイチジョージ2番人気、宝塚記念でオグリキャップに1/2馬身まで迫ったヤエノムテキ3番人気、この年高松宮杯GⅡ(中京芝2000m)を勝ち、武豊鞍上のバンブーメモリー4番人気、前年の天皇賞秋では、オグリキャップとともに、4強に数えられていたメジロアルダンが5番人気。

1990年 安田記念に、オグリキャップのパドックの様子を書いています。
この日も、いつもと同じ2人曳きながら、安田記念まで見せていた手綱を持って行く仕草がなく、淡々とパドックを回り、覇気に欠けるように見えました。

ゲートが開き、オグリキャップも出遅れなく、お互い牽制し合いながら、2コーナー過ぎにはロングニュートリノが逃げます。
オグリキャップは先行して5番手、マークするようにオサイチジョージ6番手、ヤエノムテキ7番手、8-9番手にメジロアルダン、後方集団にバンブーメモリーが付けました。
ペースは緩みなく、ロングニュートリノをラッキーゲランが終始突っつく形で、スタートからの3Fが35.1、1000m通過は58.2とハイペース。

オグリキャップはじっと先行して、同様にオグリキャップをマークするように、オサイチジョージ、ヤエノムテキ、メジロアルダンがすぐ後ろにつけています。
その後もペースは緩まず、1400m通過1:22.1、1600m通過1:34.4とかなりのハイペースです。
4コーナー手前から、スムースにオグリキャップが先頭集団に並べかけました。
当時、東京競馬場で、このレースを見ていた自分は、ここでオグリキャップの勝利を確信しました。
その時、自分には見えていませんでしたが、インコースわずかに開いた内側を目指して、栗毛の馬体が、インコースを突いていました。

残り400m、オグリキャップは、急に追うと手前を変える(利き脚に変えて加速する)のにモタモタするクセがありました。
それにしても、増沢がいくら追っても手応えが悪過ぎで、いつまで経っても加速しません。
その隙に、内からするするとヤエノムテキが先頭に立ち、後続を離しました。

横に広がり、オグリキャップの後ろから、早目に仕掛けた武豊バンブーメモリー、そしてワンテンポ遅らせて追い出したメジロアルダンが差して来ます。
本来なら、芝2000mでオグリキャップの後ろから差す馬などなく、あの程度の差なら、ヤエノムテキを差せない筈もありませんでした。
しかし、この日のオグリキャップは、いつものオグリキャップではなかった。

抜け出したヤエノムテキはバテず、早仕掛けしたバンブーメモリーを交わし、メジロアルダンがヤエノムテキに迫りましたが、頭差及ばず。
オグリキャップを負かし、ヤエノムテキがコースレコード、1.58.2で優勝しました。
2着のメジロアルダンは、前が塞がる不利もありましたが、脚色が良かっただけに、もっと早く仕掛けていたら、結果はどうだったでしょうね?
鞍上の横山典弘の騎乗ミスと言ったら、可哀相でしょうか?
逆に1 1/4馬身差、3着の武豊バンブーメモリーは、もし完調状態のオグリキャップに勝とうと思ったなら、あのくらいのタイミングで追い出さなければ、勝負にならなかったでしょう。
しかし実際は、戦う相手は、オグリキャップではなかった。

ヤエノムテキは、皐月賞を勝っているように、中距離に適正があった馬でした。
しかし絶対的スピードがある訳なく、後ろから鋭い切れ脚があるでなく、追ってバテないのが取り得と言う馬で、馬の気性も悪く、乗り方の難しい注文の付く馬でした。
彼にとって不幸だったのは、平成三強と走った時代が一緒だった事。
1989年天皇賞秋スーパークリーク、オグリキャップ、メジロアルダンの次の4着、1990年 安田記念オグリキャップの2着。
しかも芝2000m以上になると、適性がなく、1990年 宝塚記念以外は着外ばかり。
陣営は、生まれた時代の不幸を呪った事でしょう。

ヤエノムテキが勝った皐月賞は、同じようにインコースから先頭に出て、直線バテずに粘り切ると言う競馬で、今回の天皇賞秋と、判で押したように同じ乗り方でした。
皐月賞の時のジョッキーは、西浦勝一でしたが、今回のジョッキーは岡部幸雄。
岡部は、1990年 安田記念からヤエノムテキの主戦ジョッキーとなりました。
当時の不動の関東リーディング、トップジョッキー岡部を迎えると言うのは、ヤエノムテキ陣営が、どれだけこの馬に期待していたか、分かろうと言うものです。
恐らく研究熱心な岡部の事、皐月賞に勝った時の騎乗も、参考にしたに違いありません。
それにしても、鮮やかに乗りました。

ヤエノムテキの厩務員だった、荻野功は、アメリカ研修の際、岡部とアメリカで出会い、その時からいつか良い馬を育て、岡部に乗ってもらう事が目標だったそうです。
それはヤエノムテキによって実現し、さらに岡部からは、天皇賞秋GⅠ制覇となって返って来ました。

自分にとって、勝ったヤエノムテキを祝福するより、オグリキャップの無残な敗戦にショックでした。
参考までに、この日のレコード1.58.2は、前年2着した1989年 ジャパンカップの2000mの通過タイムより、0.2秒遅いです。
天皇賞の前に、ひと叩きすれば良かったのでしょうが、それでもぶっつけで、安田記念を勝っている訳だし・・・

オグリキャップ終始道中5番手。かかり気味と言う話もありますが、YouTubeの粗い映像では分かりません。
当時、自分は東京競馬場で直接見ていましたが、口を割ったり(ジョッキーが手綱を抑えているが馬が行きたがり口が開いてしまう)していなかったように思います。
やや早目の位置取りですが、増沢は、自信を持って先行しているように思いました。

特に敗因は分からず、もしかして、故障していなければ良いが・・・とも思いました。
しかし特に故障の発表はなく、このままオグリキャップは、ジャパンカップの出走に向かいます。

1着 ヤエノムテキ 1.58.2 レコード
2着 メジロアルダン アタマ
3着 バンブーメモリー 1 1/4

後に、このレースの前にテレビ局が、オグリキャップの人気に当て込み、24時間体制で、オグリキャップの様子を、カメラで撮っていたと言う事が分かりました。
これは神経質な馬にとって、かなり悪い事です。
またファンが大挙して、馬房を訪れ、勝手に餌を与えていた事も、分かりました。
しかしこれだけが敗因とは、今考えても、とても思えません。

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2011年12月18日 (日)

2011年 朝日杯フューチャリティステークス:結果

12月18日は、2歳牡馬GⅠレース、朝日フューチャリティステークス(中山芝1600m・・・以後朝日FS)が行われました。

①アルフレード 1:33.4
②マイネルロブスト 2
③レオアクティブ 1/2

アルフレードの勝ちタイムは、マイネルレコルトのレコードタイムと一緒です。

ペースは、ハイペースでずっと進んで、4コーナー手前から先行勢が崩れましたが、勝ち馬は唯一崩れずに、インを抜けて伸びました。
レースの上り3Fは35.6。勝ち馬でも、推定35秒前後でしょうから、いかに厳しいレースだったかと言う事です。

アルフレードは、前走スローだった、きんもくせい特別では凄い切れ味だったのが、今回はハイペースのスタミナ勝負みたいなレースになりましたが、見事こなして優勝。
マイネルロブストも、比較的先行していたのですが、勝ち馬にあの足を使われては、万事休す。

レオアクティブは、あんなに後ろからでは、中山で差し切るのは、難しいですよね。
横山ジョッキーは時々、後方一気みたいな派手な競馬をしますが、毎回そんな極端な競馬が通用するはずもありません。
「横山ジョッキーには、今回は4コーナー手前で、先団グループを捉えるような、堅実なレースをして欲しいですね。」と書きましたが・・・残念ながら期待と反対の競馬でした。

アルフレードは、強い勝ち方ですが、このレースに2歳最強メンバーが揃った訳でもなく、小粒なメンバーなので、クラッシックでも活躍するか疑問に思います。

さて、昨晩の予想は、3-4-15と書きましたが、4は最終的に4番人気となり、1が5番人気となりましたので、そもそも4は買いませんでした。
どのみち、3連単の順番も違いました・・・いずれにせよ、3連複にするべきだったか・・・

現在の収支:-383,000

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2011年12月17日 (土)

2011年 朝日杯フューチャリティステークス

12月18日は、2歳牡馬GⅠレース、朝日フューチャリティステークス(中山芝1600m・・・以後朝日FS)が行われます。

1-1 サドンストーム(牡2、勝浦正樹・西浦勝一)
1-2 ローレルブレット(牡2、池添謙一・鶴留明雄)
2-3 アルフレード(牡2、C.ウィリアムズ・手塚貴久)
2-4 マイネルロブスト(牡2、蛯名正義・高橋裕)
3-5 ネオヴァンクル(牡2、浜中俊・音無秀孝)
3-6 スノードン(牡2、北村友一・安田隆行)
4-7 クラレント(牡2、小牧太・橋口弘次郎)
4-8 ショウナンラムジ(牡2、岩田康誠・矢作芳人)
5-9 ニンジャ(牡2、藤岡佑介・宮徹)
5-10 ジョウノバッカス(牡2、戸崎圭太・森秀行)
6-11 マコトリヴァーサル(牡2、I.メンディザバル・須貝尚介)
6-12 トウケイヘイロー(牡2、後藤浩輝・清水久詞)
7-13 ハクサンムーン(牡2、田中勝春・西園正都)
7-14 ヒシワイルド(牡2、C.ルメール・河内洋)
8-15 レオアクティブ(牡2、横山典弘・杉浦宏昭)
8-16 ダローネガ(牡2、佐藤哲三・佐々木晶三)

単勝人気は、以下の通りです。
(12/17 18:00現在)

①アルフレード 3.1
②クラレント 5.5
③ダローネガ 8.8
④ローレルブレット 10.9
⑤マイネルロブスト 12.5

サンデーサイレンス系(父系サンデーサイレンス)は、9頭、母系にサンデーサイレンスが混じっているも含めると、11頭もいます。

ジョウノバッカスの母父は、ヨーロッパの名マイラー、ウォーニング。サラブレッドの3大始祖の内、今ではかなり珍しいゴドルフィンアラビアンの血統、マッチェム系です。
それ以外に、珍しい血統はありませんでした。つまんないな。

さて、データに行きましょう。
それにしても、混戦ムードを受けて、意外な人気順ですね。
発走直前までに、まだ入れ替わりがありそうですね。

朝日FSは昔から、あまり荒れないレースで有名ですよね。

過去10回で1番人気、2-2-4-2と、3着までに来る確率8割。
2番人気は、4-2-1-2と、3着までに来る確率8割。
3番人気は、1-1-0-8と、3着までに来る確率2割。
4番人気は、1-1-1-7と、3着までに来る確率3割。
5番人気は、1-2-2-5と、3着までに来る確率5割。

1番人気と2番人気を買っていれば、鉄板なのか?・・・いずれかが3着までに来なかった年は、2002年、2003年、2007年、2010年と、4割あります。
揃って、3着までに来なかったのは、2007年のみ。
つまりは、馬券的には、1番人気か2番人気のいずれかは買うが、両方は買わないのが、美味しいと思います。

3着までに来た馬では、重賞勝ち6-5-3、重賞未勝利4-5-7と、ほぼ互角です。

実は、レースVTRを見ていて、前走500万下のレースですが、勝ちっぷりが良かったのは、一番人気アルフレードです。
先週のジョワドヴィーヴルの勝ちっぷりほどは、感銘を受けたわけではありませんが。
これをチョイスします。

前走京王杯2歳S、後方一気、派手な勝ちっぷりのレオアクティブ。京王杯組は、ここんところ4年連続3着までに絡んでいます。
横山ジョッキーには、今回は4コーナー手前で、先団グループを捉えるような、堅実なレースをして欲しいですね。

さて、もう1頭ですが、過去10年、3着までに来る確率5割の5番人気馬が、面白いなぁ・・・と。
現状だと、マイネルロブストですね。
しかし、直前までの人気を見て、決定したいと思います。

もしも、レオアクティブが5番人気になったら、やはりマイネルロブストを買う事とします。

混戦ムードを受けて、1番人気を3着固定にします。

3連単 4(直前の5番人気馬)→15→3 5,000 764.3(仮)
3連単 15→4(直前の5番人気馬)→3 5,000 816.3(仮)
※4は、15以外が5番人気馬になった場合、その5番人気馬に変更します。

自信は、全くありません!

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平成三強物語 - 1990年 宝塚記念(阪神GⅠ芝2200m)

競馬には、あいつさえいなければ・・・と言う事は良くありますが、平成の初めに、3頭の偉大なサラブレッドが、しのぎを削って、GⅠレースを取り合った時代がありました。
これは、昭和の三強、トウショウボーイ、テンポイント、グリーングラスになぞらえ、この3頭を平成三強と呼びました。

オグリキャップ・・・1988、1990 有馬記念、1989 マイルCS 1990 安田記念
イナリワン・・・1988 東京大賞典(大井)、1989 天皇賞春 1989 宝塚記念 1989 有馬記念
スーパークリーク・・・1988 菊花賞、1989 天皇賞秋、1990 天皇賞春

天皇賞春(京都GⅠ芝3200m)に勝利したスーパークリーク、惜しくも惜敗したイナリワン、そして安田記念(東京GⅠ芝1600m)を快勝したオグリキャップは、再び宝塚記念(阪神GⅠ芝2200m)で、対決するはずでした。
安田記念で、オグリキャップへの見事な騎乗振りを見せた武豊は、ここではスーパークリークに騎乗する約束でした。
本来であれば、昨年までのジョッキー、南井克己が乗るはずですが、理由は不明ながら、海外に行ってしまいました。
これほどのスーパーホースにも関わらず、オグリキャップの鞍上が未決定だったのです。

オグリキャップの最初のジョッキー、河内洋は、大きな騎乗ミスはありませんでしたが、タマモクロスに敵(かな)わなかったため、騎乗振りに積極性がないとの理由で、降ろされました。
今さら、騎乗依頼なんて出来なかったでしょう。
次のジョッキー岡部幸雄は、1回きりと言う条件で騎乗しましたが、この宝塚記念には、ヤエノムテキに乗る予定でした。
そのため、宝塚記念のみのコンビとして、若手有望ジョッキー、岡潤一郎が騎乗する事となりました。

岡が若いが故に、オグリキャップの騎乗の不安について、競馬記者がインタビューした際、「あれだけの凄い馬(オグリキャップの事)だから、またがっているだけで、勝てるんじゃないですか?」と答えました。
岡は、トップジョッキーを期待される、若くして上手なジョッキーだったのですが、1993年1月30日のレースで落馬した際ヘルメットが脱げ、馬に頭を蹴られ、頭部損傷が原因で、才能が花開かないまま、帰らぬ人となりました。

3強が出て来ては、敵(かな)う訳がないと、出走頭数が減りました。
直前にスーパークリークが、筋肉痛で出走を取り消し、残念ながら平成3強揃っての対決は実現しませんでした。
スーパークリークはその後、凱旋門賞出走も予定していましたが、宝塚記念を取り消した事で、プランは白紙に戻りました。
イナリワンは、予定通り出走。それでも10頭と、出走頭数は少なかったのです。

その年、阪神競馬場の芝が傷んで、ボロボロの状態でした。雨が多かったからなのか、記憶は定かじゃありません。
4コーナーから直線ゴールまでにかけては、まるでダートコースに見えるような、あちこち土が剥き出しになり、ところどころ芝が生えているような状態でした。

ゲートが開いて、是が非でも行こうとする馬はなく、逃げ宣言をしたシンウインドがゆるりと先頭に立ちます。
オサイチジョージは直後の2番手、オグリキャップは早目4番手、ヤエノムテキ、バンブーメモリーは中団、イナリワンは最後方から2番目。
スタートからの3F(600m)は35.7と平均ペースくらい・・・いや馬場を考えると、ちょっとハイペース気味。

レースは淡々と流れ、1000m通過が61.1と、馬場を考えると、やや早いくらいのペース。
3コーナーから、オサイチジョージが、逃げるシンウインドに被さって来ます。
オグリキャップは、馬なりで3-4番手を追走。

3-4コーナーで、オサイチジョージは、逃げるシンウインドを捕え、交して行きます。
4コーナー手前で、ここが勝負どころと、オグリキャップが上がって来ます。
同様に、オグリキャップの後ろから、ヤエノムテキ、イナリワンが差を詰めます。

オサイチジョージの丸山ジョッキーは、オグリキャップの末脚を考えると、オグリキャップがスパートする前に、離して置きたかったでしょうね。
4コーナー手前でスパートして、後続を離しにかかります。

4コーナー回って、岡が追い出すと、モタモタする仕草は見せますが、その後の加速は見られません。
脚色は、意外な事にオサイチジョージと変わらず・・・いっこうに差が縮まりません。

オグリキャップの後方から、ヤエノムテキが突っ込んで、オグリキャップとの差を縮めます。
オサイチジョージが、3 1/2馬身差で優勝、GⅠ初制覇。
オグリキャップは、何とか2着を確保、しかも信じられない事に、後ろから来たヤエノムテキに、1/2馬身差まで詰め寄られました。
平成三強のもう1頭、イナリワンは、天皇賞春の激闘が応えたのか、直線伸びず4着。

1着 オサイチジョージ 2.14.0
2着 オグリキャップ 3 1/2
3着 ヤエノムテキ 1/2

レースの上り3Fは、37.3とダート並みのタイム。
馬場が悪かった割に、ペースが速かった事もあるでしょうが、この日の直線の馬場が、どれだけ荒れていたか、分かろうと言うものです。

鞍上が若い岡潤一郎だったせいか、騎乗ミスと言う声が大きかったのも事実です。
岡は、非難には沈黙で応えました。

果たして、岡の騎乗ミスだったでしょうか?自分は違うと思います。
自分に競馬を教えてくれた師匠は、最悪だった荒れ馬場コンディションの適性ではないか?と言っていました。
たしかに荒れ馬場は、スピードを封殺した事は事実です。
しかしオグリキャップはダート競馬中心の公営出身、ダートも走る訳で、釈然としないものがありました。

オグリキャップは、レース直後に両前脚に骨膜炎を発症し、アメリカ遠征も中止となりました。
オグリキャップが、春になかなか調子が上がらなかったのも、脚部が思わしくなかったのでしょうか?
そして少なからず、前走の安田記念の激闘が影響していたようにも、思えてなりません。

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2011年12月15日 (木)

平成三強物語 - 1990年 安田記念(東京GⅠ芝1600m)

競馬には、あいつさえいなければ・・・と言う事は良くありますが、平成の初めに、3頭の偉大なサラブレッドが、しのぎを削って、GⅠレースを取り合った時代がありました。
これは、昭和の三強、トウショウボーイ、テンポイント、グリーングラスになぞらえ、この3頭を平成三強と呼びました。

オグリキャップ・・・1988、1990 有馬記念、1989 マイルCS 1990 安田記念
イナリワン・・・1988 東京大賞典(大井)、1989 天皇賞春 1989 宝塚記念 1989 有馬記念
スーパークリーク・・・1988 菊花賞、1989 天皇賞秋、1990 天皇賞春

マイルチャンピオンシップ、ジャパンカップを連闘して、有馬記念惨敗した後、休養に入ったオグリキャップは、産経大阪杯(GⅡ芝2000m)で復帰予定と言うのと、その後天皇賞春、または安田記念の後、宝塚記念を目標にする、アメリカのアーリントンミリオンに出走予定と、2月に発表がありました。
しかし、その後ずっと音沙汰なしでした。
ウィキペディアには、2月に帰厩後、産経大阪杯を目指して調教していたものの、調子が上がらず、復帰が伸びに伸びて、安田記念ぶっつけになったと書かれています。
自分は当時、スポーツ紙の競馬情報は、目を皿のようにして見ていましたが、そんな情報は全く見かけませんでした。
ネガティブな情報は流さないとか、スポーツ紙にそんな不問律でもあるのでしょうか?

もしも産経大阪杯に出て来たら、再びスーパークリークと一騎打ちになったはずですが、見れなくて残念と言うべきか、見れなくて良かったと言うべきか。

当時、マイル戦(芝1600m)の強豪と言うと、昨秋に武豊の駆け引きで、実力以上にオグリキャップを苦しめた、バンブーメモリーくらいです。
その他、芝2000mより長い距離の成績が振るわない皐月賞(中山GⅠ芝2000m)優勝馬ヤエノムテキ、これまた芝2000mが適距離で、前走産経大阪杯(阪神GⅠ芝2000m)で、スーパークリークの2着だったオサイチジョージが出走して来ました。
オグリキャップの海外遠征の際は、すでにアメリカ遠征の経験のあった、武豊を鞍上にすると、早くから話がありました。

オーナーサイドと、昨年のオグリキャップのジョッキー、南井克己が、どの時点で不仲になったか分かりません。
海外で乗れない事の不満なのか、騎乗の扱いの不満なのか、どうも南井克己は、その後自主的にオグリキャップの騎乗を降りたように思わました。

名目上は、アメリカ遠征のテスト騎乗と言う事で、武豊はオグリキャップの鞍上。
昨年までのオグリキャップの鞍上、南井はシンウインドに騎乗しました。
武豊は図らずも、平成三強の全馬に騎乗した事になります。

ここで、オグリキャップのパドックの様子について、書きたいと思います。
オグリキャップでのパドックでの気合乗りは凄く、2人曳きでしたが、それでも手綱を持つ人がもって行かれるくらいでした。
それでいて、パドックでは落ち着いていましたね。
例えばオグリキャップが出て来ると、心ないにわか競馬ファンが、フラッシュを焚いてオグリキャップの撮影をすると、パドックの他の馬がビックリして、飛び上がって驚きました。
しかしオグリキャップは、我関せずと、悠然とパドックを回っていましたね。
この日、東京競馬場でレースを見ていた自分には、オグリキャップは、いつも通りの気合乗りに見えました。

一昨年の有馬記念で、宿敵タマモクロスを破り、オグリキャップが優勝した時のジョッキー、岡部幸雄は、オグリキャップを「まじめに走り過ぎる馬で、前半どれだけリラックスさせて走らせるかが、ポイント」と見ていました。

全馬揃ったスタートで、スタートの下手なオグリキャップは、スタートの上手な武豊によって、良いスタートを切りました。
大外枠でスタートが良かったピュウターオールが逃げの構えを見せますが、逃げ馬に乗せると、しばしば穴を開ける、柏崎が乗る逃げ馬、ケープポイントが先頭を譲らず、内枠の利を活かして逃げます。

オグリキャップは早くも3番手、シンウインド南井が、オグリキャップをマークするように4番手、その後方に関東の名手岡部幸雄が乗るヤエノムテキ、さらに後方オサイチジョージ、バンブーメモリー。
武豊は、オグリキャップの行く気に任せているようで、気持ち良く走っているように見えます。

ピュウターオールとケープポイントがやり合ったせいか、この当時のマイル戦にしては、かなりのペースの速さで、スタートからの3F(600m)が34.4、1000m通過が57.2ととんでもないハイペースです。
逃げるケープポイントを追走して、ピュウターオール、オグリキャップ、シンウインドが併走、3-4コーナーけやき付近から、勝負どころと見たか、ヤエノムテキが直後に進出します。

4コーナーを周り、ハイペースがたたり、ケープポイントの脚色は一杯。
オグリキャップは追わず、馬なりのまま先頭に出ます。まだ脚は残っているのか?
残り400m、中段にいたオサイチジョージ、後方にいたバンブーメモリーが追い出します。
ここで、南井シンウインドがオグリキャップに並びかけ、負かしに行きます。南井の意地か?

オグリキャップは、武豊が軽く気合をつけると、シンウインドを離して行きます。
軽く気合を入れただけなので、オグリキャップが加速する前に、モタモタするクセも見せません。
それでいて、じわっと加速させたのです。

岡部幸雄は、東京競馬場ではしばしば、坂上までじっと我慢し、脚を溜めて、一気に追い出して差し切る競馬を得意にしていました。
オグリキャップをマークするように乗っていた岡部ヤエノムテキは、これでは間に合わないと、坂下から早目に追い出します。

シンウインドをねじ伏せるように交わして、ヤエノムテキが2番手に出ますが、武豊が目一杯追っていないにも関わらず、差は縮まりません。
オサイチジョージも、後ろから懸命に追いますが、2番手のヤエノムテキに迫るのが精一杯。
ハイペースのため、それ以外の先行勢は総崩れ、馬群は長く千切れ、後方からホクトヘリオスと、バンブーメモリーが上がって来たが、とても間に合いません。
ヤエノムテキとの差を2馬身に保ったまま、楽にゴール。シンウインドを交わして、ヤエノムテキに首まで迫ったオサイチジョージ3着。
勝ちタイムは、当時の東京競馬場レコード、安田記念レコードの破格の1分32秒4。

この日の獲得賞金を加算すると、通算獲得賞金額が当時の日本歴代1位となりました。

1着 オグリキャップ 1.32.4
2着 ヤエノムテキ 2
3着 オサイチジョージ クビ

やはり、武豊は、この安田記念の騎乗を見ても、不世出のスーパージョッキーですね。
恐らく、オグリキャップのビデオを見て、研究したには違いないでしょうが、一昨年の有馬記念の際の岡部幸雄と、とても似た騎乗振りです。
岡部から教わった訳ではないでしょうが、レース前半は、オグリキャップにリラックスして走らせ、直線で加速する際、急には追わず、じわっと加速する事で、モタモタするクセを出させませんでした。

もうひとつ、武豊TVだったと思いますが、そこで一生懸命走る馬に、急に手綱で指示を出しても、馬はすぐに反応出来ない。
舌打ち等して、馬にジョッキーを意識させた後、手綱で指示を出すと、スムーズに反応してくれると言う意味の事を、言っていました。
このレースでも、オグリキャップに、舌打ちしたのでしょうか?

確定後、とんでもないレコードタイムで走ったにも関わらず、オグリキャップは、ウィナーズサークルでの写真撮影の際に、手綱を持つ人を持って行くほどの気合でした。

勝利インタビューで、武豊は、「皆オグリが凄いと言うけれど、今日騎乗して、オグリの凄さが身に染みて分かった」・・・いやいや、去年からオグリの凄さは知ってたはずでしょう(笑)。
競馬記者から、「早仕掛けだったのでは?」と言う質問には、「オグリキャップの後ろから交わせる馬は、いる訳がない」。
後に武豊TVで、思い出のレースベスト5の第4位に、オグリキャップの引退の有馬記念を選出しました。
その時、このレース(安田記念)で初めてオグリキャップに騎乗した時には、「正直言ってあれだけの馬ですから、緊張しました。」と本音を語っています。

このレース、オグリキャップの余裕の勝利に見えたのですが・・・

※ インタビューについては、記憶に基づいて書いておりますので、大意は合っていると思いますが、細部の正確性には欠けます

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2011年12月14日 (水)

平成三強物語 - 1990年 天皇賞春(京都GⅠ芝3200m)

競馬には、あいつさえいなければ・・・と言う事は良くありますが、平成の初めに、3頭の偉大なサラブレッドが、しのぎを削って、GⅠレースを取り合った時代がありました。
これは、昭和の三強、トウショウボーイ、テンポイント、グリーングラスになぞらえ、この3頭を平成三強と呼びました。

オグリキャップ・・・1988、1990 有馬記念、1989 マイルCS 1990 安田記念
イナリワン・・・1988 東京大賞典(大井)、1989 天皇賞春 1989 宝塚記念 1989 有馬記念
スーパークリーク・・・1988 菊花賞、1989 天皇賞秋、1990 天皇賞春

4月29日、スーパークリーク、イナリワンにとって、春の第一目標の天皇賞春(京都GⅠ芝3200m)。
1990年初めには、オグリキャップも出走するレースの候補に挙げていましたが、オグリキャップには3200mは長過ぎたでしょうね。

前走快勝のスーパークリーク1番人気、前走62kgを背負って惨敗ながらも、年度代表馬の貫禄かイナリワン2番人気、前走惨敗ながらもサクラホクトオー3番人気、阪神大賞典でイナリワンを負かしたオースミシャダイ4番人気。

ゲートが開いて、押っつえるようにショウリテンユウが逃げ、ミスターシクレノン2番手、3番手ランニングフリー、4番手カシマウイング、中段にイナリワン、後方にスーパークリーク。
イナリワンとスーパークリークは、この時点では有馬記念(中山GⅠ芝2500m)と位置が逆です。
しかし1週目のホームストレッチから、ペースが遅いと見たのか、スーパークリークが徐々に上がって行き、最初のスタンド前には、先団に取り付き3、4番手。
仕掛けが早くないか?

イナリワンは、阪神大賞典(阪神GⅠ芝3000m)の時のように、行きたがり、口を割る(ジョッキーが手綱を抑えているが馬が行きたがり口が開いてしまう)しぐさを見せます。

そのまま向こう正面の坂のアップダウン、3コーナー過ぎからスーパークリークはショウリテンユウ、ミスターシクレノンに並びかけ、先頭に踊り出る勢い。
3-4コーナーには勝負所と、イナリワンも上がって行きます。

大外まわして、直線先頭にたったスーパークリークの外からイナリワンが追走します。
スーパークリークの内側で、カシマウイングが粘ります。
イナリワンの脚色良く、カシマウイングを並ぶ間なく交わし、スーパークリークに1/2馬身差まで迫りますが、スーパークリークも2枚腰で抜かさせません。
後はそのまま脚色変わらず。今回は、スーパークリークが優勝、1/2馬身差で2着はイナリワン。
スーパークリークの鞍上、武豊は、早目に先行し、追い込んで来たイナリワンを封じ、絶妙のペース判断でした。

イナリワンは、道中引っかからなければ(行きたがらずスムーズな競馬をする事)、結果はどうなったでしょうか?
それでも負けて強し。さすが、平成三強と言ったレース振りでした。

1着 スーパークリーク 3.21.9
2着 イナリワン 1/2
3着 カシマウイング 1 3/4

※2 馬の年齢表記は、現在のものに改めて記載しています


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2011年12月13日 (火)

平成三強物語 - 1990年 産經大阪杯(阪神GⅡ芝2000m)

競馬には、あいつさえいなければ・・・と言う事は良くありますが、平成の初めに、3頭の偉大なサラブレッドが、しのぎを削って、GⅠレースを取り合った時代がありました。
これは、昭和の3強、トウショウボーイ、テンポイント、グリーングラスになぞらえ、この3頭を平成3強と呼びました。

オグリキャップ・・・1988、1990 有馬記念、1989 マイルCS 1990 安田記念
イナリワン・・・1988 東京大賞典(大井)、1989 天皇賞春 1989 宝塚記念 1989 有馬記念
スーパークリーク・・・1988 菊花賞、1989 天皇賞秋、1990 天皇賞春

最初にこのページを読む前に、これまでの平成三強物語、1989年 毎日王冠1989年 天皇賞秋1989年 マイルチャンピオンシップ1989年 ジャパンカップ1989年 有馬記念1990年 阪神大賞典を一読頂けると幸いです。

有馬記念で、宿敵オグリキャップには先着したものの、イナリワンに鼻差敗れたスーパークリークは、春の目標をイナリワン同様、天皇賞春、宝塚記念に定めました。
ステップレースとして、4/1産經大阪杯GⅡ(阪神芝2000m)に出走する事にしました。
実はオグリキャップも、当初このレースから始動する予定だったのですが、調子が上がらず出走登録すらせず、見送りました。

一応、天皇賞春(京都GⅠ芝3200m)のステップレースの位置付けですが、芝2000mと中距離のレースですので、中距離が得意な皐月賞(中山GⅠ芝2000m)優勝馬ヤエノムテキ、京都金杯(京都GⅢ芝2000m)、中京記念(中京GⅢ芝2000m)と連勝したオサイチジョージ、AJCC(中山GⅡ芝2200m)を楽勝したサクラホクトオーも出走して来ました。
スーパークリークを始めとする、これら有力馬がそろったせいか、回避する馬が増え、結局9頭立てとなります。
1番人気はもちろんスーパークリーク、2番人気はサクラホクトオー、3番人気オサイチジョージ、4番人気ヤエノムテキとなりました。

ゲートが開いて、積極的に行く馬なく、何となくスーパークリークが先頭に立ちそうな感じだったが、メイショウサンダーが外から上がって先頭に。
先頭グループはオサイチジョージ、馬群はなれて後方グループにサクラホクトオー、その後ろにヤエノムテキ。1000m通過タイム61.1秒と、まずまずの平均ペース。
3コーナー手前には、オサイチジョージがスーパークリークに並びかけ、そのままスーパークリークも上がって、逃げていたメイショウサンダーを切って捨て、そのまま2頭で併走します。
それを見たサクラホクトオー、ヤエノムテキは上がって行こうとしますが、サクラホクトオーは押っつけるも、手応えが怪しい・・・
4コーナー手前には、上がって来たヤエノムテキが、スーパークリークを射程圏内に捕らえます。

内馬場が荒れているのか、中央にスパークリーク、外にオサイチジョージが並びかけ、更にその外にヤエノムテキ。
武豊が鞭打つと、スーパークリークは少し伸びてオサイチジョージを離します。
態勢変わらずそのままで、ゴール前には、武豊は手綱を緩めますが、着最上の楽な勝利。

3/4馬身差2着にオサイチジョージ、さらに3/4馬身差3着にヤエノムテキ。
人気のサクラホクトオーは手ごたえ悪く7着。

1着 スーパークリーク 2.02.9
2着 オサイチジョージ 3/4
3着 ヤエノムテキ 3/4

スーパークリークの1990年最初のレースは、危なげなく、上々の滑り出しを決めました。

※2 馬の年齢表記は、現在のものに改めて記載しています

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2011年12月11日 (日)

2011年 阪神ジュベナイルフィリーズ:結果

12月11日は、2歳牝馬GⅠレース、阪神ジュベナイルフィリーズ(阪神芝1600m・・・以後阪神JF)が行われました。

①ジョワドヴィーヴル 1:34.9
②アイムユアーズ 2 1/2
③サウンドオブハー ハナ

ジョワドヴィーヴルは、1頭だけ次元の違う競馬をしましたね。

実は、枠順発表時には、良血馬とは言え、新馬を勝ったばかりで、タイムも平凡、買う気はさらさらなかったのです。
しかし、レース映像を見たら、新馬の勝ち方が、他の馬とは違い、際立っていました。
道中は中団に付け、直線向いて、先団を捕え、ちょっと追い出して、エンジンのかかりが遅いのが難点ですが、スピードに乗ったら凄い瞬発力・・・

そしてこのレースでも、新馬の再現ビデオを見ているかのような、同じような器用な勝ちっぷり。

テレビでも言っていましたが、道中スローペースで、他の馬は行きたがり、騎手がなだめるのに苦労していたほど。
2着と3着は、ある意味、先行して折り合いをつけたメンディザバルと、武豊の腕で、持って来たのかも知れませんね。

紐のチョイスを失敗しました。
この組み合わせでも、3連単はつきました。
こう言うレースは取らなくちゃ。

現在の収支:-373,000

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2011年12月10日 (土)

2011年 阪神ジュベナイルフィリーズ

12月11日は、2歳牝馬GⅠレース、阪神ジュベナイルフィリーズ(阪神芝1600m・・・以後阪神JF)が行われます。

1-1 アンチュラス(牝2、川田将雅・安田隆行)
1-2 エイシンキンチェム(牝2、和田竜二・高野友和)
2-3 アラフネ(牝2、吉田隼人・高橋裕)
2-4 マイネボヌール(牝2、酒井学・宮徹)
3-5 ファインチョイス(牝2、岩田康誠・領家政蔵)
3-6 スイートスズラン(牝2、川島信二・荒川義之)
4-7 レディーメグネイト(牝2、飯田祐史・飯田明弘)
4-8 イチオクノホシ(牝2、M.デムーロ・矢野英一)
5-9 ナオミノユメ(牝2、北村友一・吉田直弘)
5-10 アナスタシアブルー(牝2、藤岡康太・松田国英)
6-11 アイムユアーズ(牝2、I.メンディザバル・手塚貴久)
6-12 ラシンティランテ(牝2、藤岡佑介・友道康夫)
7-13 ジョワドヴィーヴル(牝2、福永祐一・松田博資)
7-14 プレノタート(牝2、佐藤哲三・牧浦充徳)
7-15 トーセンベニザクラ(牝2、藤田伸二・柴崎勇)
8-16 エピセアローム(牝2、浜中俊・石坂正)
8-17 ガーネットチャーム(牝2、北村宏司・鹿戸雄一)
8-18 サウンドオブハート(牝2、武豊・松山康久)

単勝人気は、以下の通りです。
(12/03 18:00現在)

①サウンドオブハート 4.5
②ジョワドヴィーヴル 5.3
③エピセアローム 7.1
④ラシンティランテ 8.4
⑤イチオクノホシ 9.4

サンデーサイレンス系(父系サンデーサイレンス)は、半数の9頭、母系にサンデーサイレンスが混じっているも含めると、12頭もいます。

アンチュラスの母父は、ワイルドゾーン、BCCを制したワイルド・アゲイン、遡ると、ノーザンダンサーを通らない、ニアークティック-ネアルコに遡る、珍しい血統です。

マイネボヌールは、ロージスインメイから遡ると、デビルズバック、ヘイローとなる、サンデーサイレンスを通らない、珍しいヘイロー系となります。

さて、データに行きたいところですが、このレースはデータ泣かせです。
と言うか、過去10年、狙った馬を絞れるようなデータは、検討しても出て来ません。

新馬勝ちが3着までに絡むケースがある一方、7戦も消化している馬が3着までに絡んだり、3勝以上の馬が飛んだり、直前レースも様々・・・絞りようがありません。

過去10回で1番人気、3-1-1-5と微妙な成績。
2番人気は、1-0-4-5と微妙な成績。
1番人気も、2番人気も、3着までに来なかったのが、2003年のみ。
揃って、3着までに来たのは、2006年のみ。
つまりは、1番人気か2番人気のいずれかは、買うが、両方は買いません。

通常なら、2勝、オープン特別も勝ったサウンドオブハートと言うのが順当な考えでしょうが、自分は前走の勝ちっぷりが良かった良血ジョワドヴィーヴルをチョイスします。
姉ブエナビスタに負けない勝ちっぷりを見せて欲しいですね。
これが頭。

未勝利、小倉2歳Sと良い勝ちっぷりだったエピセアローム。
調教が良く見えた、アナスタシアブルー。
アナスタシアブルーは前走4着に敗れましたが、能力があると言う事なのか、単勝10.7と穴人気なのが、残念ですね。

3連単 13→10→16 5,000 594.0
3連単 13→16→10 5,000 467.1

自信は、全くありません!

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2011年12月 8日 (木)

AI / STEREO PLASTIC

実は自分、Perfumeが好きでして、Perfumeの新しいPVをチェックしている時に発見したのが、STEREO PLASTICです。
STEREO PLASTICのボーカル、Congsubinさんが、Perfumeの不自然なガールの、見事なカバーをしていました。

YouTubeのコメントでも、書いている方がいますが、Lの発音がすごく良いですね。
Congsubinさんのコメントから察するに、下記の方の、不自然なガールの耳コピー(耳で音符を拾う)打ち込みが、伴奏のようです。

http://www.youtube.com/watch?v=Lf9lFyfNRA0

Congsubinさんは他にも、Perfumeの「Voice」、「ねえ」、「ワンル-ム ディスコ」、「微かなカオリ」、「GAME」、「SEVENTH HEAVEN」、「レーザービーム」等、色々カバーしています。
びっくりは、miwaの「chAngE」では、エフェクトがかかっていない地声を披露していますが、歌上手いですね。

STEREO PLASTICは、CongsubinとSebastianのユニットのようです。
恐らくアマチュア。
自分のスタンスは、良い曲にプロもアマチュアも関係ないです。
でも、今回紹介する曲は、良い曲になる可能性がある、まだダイヤの原石(ダイヤはどれだけ含まれているの?)のような曲ですけどね。
今回は、応援と言う意味も込めて・・・

SOUND CLOUDに、こう書かれていました。
「ステレオプラスチックは音楽作曲, 作詞とデザイン作業を引き受けている Sebastian Vargas(チリ)とすぐれた才能に柔らかくて熱情的な音色を持ったボーカリスト Gwon Su-Bin (韓国)で構成された多国籍なバンドです。二人のメンバーは各各自分の国でそれぞれ作業しているし世界化は言葉に当然このふたつの新しくて芸術的な概念と アイディアが革新することを認めるはずです。」
以下リンクが、オフィシャルサイトだそうです。

http://www.myspace.com/stereoplasticofficial

5曲アップされていますが、丸々1曲完成しているのは、By my side (English version)のみのようです。
この中で、自分が特に気に入ったのが、表題の「AI」です。

とても曲の雰囲気が、かわいいですね。
でも、1分11秒は短くて、すぐに終わってしまいます。
フルバージョンを聞きたくなります。

1年前に作ったようですから、もうロングバージョンとか作らないのかな?
曲の構成としては同じコード進行の繰り返して、アレンジだけを変え、サビから、Aメロ、Bメロに入り、そこからサビで、終わり・・・この構成では、フルバージョンにするには、行き詰まりますよね。

Aメロとサビ(仮にCメロ)の間に、コードも変えて別なメロディ(仮にBメロ)を挟むと良いと思います。
さらにイントロや間奏を工夫したり、Dメロも付けたりすると、けっこう良い感じになるように思います。
個人的に、この曲完成のお手伝いしたいくらい。

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2011年12月 7日 (水)

平成三強物語 - 1990年 阪神大賞典(阪神GⅡ芝3000m)

競馬には、あいつさえいなければ・・・と言う事は良くありますが、平成の初めに、3頭の偉大なサラブレッドが、しのぎを削って、GⅠレースを取り合った時代がありました。
これは、昭和の三強、トウショウボーイ、テンポイント、グリーングラスになぞらえ、この3頭を平成三強と呼びました。

オグリキャップ・・・1988、1990 有馬記念、1989 マイルCS 1990 安田記念
イナリワン・・・1988 東京大賞典(大井)、1989 天皇賞春 1989 宝塚記念 1989 有馬記念
スーパークリーク・・・1988 菊花賞、1989 天皇賞秋、1990 天皇賞春

有馬記念で、平成三強の他の二強を倒したイナリワンは、前年同様、春の目標を天皇賞春、宝塚記念に定めました。
そしてステップレースとして、昨年同様、3/11の阪神大賞典(阪神GⅡ芝3000m)に出走する事にしました。

しかしここで1つ問題が・・・昨年天皇賞春(京都GⅠ芝3200m)、宝塚記念(阪神GⅠ芝2200m)、有馬記念(中山GⅠ芝2500m)と大レースを勝ち、賞金が加算されたおかげで、賞金別定(賞金額によって、馬の負担重量が決まるレース)の阪神大賞典では、62kgもの斤量にを背負う事になってしまいました。
昔の、日本の強い馬は、勝ち続けると、賞金別定やハンデ戦で、重い斤量を背負わされました。
それでも勝つ馬はいましたが、テンポイントのように、66.5kgの斤量を背負い、骨折、予後不良(このままでは馬が死ぬのが確実な場合、苦しまないよう安楽死処分にする事)となってしまった例もあります。

年度代表馬、イナリワンが出走するとあってか、出走取りやめする馬続出で、6頭立てとなりました。
イナリワンは、440kg台と、牡馬にしては小さな体で、62kgを背負うとあって、2番人気。
1番人気は、昨年天皇賞春でイナリワンの2着に来たミスターシクレノンが、斤量58kgで1番人気。
3番人気は、3歳クラッシック春シーズンを故障で棒に振りましたが、前走京都記念(京都GⅡ芝2500m)快勝のナイスナイスナイス。

ショウリテンユウが予想通り逃げ、マルブツファースト、ミスターシクレノン、ナイスナイスナイスと続き、離れてオースミシャダイ、イナリワンは最後方から。
最初から、ペースはかなりのスローで、早くもイナリワンは苦しがって、鞍上の柴田政人の指示を無視して、上がって行きます。
あまりのスローに、ミスターシクレノンの鞍上、武豊はショウリテンユウを交わして逃げます。
イナリワンは、時々口をあけて(ジョッキーが手綱を抑えているが馬が行きたがり口が開いてしまう)、折り合いを欠いています。

それでもスローペースで、2000m通過タイムは、2分9秒2。
3-4コーナーで、好位置に付けようと、各馬が上がって行き、少しペースが速くなりますが、イナリワンは折り合いを欠いたせいか、斤量のせいか付いて行けません。
4コーナー回って、直線向くと、道中後方でじっとしていて、脚を溜めていたオースミシャダイが、56kgの斤量を生かして、好位に付き抜け出します。
ミスターシクレノンも粘り、交わさせじとしますが、脚色はオースミシャダイが優勢。
イナリワンは、柴田政人が軽く追いますが、伸びなかったため、それほど強くは追っていません。

伏兵オースミシャダイが斤量を生かして、1 1/4馬身差で優勝、2着ミスターシクレノン。
その後の馬は4馬身も千切れ、更にその後ろイナリワンはブービーの5着。

1着 オースミシャダイ 3.10.1
2着 ミスターシクレノン 1 1/4
3着 ショウリテンユウ 4

ある意味イナリワンは、故障しなかっただけもうけものだったかも知れません。
その後、阪神大賞典は賞金別定ではなく、GⅠ勝ち馬は、最大59kgと言う風に改定されました。

※ 馬の年齢表記は、現在のものに改めて記載しています

5:13に、このレースの4コーナー手前からの映像があります。

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2011年12月 6日 (火)

12月に食べたい料理(2011/12)

12月に旬の料理は、日本そばです。

夏バテして、食欲のない人は、そばを食べたがり、それで夏がそばの旬と思っている人も、少数いますが、そばの旬は冬です。

そばは元々、冷涼だったり、土地が稲作に適さない場所で、米の代わりに、主食として栽培されました。
北海道の北の方や、長野の高地では、9月下旬ごろから収穫され、その後順次、暖かい地方に産地が下がって行き、東京に近い茨城では1月に収穫を迎える場所もあります。

世に新そばは珍重されますが、収穫したてのそばは、そばの実に水分をたっぷり含んでいて、それほど香りが良いものではありません。
2か月程度、低温保存されると、そばの実から適度に水分が抜けます。
そのそばを打つと、香りと味が凝縮されて美味しいです。

世のそば屋に最も多い、北海道産のそばなら、12月頃に、最もそばの美味いタイミングが訪れます。

日本では、法的にそばが30%入っていれば、その麺類はそばと名乗れます。
30%って事はないでしょうが、立ち食いそばのそばも、そばの割合は多くないでしょうね。

江戸時代から、二八そばという言葉があります。
そば粉8割、つなぎの小麦粉2割。
最低限これくらいの割合じゃないと、そばを食べる意味はありません。
味が全然違います。

最も良いのは、十割そば・・・別名生粉打ちですが、腕が良くないとそばのつながりが悪く、切れやすいそばになります。

そばの実は、外の皮がそば殻、その中がそばの実で、外側は黒く、中心に行くほど白い粉になります。
外側ほど、そばの香りが強いですが、つながりが悪く、のど越しの悪いそばになりやすいです。
まあ、それはそれで、美味かったりしますが、一般向けではないですね。

さらに、そばの実を粗く挽いたのを混ぜると、そばの香りは良くなりますが、つながりにくいです。
そば殻を細かくして、混ぜる事もあります。

店でそばの実を買い付け、自ら製粉し、そばを打つと、上記のように、様々なそばを打つ事が出来ます。
また良い職人ほど、そばの実を見る目が確かで、保存もしっかりして、安心ですね。

江戸時代には、そば屋に行けば、良い酒があると言われました。
そばの香りが強いので、下手な酒は、そばに負けてしまうからです。
かも南蛮のそば抜きと言うメニューがありますが、それは日本酒を飲みたいが、日本酒とそばを合わせたくないがために、生まれたメニューです。

そば味噌、板わさ、だし巻、天ぷら等、酒のつまみには事欠かず、〆に美味いそばを手繰る・・・これぞ日本人に生まれてきた喜びです。

そんな究極のそばが食べられるのは、以下の店です。

そばきり すゞ木
東京都練馬区南大泉4-43-32
03-5387-2010

ランチにそば三昧と言う、\1,500のコースがありますが、これがあり得ないような、コストパフォーマンスの良さです。
そばは、驚く事なかれ・・・自家製粉手打ちの十割そばです。
しかし、12時代には売り切れますので、予約して行くか、早く行く事をお奨めします。
また夜は、予約でいっぱいの事が多く、そばが売切れ次第終了です。

最寄駅は、西武池袋線保谷と遠いですが、ぜひ本物を食べてみて欲しいですね。

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以下、後ほど追記。

なおこの店では、そばの香りを邪魔するおろしワサビと、刻みネギは、標準では出て来ません。
そばとの相性が良い、辛味大根のみ、そばと一緒に出されます。
どうしても、そばと相性が悪いワサビが欲しければ、別途料金となります。
悪しからず。

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2011年12月 4日 (日)

2011年 ジャパンカップダート:結果

12月04日は、3歳以上ダートGⅠレース、ジャパンカップダート(阪神ダ1800m・・・以後JCD)が行われました。

①トランセンド 1:50.6
②ワンダーアキュート 2
③エスポワールシチー ハナ

トランセンドは、JCD連覇おめでとうございます。
1コーナーの接触は、相当ヤバかったですね。もっと接触してたら、降着だったでしょうね。

勝ちタイムが遅かったので、さてはスローに落として、逃げ切りか?と思いましたが、それにしては、最後アップアップだったような・・・
調べてみると、阪神のダートが重く、時計が出にくいようですね。
同日、500万下のレース、ダ1800mの勝ちタイムが、1:54.5です。

実際、トランセンドは最後1Fは13.2、もう勝利は確定と言う事もあったでしょうが、遅くなってますよね。
この後休養、フェブラリーSを叩いて、ドバイ再挑戦でしょうか?

エスポワールシチーは、1昨年がピークで、現在でも手薄なGⅠとかGⅡ、GⅢなら勝てるでしょうけど、トランセンドやスマートファルコン相手だと、難しい感じでですね。

疲労で休養しているスマートファルコンは、東京大賞典につかうのか、来年まで休むのか分かりませんが、ドバイでトランセンドとの再戦が見られるかも知れませんね。

ワンダーアキュートは、スタート直後、いったん後方まで下げる不利がありながら、最後凄い脚で差して来ましたね。
エスポワールシチーを測ったように差しましたね。
目標にする相手が、違うのでは?って感じですが、とにかく立派な事です。

自分が買っていたダノンカモンは、想定より位置が後ろ過ぎです。
それでも、5着には来ましたが、差して切れる馬じゃないので、中団の位置取りはないでしょう。
3、4番手に付けて欲しかった。

バーディバーディは逆に、想定より前に付けてしまって、直線バテてしまいました。
もっとも、あんな感じだと、控えたところで、ワンダーアキュートみたいな脚は、使えなかったでしょうけどね。

自信がなかったので、こんなもんかな?

現在の収支:-363,000

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2011年12月 3日 (土)

2011年 ジャパンカップダート

12月04日は、3歳以上ダートGⅠレース、ジャパンカップダート(阪神ダ1800m・・・以後JCD)が行われます。

1-1 マカニビスティー(牡4、藤岡佑介・矢作芳人)
1-2 ソリタリーキング(牡4、I.メンディザバル・石坂正)
2-3 エイシンダッシュ(牡5、小牧太・松永昌博)
2-4 ラヴェリータ(牝5、武豊・松元茂樹)
3-5 テスタマッタ(牡5、四位洋文・村山明)
3-6 エスポワールシチー(牡6、佐藤哲三・安達昭夫)
4-7 ダイショウジェット(牡8、柴山雄一・大根田裕之)
4-8 バーディバーディ(牡4、B.プレブル・池江泰寿)
5-9 ワンダーアキュート(牡5、和田竜二・佐藤正雄)
5-10 フリソ(牡5、C.ルメール・小島茂之)
6-11 ミラクルレジェンド(牝4、岩田康誠・藤原英昭)
6-12 ニホンピロアワーズ(牡4、酒井学・大橋勇樹)
7-13 ダノンカモン(牡5、福永祐一・池江泰寿)
7-14 ヤマニンキングリー(牡6、M.デムーロ・河内洋)
8-15 トウショウフリーク(牡4、池添謙一・鶴留明雄)
8-16 トランセンド(牡5、藤田伸二・安田隆行)

単勝人気は、以下の通りです。
(12/03 18:00現在)

①トランセンド 2.1
②エスポワールシチー 3.2
③ヤマニンキングリー 11.6
④ワンダーアキュート 14.1
⑤ダノンカモン 15.6

いつになく、サンデーサイレンス系(父系サンデーサイレンス)は4頭と少なく、母系にサンデーサイレンスが混じっているも含めると、6頭います。
1つの父系が同じレースに参加するのは、多いとは言えますが、アメリカではダートで活躍したサンデーサイレンスは、日本ではダートより芝で、より成功していると言えます。
自分の見るところ、サンデーサイレンスは、母系の特徴に、スピードと勝負根性をプラスするような種牡馬に思えます。
芝の競馬中心の日本で、芝で活躍する馬が多いのは、当然かもしれません。

テスタマッタは、父タピット、A.Pインディ、シアトルスルー、遡ると、一時期アメリカ競馬を席巻したボールドルーラー系です。
日本でも、ロイヤルスキーがGⅠホースを出したりしましたが、現在ではボールドルーラー系は、珍しい血統です。
母父が、コンサーン。
コンサーンは、アメリカの有馬記念とも言える、ブリーダーズ・カップ・クラッシックを勝っています。
日本でもダート活躍馬を出している、ブロードブラッシュからアクアク、15戦15勝の名馬コリンに遡る、かなりレアな血統で、この血統はアメリカでたまに超一流馬を輩出しています。

ダイショウジェットの母父マグニチュード・・・ミルリーフ系です。
一時日本でも活躍したミルリーフ系が、今では母父にしか見かけなくなりました

ワンダーアキュートの母父プレイザントタップは、これまた最近では見かけなくなったリボー系です。
最近では、タップダンスシチーが、記憶に新しいですよね。

ダノンカモンの母父は、オジジアン-ダマスカス系です。
この血統も時々、アメリカで超一流馬を出します。
日本の活躍馬は、エイシンワシントンです。

トランセンドの父ワイルドラッシュは、ノーザンダンサーを通らない、ニアークティック-ネアルコに遡る、珍しい血統です。

さて、データに行きたいところですが、このレースは2008年から阪神1800mに変更になりました。
無理やり、東京2100mの頃からのデータを集める事は出来ますが、意味はないでしょう。
ここ数年は、データとは別の方法で予想するしかありません。

とは言え、過去11回で1番人気5回優勝、5-3-2-1と1番人気馬が活躍しています。
対する2番人気は、0-0-0-11と全くの不振。

両雄並び立たずと言うことわざが、競馬にもあるのか?しばしば、マッチレースか?と言うような、2頭のダントツ人気では、しばしば片方がコケます。
記憶に新しいところでは、2009年に1番人気エスポワールシチー1着、2人気ヴァーミリアン8着となりました。
強い馬に勝ちに行って潰れ、かえって馬券圏内に残れないような気がします。

これは今年の予想、ヴィクトリア・マイルで、失敗したパターンではありますが(笑)。

トランセンドを頭として、エスポワールシチーを切ります。
紐として、近走先行して安定した成績のダノンカモン。
南部杯では、エスポワールシチーに先着しています。

ジャパンカップダートでは、2着、3着に人気薄が来て、高配当になる事が多いです。
トランセンド、ダノンカモンと先行馬が来ならもう1頭は、差しではないかと考え、 バーディバーディをチョイスします。
バーディバーディは、JRAのオープン特別も3着ですが、GⅠでは東京大賞典、フェブラリーステークス、帝王賞3着と、ブロンズコレクターです。

3連単 16→8→13 5,000 938.6
3連単 16→13→8 5,000 488.4

自信は、全くありません!

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2011年12月 1日 (木)

Maribu / Full Moon

フル・ムーンと聞いて、ピンと来た人は凄いですね。
ラーセン・フェイトン・バンドの前身と言えば、1970年代後半から、1980年代のフュージョンブームを通って来た人は、分かるのかも知れませんね。
フル・ムーンは、ようやくジャズのミュージシャンが、電子楽器で遊び出した1970年初めに、後のフュージョンを予言するかのような曲を出して、時代が早過ぎて、消えて行ったバンドです。

しかしフル・ムーンには、第2幕があって、1980年、フル・ムーンの中心人物、キーボーディスとのニール・ラーセン、ギターリストのバジー・フェイトンのバンド、ラーセン・フェイトン・バンドとして復活し、商業的にもまずまず成功します。
しかもフル・ムーンの夢が忘れられなかったのか、ラーセン・フェイトン・バンドの1982年に出したセカンドアルバムは、フル・ムーン名義でリリースしました。
このアルバムは、名盤です。

紹介するのは、第1次のフル・ムーンの曲です。
こんな時代に、こんな曲をやっていた凄さを知らしめよう・・・と言う意図もありますが、切実に、YouTubeにラーセン・フェイトン・バンドの曲とか、ニール・ラーセンの曲が少な過ぎると言うのもあります。
もしあれば、「The Visitor」を紹介したかったんですけどね。(ニコ動にはありますね)

まず、第1次のフル・ムーンについて、解説しなければなりませんね。
piano - Neil Larsen
guitar - Buzz Feiton
bass - Freddie Beckmeier
drums - Phillip Wilson
tenor sax - Brother Gene Dinwiddie
percussion - Ray Baretto

この頃は、ニール・ラーセンもバジー・フェイトンも、スタジオミュージシャンをしてましたが、世間的には有名なミュージシャンではなかったでしょう。
バジー・フェイトンなんかは、スティービー・ワンダーのバックなんかもしていたのですが。
バジー・フェイトンは、このアルバムの前に、ポール・バターフィールド・ブルース・バンドでギターを弾いており、当時ドラマーのフィリップ・ウィルソン、ベースのフレディ・ベックマイヤー、サックスのブラザー・ジーン・ディンウィディも、ポール・バターフィールド・ブルース・バンドのバックでした。

余談ですが、バジー・フェイトンは、1992年に独自のギターのチューニング方式、バジー・フェイトン・チューニング・システム(以後BFTS)を考案します。
画期的なBFTSは、多くのギタリストが取り入れました。
渋いギター職人、バジー・フェイトンの演奏は知らなくても、BFTSはほとんどのギタリストが知っています。
BFTSとは、それまで誰もが疑問に思わず行っていた、ギターのチューニングをして、Aコード(A,C#,E)はきれいに聞こえるが、Dコード(D,F#,A)はきれいに聞こえない事に不満を持ち、独自のチューニング方式で、ほとんどのコードをきれいに聞かせます。

実は自分、1980年代に、全く同じ事を考え、悩んでいました。
ブラスバンドをしていた(自分もしていましたがw)友人から、昔のクラッシックは、曲によっってチューニングを変えたという話を聞いて、ひらめいて、それ以後、曲によって良く使うコードが最も調和するよう、チューニングを変えるようにして、悩みを解消しました。
むしろそこから突っ込んで、更に微妙にチューニングをずらすと、チューニングメーター上はチューニングが合っていませんが、クリーンサウンドのカッティング時にカラッと抜けの良くなるチューニングとか、逆に泥臭い重たい和音に聞こえるチューニングとか、曲に合わせて使い分けていました。
ちなみにこの話を、当時の音楽仲間にしたところ、誰にも理解されず、「お前の思い過ごし」の一言で、片づけられてしまいました(笑)。
シロウトの自分が思いつくくらいだから、プロの方は、当然こんな事に気が付いてるんだろうと思っていたのですが・・・今から思うと、体系的に理論づけておけば、音楽史に自分の名前が残ったかもしれませんね(笑)。

記憶に間違えなければ、1972年のアルバム、「Full Moon」は、日本で発売されていないんじゃないかと思います。
輸入で、入って来ていたかは、不明です。
自分はもちろん、リアルで「Full Moon」のアルバム発売なんて知りませんでした。

1978年のニール・ラーセンのソロアルバム、銘盤「Jungle Fever」で、麻薬中毒から復活した盟友バジー・フェイトンと共演し、それがきっかけで、ラーセン・フェイトン・バンドが結成されました。
1980年のラーセン・フェイトン・バンドのアルバム、「Larsen Feiten Band(そのまんまや!)」が評判になると、前身である「Full Moon」についても、様々な人が言及しました。
当時はまだCDはありませんでしたので、「Full Moon」のレコードを持っている人、カセットテープで持っている人が、音楽雑誌で、「Full Moon」の先進性と、素晴らしさを語ると、聞きたくなるのが人情でしょう。

まともに「Full Moon」のアルバムが出て来たら、数万するんじゃない?は、当時仲の良かった中古レコード屋店主の弁。
自分もいろいろなツテを探りましたが、ついに「Full Moon」の音源を持っている人には出会いませんでした。

ちなみに、山下達郎は、バジー・フェイトンのギターが大好きだそうで、この「Full Moon」の音源も持っているという話でした。
当然ですが、山下達郎のツテなんてないし・・・

恐らく自分は、「Full Moon」のアルバムを一生聞く事はないんだろうな・・・と思っていた2000年、何と「Full Moon」のアルバムが市販されたではありませんか!!
もちろん買って聞きました。
アルバム自体は、巷間言われていた程、名盤とは思いませんでした。
しかし、クロスオーバーが出てきたかどうかの、まだまだ混沌としていた時期(フュージョンはその後です)に、6年後のフュージョンを予言するかのような曲に、やっぱりこいつら凄いなと思いました。

さて曲に行きましょう。
「Full Moon」のアルバムは全9曲中、2曲がインストゥルメンタル、他はファンキーなボーカルチューンです。
今回紹介するのは、後のフュージョンを予言するかのような曲、インストゥルメンタルの1曲です。
この曲を作曲したのは、ニール・ラーセンです。
自分の音楽仲間が皆言うには、ニール・ラーセンの曲は、おおむねテンポが緩く、地味過ぎるだそう。そうかな?

ゆっくりとしたベースのソロから、突然マリブのタイトル通り、カリフォルニアの太平洋海岸のような雰囲気のメロディが始まります。
テーマのメロディラインは、どこか憂いがあって、まるで夏の薄曇りの空のように、爽やかにはなり切らない感じです。
そしてそれが、どこかしらノスタルジックさを感じ、自分はこの曲に限らず、ニール・ラーセンが作曲したメロディが個性的で好きです。
胸がきゅんとしますね。

1972年当時、インストゥルメンタルとは、リズムがスィングするジャズが多数派で、アンダーグラウンドでは、ジャズとブルースの中間みたいなファンキーなインストゥルメンタルもあったようですが、かなりの少数派。
ましてやエイトビートで、爽やかな雰囲気のインストゥルメンタルは、ほとんどなかったはずです。
インストゥルメンタルと言う事で、全体的に演奏がジャズを意識しているのは、ちょっと可笑しくもありますね。

ホーンセクションのテーマメロディに、バジー・フェイトンのギターは、メロディっぽい、しかしバッキングのような、面白いフレーズです。
後に、ニール・ラーセンのソロアルバムとか、ラーセン・フェイトン・バンドで見られる特徴、テーマメロのユニゾン(同じ旋律を奏でる事)の原型があります。
後のニール・ラーセンは、テーマメロにハモンド・オルガンを多用し、ハモンド・オルガンの名手として名を馳せますが、この曲では当時、弾きこなす人が少なかったローズ・ピアノ(当時ならフェンダー・ローズ)で、バッキングを弾いています。

ベースのフレディ・ベックマイヤーのフレーズは、ちょっと跳ねるようなビート感が、ノリが良いですね。
このベースの音、ウッドベース(コントラバス)っぽい音ですが、エレキベースをミュートしてるんじゃないか?と思いますね。

先攻は、バジー・フェイトンのギターソロ。
バジー・フェイトンは、ロック畑の人で、解散直前のラスカルズのギタリストだった人。
ギターサウンドは、少し歪ませてはいますが、珍しくジャズっぽいクリーンなサウンドで弾いていますね。
後のニール・ラーセンのソロアルバムとか、ラーセン・フェイトン・バンドとは、全く違う音色です。
1:29の音程が上下する短いフレーズ、1:37の速引きフレーズは、バジー・フェイトンの手クセで、色々な曲に登場します。
それにしても、間のメロディの歌わせ方が、ジャズ風を意識しつつも、結局バジー・フェイトン特有の、ロックなギターの歌わせ方になって行きます。
2:04の速引きも、手クセですね。

後攻は、ニール・ラーセンのローズ・ピアノのソロ。
ローズ・ピアノは、このサイトでも度々言及していますが、ピアノ線が弱く、切れ易いので、弱いタッチで、けだるい雰囲気を出すのが、味わいです。
その意味では、このソロの入りなんか、ちょっと幻滅ですね。

時には流れるように、その後刻んでみたりと、音使いは素晴しいのですが、ローズ・ピアノの演奏としては、もうひとつです。
しかし、後半になるに従い、少しけだるさも出て、良いソロになって行ってます。

当時、恐らくまだ新鋭楽器のローズ・ピアノの演奏法なんて、確立していなかったでしょう。
後に、ローズ・ピアノのソロの大傑作、ハービー・ハンコックの「Chameleon」は、1973年の作品。
ハービー・ハンコックは、ローズ・ピアノと音の良く似た楽器、ヴィブラフォン(鉄琴)を思わせるようなフレーズで、その後のローズ・ピアノの演奏の方向付けをしました。

その後、テーマを2回演って、エンドとなります。
どうですか?何も言われないで聞いたら、普通にフュージョンの曲だと思うでしょう?
ビックリな事に、この曲がフュージョンブームの6年も前に、リリースされた曲なのです。

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