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2012年1月17日 (火)

平成三強物語 - 1987年-1988年 オグリキャップ(1)

競馬には、あいつさえいなければ・・・と言う事は良くありますが、平成の初めに、3頭の偉大なサラブレッドが、しのぎを削って、GⅠレースを取り合った時代がありました。
これは、昭和の3強、トウショウボーイ、テンポイント、グリーングラスになぞらえ、この3頭を平成3強と呼びました。

オグリキャップ・・・1988、1990 有馬記念、1989 マイルCS 1990 安田記念
イナリワン・・・1988 東京大賞典(大井)、1989 天皇賞春 1989 宝塚記念 1989 有馬記念
スーパークリーク・・・1988 菊花賞、1989 天皇賞秋、1990 天皇賞春

今回は、平成三強で、未だに人気が衰えない、オグリキャップの2歳から3歳、笠松競馬時代について書きます。

1987と言えば、時はバブル景気。
それまでと変わって、世の中の景気が良くなり、仕事があふれ出て来ていました。
特に、土建業、建設業の景気の良さは、半端ではなく、徐々に地上げが出ていた頃です。
立ち退かないビルに、嫌がらせにトラックが突っ込んだのが、ニュースになりました。
1か月ぶりに行くと、ビルがさら地になっていたりしましたね。

競馬では、にわか馬主が増え、新馬戦もフルゲートでした。

オグリキャップの父は、ダンシングキャップ。
イギリス、フランスで走りましたが、重賞勝ちはなし。
それでも日本で種牡馬になったのは、ダンシングキャップが伝説の名馬で、大種牡馬、ネイティブダンサーの直仔だったからでしょう。

ネイティブダンサーはアメリカで走り、2歳時9戦全勝で、1952年度代表馬に選出。
3歳時には、プリークネスステークス(ピムリコ重賞ダート9.5F約1911m)、ベルモントステークス(ベルモントパーク重賞ダート12F約2414m)の2冠を含む10戦9勝、4歳時に3戦3勝で引退。
1954年度代表馬に選出されました。
通算成績、22戦21勝2着1回と言う完璧さで、あまりの強さに灰色の幽霊とあだ名されていました。
種牡馬になってからも、エタン、カウアイキング、ダンサーズイメージ、ナタルマ、ネイティヴストリート、フラダンサー、レイズアネイティヴ等の活躍馬、名種牡馬、名繁殖牝馬を輩出し、現在もネイティブダンサー系は大繁栄しています。

ネイティブダンサーはへそ曲がりな血統と言われ、ダート馬から芝馬とか、あるいはその逆、ステイヤー(長距離が得意な馬)からスプリンター、あるいはその逆、活躍馬は種牡馬でなかなか成功せず、逆に競争成績が振るわなかった馬が大種牡馬になりました。
ダンシングキャップは日本では、それなりに活躍する馬は出しましたが、大きなレースをいくつも勝つような、一流馬は出しませんでした・・・オグリキャップが生まれる前までは。

母ホイワイトナルビーは、父シルバーシャークで、遡ると伝説の名馬、名種牡馬マンノウオーに行き着く、現在ではマイナー血統のマンノウオー系。
マンノウオー系はしばしば、勝ち切れないなまくらな脚の馬が多いです。
母方はスピード血統のナスルーラ系。
馬主の小栗孝一氏が、繁殖牝馬として購入しましたが、繁殖成績は極めて優秀。
初仔の1979年オグリトラックから、1981年オグリシルバー、1981年オグリシルバー、1981年オグリシルバー、1982年オグリイチバン、1983年オグリシャーク、1984年オグリドンと生まれた産駒全て勝ち上がりました。

ダンシングキャップと配合して、7番目に生まれたのがオグリキャップです。

オグリキャップがデビューしたのは、地方競馬で2番目にレベルが高い東海・・・東海でもレベルが高い笠松競馬です。
今でこそ、地方競馬場で行われる、ダートの交流競走は、JRAの独壇場ですが、その頃はダートではJRAは地方勢には、歯が立ちませんでした。

オグリキャップのデビューは早く、5月19日。笠松ダート800mの超短距離戦です。
当時、オグリキャップはエンジンのかかりの遅い馬で、かつ直線で外にはじき出され、残念ながらマーチトウショウの2着に敗れます。

次走6月2日オグリキャップは、2歳戦笠松ダート800mに出走し、2着馬に4馬身差のぶっち切り勝利。

6月15日オグリキャップは、2歳条件戦笠松ダート800mに出走し、2着馬に6馬身差の楽勝。

7月26日、2歳条件戦笠松ダート800mで、初戦に敗れたマーチトウショウと再戦しますが、ひづめ蹄叉腐乱とオグリキャップの足元の状態が万全でなく、マーチトウショウのクビ差2着に敗れてしまいました。
実はオグリキャップは、この後厩務員が交代しますが、それまでずっと足元の状態が万全でない状態で走っていたそうです。

8月12日、足元が万全となったオグリキャップは、2歳条件戦笠松ダート800mでマーチトウショウと再戦し、2馬身1/2差の楽勝をします。

06:19に6戦目、8月30日2歳オープン秋風ジュニア(笠松ダート1400m)の映像があり、残り100m手前でマーチトウショウを並ぶ間なしに交し、4馬身以上の大差で勝ちます。

7戦目、10月4日秋風ジュニアクラウン(笠松ダート1400m)。
10日後に、中京重賞芝1200mのレースに出ることが決まっており、先行して楽な競馬で向かわせようと思って、直線先頭に立ったら、オグリキャップが遊んでしまって、マーチトウショウに迫られます。
オグリキャップは、一度はマーチトウショウに交されましたが、差し返し鼻差勝ち。

06:51に8戦目、10月14日中京杯(中京重賞芝1200m)の映像があります。

1番人気はここまで、7戦5勝2着2回のオグリキャップ。
2番人気はここまで、3戦2勝の牡馬アーデントラブ。
3番人気はここまで、3戦2勝の牝馬ピンクコマンド。

オグリキャップは全く危なげなく、スピードの違いで2着アーデントラブに、2馬身差楽勝します。

1着 オグリキャップ  1:10.8
2着 アーデントラブ 2
3着 シービーキグナス 3/4

この芝の勝利により、中央競馬の馬主から、オグリキャップを売って欲しいと、殺到したそうですが、馬主の小栗孝一氏は売るつもりはありませんでした。
調教師の鷲見昌勇は、この馬で翌年の東海公営クラッシックを席巻すると言っていたそうです。

00:15に9戦目、11月4日に2歳オープン競争中日スポーツ杯(名古屋オープンダート1400m)の映像があります。
4コーナー手前でオグリキャップは、逃げるミサトネバー、追いすがるハロープリンセスに並びかけ、並ぶ間なく交し、ハロープリンセスに2馬身1/2の楽勝。

08:16に10戦目、12月7日に古馬混合条件戦、師走特別(笠松B2ダート1600m)の映像があります。
4コーナーで先頭に立つと、後続を突き離し、直線200m少々しかないのに、2歳馬が古馬を6馬身引き離しました。

07:21に11戦目、12月29日、笠松競馬の2歳オープン戦、ジュニアグランプリ(笠松オープンダート1600m)の映像があります。
オグリキャップは、3コーナー過ぎからまくって、4コーナーで先頭に立つと、後続を突き離し、直線200m少々しかないのに、4馬身引き離しました。

この頃、馬主の小栗孝一氏は、マーチトウショウの馬主で、JRAの馬主でもある佐橋五十雄氏に、オグリキャップを売る事にしました。

07:54に12戦目、1988年1月10日、笠松競馬のオグリキャップ最後のレース、ゴールドジュニア(笠松オープンダート1600m)の映像があります。
オグリキャップは先行して、3コーナー過ぎか上り、4コーナーで先頭に立つと、後続を突き離し、後は手綱を押さえ、マーチトウショウを2馬身1/2引き離しました。

どうでしょうか?これが怪物オグリキャップのプロローグです。
この後、中央競馬に移籍しますが、これは次の機会に。

オグリキャップの前には、ハイセイコーも怪物と言うキャッチフレーズでした。
実はオグリキャップの前に、笠松競馬には怪物と呼ばれる馬がいました。
JRAで勝味に遅かったフエートノーザンです。
1987年、笠松競馬に移籍し、秋には本格化しました。
当時の笠松競馬には、同じくJRAから移籍して来た、朝日チャレンジCを勝った事もある、ワカオライデンがトップを張っていました。
フエートノーザンは、重賞名古屋大賞典は、ワカオライデンに敗れますが、笠松競馬の有馬記念、東海ゴールドCで、ワカオライデンを破り、優勝します。
翌年から、手の付けられないような強さになりました。

その内、フエートノーザンも紹介します。

笠松競馬で、オグリキャップ、フエートノーザン、両馬の主戦騎手だった安藤勝己は、怪物フエートノーザンを負かすとしたら、オグリキャップしかいないと思っていたそうです。
この後、中央競馬に移籍して、怪物オグリキャップが有名になりましたので、怪物フエートノーザンのイメージは霞んでしまいましたけどね(笑)。

次回は再び、イナリワンの1988年のレースについて書きます。

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