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2012年1月の記事

2012年1月26日 (木)

2012年 川崎記念

1月25日、川崎競馬場で、公営競馬の古馬4歳以上の、今年最初のGⅠ(JpnⅠ)川崎記念(ダート2100m)がありました。
中央競馬で、対応するレースはありませんが、古馬中距離の南関東では、かしわ記念、帝王賞、東京大賞典と共に、数少ない統一GⅠ(またはJpnⅠ)レースで、高額賞金レースです。
ドバイWCに出ようとした場合、JRAのフェブラリーSに出走後では、期間が短いため、このレースからドバイに向かう馬もいますよね。
ライブリマウント、ホクトベガ、ワールドクリーク、リージェントブラフ、ヴァーミリアン等が、このローテーションです。

現在、日本のダートの強豪と言うと、地方所属船橋競馬のフリオーソ(GⅠ6勝)、JRAのトランセンド(GⅠ4勝)、スマートファルコン(GⅠ5勝)です。
年末の東京大賞典が、意外な辛勝だったスマートファルコンは、このレースに出て来ました。

さらに、浅屈腱炎で休んでいたフリオーソも、このレースで復帰。
他には、年末名古屋グランプリ(統一JPNⅡダート2500m)を制したJRAのニホンピロアワーズ、浦和記念(統一JPNⅡダート2000m)を制したJRAのボランタス当たりが出てきましたが、スマートファルコン、フリオーソには貫禄不足です。

普通に考えれば、スマートファルコンのタダもらいのレースですが、前走の東京大賞典がワンダーアキュートに苦しめられましたからね。
1番人気、JRAスマートファルコン、2番人気、南関東フリオーソ、3番人気、JRAニホンピロアワーズ。
地方勢は、高知からグランシュヴァリエが参戦していますが、フリオーソ以外にこれと言った馬がいません。

スタートして、スピードの違いで先頭に立ったスマートファルコンは、この時点からして東京大賞典と行きっぷりが違います。
2番手フリオーソ、3番手ランフォルセ、以後キングスエンブレム、ペースは平均より早く、その後方はついて行けず、縦長になります。
2週目、2コーナー過ぎて向こう正面、フリオーソがスマートファルコンに競りかけるべく上がって行きます。
しかしスマートファルコンも、少しペースアップさせます。
3-4コーナーで、スマートファルコンを負かしに行ったフリオーソの手ごたえが怪しくなります。
4コーナで、ランフォルセがフリオーソを交して、スマートファルコンを追走しますが、かえってスマートファルコンは引き離して行きます。
残り200m切ったあたりでは、スマートファルコンは強く追ってませんが、それでも5馬身差圧勝。
ヴァーミリアンのレコードを2秒縮める2.10.7。
2着ランフォルセ、3着はフリオーソ。

勝ったスマートファルコンは、これでGⅠ6勝目。
前走の東京大賞典とは行きっぷりが違いましたし、今回がスマートファルコンの本来の姿でしょう。
疲労残りで、ジャパン・カップ・ダートを回避しましたが、前走は回復途上だったのでしょうね。
ドバイへ向けて、良いステップになったと思います。

2着JRAのランフォルセは、JRAのGⅢ勝はありますが、大健闘ですね。
フリオーソは、浅屈腱炎の休み明けで、本調子でもなかったでしょう。
8歳と年なのに、スマートファルコンを負かしに行って(あっさり離されましたがw)、3着はしょうがないと思います。


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2012年1月24日 (火)

2月に食べたい料理(2012/02)

2月に旬の料理は・・・
毎年ほぼ2月前後には、春節(太陰暦の旧正月)がありますね。
しかし2012年は、太陰暦のずれで、2月よりかなり早く、1月23日なんですけど(笑)。
日本こそ、春節を祝う地域は少なく、盛大ではないですが、中国、韓国とも、太陽暦の1月1日より、むしろ春節を盛大に祝います。

地球に最も近い星が月であり、植物や動物なんかにも、月の運航と同じ生体サイクルを持っている事が知られています。
人間も、たまには月の運航サイクル(太陰暦)で物を考えてはいかがでしょうか?

今年の春節は、1月23日~28日です。
2月にはちょっと早いですが、今回は中国や韓国の春節に食べるものを紹介します。

中国北部は、冷涼な気候のため、昔から米が獲れません。
小麦は収穫出来ますので、昔から小麦を使った料理、麺料理とか餃子を良く食べます。
特に水餃子は、春節の際に、年越しそばならぬ、年越し餃子として食べます。
本日現在、もう春節の年越しちゃってますけどね(苦笑)。

日本では、餃子と言えば焼き餃子が主流で、中には焼き餃子以外食べないという人もいますね。
これは、日本の餃子で、まともな餃子の皮がほとんどないので、焼き餃子にして食べていると言う事情があります。
焼き餃子をウリにしている店で、美味い餃子を出しているのなんて、現在のところ見た事がありません。
あらら・・・またまた辛口に・・・(苦笑)

中国では、餃子の皮が古くなって、どうしようもない時に、家庭で焼き餃子にするくらいで、焼き餃子を好んで食べたりしません。
また餃子を焼いて食べるのは、失礼とされ、客には出さないものです。

日本の焼き餃子の店は、大量に作り置いています。
多少餃子の皮が乾燥しても、表面を焼くので、いくらでもごまかしが利きます。

どうして、焼き餃子より、水餃子の方が美味いか?
それは餃子の皮を伸ばして、包みたてを茹でて食べるため、餃子の皮がしっとりして美味いのです。

餃子の皮が美味いという思いをした事がありますか?
下記の店は、注文を受けてから餃子を包んで茹で、かつ餃子の皮が美味いです。
どうせ餃子でしょう?とか思わず食べてみて下さい。
ビックリしますよ。

成家料理(せいかりょうり)
東京都北区上十条1-15-9
03-3905-7881

蘭州(らんしゅう)
東京都葛飾区立石4-25-1
03-3694-0306

中国南部、特に広東では、春節に大根もちを食べます。
大根もちも、市販品(中国食品加工業者製含む)を出すだけの店と、手作りする店があります。
もし、市販品の大根もちしか食べたことがない人は、大根もちなんて、どこが美味いんだろう?と思うでしょうね。
大根もちも、ちゃんと作れば、かなりの美味さです。

市販品は、大根もちと言われても、ほとんど大根の風味がしませんが、手作りしたものは大根の風味があり、それが大根もちの味のポイントになります。

美味い大根もちが食べられる店は、以下となります。

赤坂璃宮 銀座店
東京都中央区銀座6-8-7 交詢ビル5F
3-3569-2882

中國名菜 孫 六本木店
東京都港区六本木7-6-3 喜楽ビルB1F
03-5785-3089
※アラカルトメニューにあるか不明ですので、事前にご確認ください

廣義隆(コウギリュウ)
東京都杉並区高円寺南1-6-6 矢部ビル
03-3316-3586
※アラカルトメニューにあるか不明ですので、事前にご確認ください

萬珍樓 點心舗(マンチンロウテンシンポ)
神奈川県横浜市中区山下町156
045-664-4004

韓国では、春節にトックと言う餅、スユックと言う茹で肉等を食べます。
他にも、ガレトッと言う細長い餅、シッケと言う米ジュース、その他ヤッシと言うおこわも炊きますが、これらを常備している店は、見た事がありません。
でも、春節に食べるものとしてリクエストして、予約すれば、食べられるかも知れませんけどね。

韓国味工房 EIKO
東京都港区赤坂3-19-9 一ツ木ビルB1F
03-5549-9323
※事前に言えば、トックの料理が食べられます。スユックも予約すれば、食べられるかも?

赤坂一龍 別館
東京都港区赤坂2-13-16 シントミ赤坂第2ビル1F
03-3582-7008
※スユックが食べられますし、専門店なのでソルロンタンは必食です

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2012年1月22日 (日)

Truth / Brian Auger

イギリスのオルガニストの巨匠、ブライアン・オーガーを知る人は、少ないでしょうね。
ブライアン・オーガーの超簡単な経歴は、こちらを見て頂きましょう。

1960年代の「BRIAN AUGER AND THE TRINITY」は、当時売れていたスターバンドです。
当時ジャズでもロックでも、ブルースでもない、それらを融合したサウンドは、ある意味最先端と言えたでしょう。

美人女性ボーカルのジュリー・ドリスコールは、ヤードバーズの追っかけをしていたと言う噂がありますが、本人は否定しているそうです。
マネジメント陣は、人気の高かったジュリー・ドリスコールを前面に出す戦略を取りますが、ジュリー・ドリスコールはそれを嫌がり、リーダーにして、作曲、オルガにストとして有名だったブライアン・オーガーは、プライドを傷つけられます。

このあたりが絶頂期でしたが、ジュリー・ドリスコールが脱退し、ブライアン・オーガーも、1970年にオブリヴィオン・エクスプレスを結成します。
オブリヴィオン・エクスプレスの最先端の音楽は、様々なミュージシャンに影響を与えます。
特にエポックメイキングなのは、オブリヴィオン・エクスプレスから多くのジャズ/フュージョンのミュージシャンを輩出した事ですね。
この頃から、ジャズミュージシャンが電子楽器を使い、ロックと融合した音楽を始め、クロスオーバーと呼ばれ、1970年代後半には洗練され、フュージョンと呼ばれ、ブームになります。

しかし1980年代に入って、ヒットを飛ばす事はなくなり、自然消滅的に、忘れられて行きました。
1990年代始めのアシッドジャズブーム、1990年代半ばの、レアグルーブブームの際に見直されて、様々なミュージシャンと精力的にライブをしました。
元々一流の腕前のオルガにストですし、様々な人にリスペクトされ、共演したり、再評価されたりと、それは現在も続いています。

さて演奏に行きましょう。

偉大なるジャズオルガニスト、ジミー・スミス以降、オルガンと言えばハモンドと言うくらい、ハモンドB3がジャズにロックに、ブルースに大流行でした。
オルガンソロ・・・特にハモンドB3の聞き所と言うと、以下の点でしょうか?

【ドローバーによる音色変化】
上の写真の、赤丸で囲った部分の白黒の棒が、オルガンの音色を決めるドローバーと言います。
この長さを調節する事で、オルガン音にどれだけ倍音を加えるかが決まり、様々な音色を出す事が出来ます。
各オルガにストで、この音の作りに個性があります。
また、しばしば演奏中にセッティングを変える人もいます。

【レスリースピーカー】
演奏の盛り上がるところで、レスリースピーカーを使います。
音の原理は、ウィキペディアを読んで下さい。ちょっと記述が難しいかな?
ぶっちゃけ、音を発するスピーカーを回転させるので、聞く側にはオルガンの音に、ドップラー効果を感じます。
スピーカの回転数は、変化させる事が出来ますので、スローに回転させたレスリースピーカーを、盛り上がるところで速く回転させるという技もあります。

【フレーズのため・タイミング】
音の強弱をつけられる楽器ではありませんので、その分ためたり、フレーズを崩したりして、タイミングでフレーズの勝負をする人が多いです。

【クリック音の有効活用】
ハモンドB3では、鍵盤を押した際に、カリッとパーカッシブなクリック音が入ります。
これは、鍵盤を押した際、電気スイッチがオンとなり、スイッチ接触の際の突入電流で、音の頭の部分が、パーカッシブなクリック音となってしまいます。
これは本来、電気を使ったハモンドオルガンの、予期せぬ余計な音でした。
その後、クリック音は消せるようになったのですが、その後もハモンドB3を好むオルガニストは、このクリック音をハモンドB3独特なサウンドとして愛し、上手く利用する人が多いですね。

【音の持続とスタッカート】
オルガンは、鍵盤を押し続けると、永遠に音が出続きます。
これはシンセサイザーを除く、他の楽器にはない機能です。
ソロのここぞと言うタイミングで、このロングトーンを使います。
また反対に、右手で弾く主旋律のフレーズとか、早いパッセージや、伴奏で弾く左手のフレーズは、ロングトーンとは裏腹に、短くスタッカートさせ、変化をつける事があります。

【和音はシンプル】
ドローバーのセッティング次第ですが、あまりオシャレな分数コードとか弾くと、音が濁ってしまいます。
オシャレなコードも、ボイシングを歯抜けさせたりして、比較的シンプルなコードを弾く事が多いですね。例外もありますが。

他にも、ポイントはあるかも知れませんが、ぱっと思いつく限り書くと、こんな感じですかね。

ブライアン・オーガーのライブ映像は、ブライアン・オーガーのサイトにもありますし、YouTubeにもあります。
2000年前後に、ボーカルは娘、ドラムは息子と言うバンド構成で、何度もライブをしているようですね。
この演奏も、その頃だと思います。
かつての大御所も、こんな小さなライブハウスですか・・・と言う感じではありますが、もし音楽が好きなら、むしろ手の届きそうな小さなライブハウスの方が、味わい深いですけどね。
音のセッティングとか、難しい面と、むしろ割り切るのでやりやすい面と両方あり、良いライブが出来た時のうれしさはひとしおです。
それに、どこで演奏しようと、名演もあれば、駄演もあります。

曲は、1972年のBrian Auger's Oblivion Expressのアルバムの「Second Wind」の曲です。
元曲を今聴くと、ちょっと古臭いアレンジですが、元々ファンキーなかっこ良い曲。
少し早いテンポにして、アレンジの目先を変えると、名曲は不滅ですね。
ボーカルは娘が歌い、ドラムは息子が演奏しています。

出だしの仕掛けが、特にドラムはカッコ良いですね。
ブライアン・オーガーは、左手でシンセサイザーのピアノ音源を弾き、右手でハモンドを弾いています。

ブライアン・オーガーの娘は、ちょっと声にハスキーさがあり、ソウルフルで味がありますね。
ハモっているのは、息子のドラマーです。
良く、フレーズを叩きながら、ハモれるなぁと、感心してしまいます。

2:14から、ブライアン・オーガーのオルガンソロが始まります。
オルガンソロと同時に、レスリースピーカーがオンになります。
モノラルではありますが、オルガン音に、でこぼこ感があるのは、このレスリースピーカーのドップラー効果です。
レスリースピーカーは、オルガンソロの間、オンにしていますね。

出だし本当、良いタイミングで音を切りますね。気持ち良くて、腰が砕けそうになりますね。
2:22早いパッセージから、2:28ブレイクして裏拍子のコードも素敵です。
それから、ところどころで、音をのばすぞ・・・と脅すように、少しだけ長いフレーズを弾きます。
2:41早いパッセージの間の音は、スタッカートするように弾いていますね。
3:08では16分音符の中に、すこしタイミングを崩して弾き、フレーズを目立たせます。
3:12の早い8分3連のフレーズが素敵です。
3:30忘れそうな頃についに来ました、ロングトーン!しかも右手小指で抑えながら、他の指で早いパッセージを弾いています。
この辺から、レスリースピーカーの回転数も上げているようですね。
3:39ここって8分3連?崩して弾いてますね。
3:42和音を多用して、ここから盛り上げにかかります。
3:56今度は右手親指でロングトーン!他の指では、早いパッセージ。そして、ソロの解決。

年を取っていても、素晴しいオルガンの名演ですね。
これを聞くと、まだまだ現役で十分やれる演奏力だと思います。
まあ本人は、昔取った杵柄で、悠々自適の生活なのかも知れませんけどね。
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2012/01/30追記
以前は、この日のライブ映像は、この曲と「Happiness is just around the_bend」の2曲のみ。
ライブ場所も、日時も不明でした。
現在、この日のライブの映像が、他5曲YouTubeにアップされています。

2004年ハリウッドの有名なライブハウス、ベイクド・ポテトです。
他の曲の映像に登場しますが、この日何と、観客にハービー・ハンコックがいます!?
ブライアン・オーガーとハービー・ハンコックは、1970年代に、別々のバンドとしてですが、一緒にツアーしたそうです。

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2012年1月17日 (火)

平成三強物語 - 1987年-1988年 オグリキャップ(1)

競馬には、あいつさえいなければ・・・と言う事は良くありますが、平成の初めに、3頭の偉大なサラブレッドが、しのぎを削って、GⅠレースを取り合った時代がありました。
これは、昭和の3強、トウショウボーイ、テンポイント、グリーングラスになぞらえ、この3頭を平成3強と呼びました。

オグリキャップ・・・1988、1990 有馬記念、1989 マイルCS 1990 安田記念
イナリワン・・・1988 東京大賞典(大井)、1989 天皇賞春 1989 宝塚記念 1989 有馬記念
スーパークリーク・・・1988 菊花賞、1989 天皇賞秋、1990 天皇賞春

今回は、平成三強で、未だに人気が衰えない、オグリキャップの2歳から3歳、笠松競馬時代について書きます。

1987と言えば、時はバブル景気。
それまでと変わって、世の中の景気が良くなり、仕事があふれ出て来ていました。
特に、土建業、建設業の景気の良さは、半端ではなく、徐々に地上げが出ていた頃です。
立ち退かないビルに、嫌がらせにトラックが突っ込んだのが、ニュースになりました。
1か月ぶりに行くと、ビルがさら地になっていたりしましたね。

競馬では、にわか馬主が増え、新馬戦もフルゲートでした。

オグリキャップの父は、ダンシングキャップ。
イギリス、フランスで走りましたが、重賞勝ちはなし。
それでも日本で種牡馬になったのは、ダンシングキャップが伝説の名馬で、大種牡馬、ネイティブダンサーの直仔だったからでしょう。

ネイティブダンサーはアメリカで走り、2歳時9戦全勝で、1952年度代表馬に選出。
3歳時には、プリークネスステークス(ピムリコ重賞ダート9.5F約1911m)、ベルモントステークス(ベルモントパーク重賞ダート12F約2414m)の2冠を含む10戦9勝、4歳時に3戦3勝で引退。
1954年度代表馬に選出されました。
通算成績、22戦21勝2着1回と言う完璧さで、あまりの強さに灰色の幽霊とあだ名されていました。
種牡馬になってからも、エタン、カウアイキング、ダンサーズイメージ、ナタルマ、ネイティヴストリート、フラダンサー、レイズアネイティヴ等の活躍馬、名種牡馬、名繁殖牝馬を輩出し、現在もネイティブダンサー系は大繁栄しています。

ネイティブダンサーはへそ曲がりな血統と言われ、ダート馬から芝馬とか、あるいはその逆、ステイヤー(長距離が得意な馬)からスプリンター、あるいはその逆、活躍馬は種牡馬でなかなか成功せず、逆に競争成績が振るわなかった馬が大種牡馬になりました。
ダンシングキャップは日本では、それなりに活躍する馬は出しましたが、大きなレースをいくつも勝つような、一流馬は出しませんでした・・・オグリキャップが生まれる前までは。

母ホイワイトナルビーは、父シルバーシャークで、遡ると伝説の名馬、名種牡馬マンノウオーに行き着く、現在ではマイナー血統のマンノウオー系。
マンノウオー系はしばしば、勝ち切れないなまくらな脚の馬が多いです。
母方はスピード血統のナスルーラ系。
馬主の小栗孝一氏が、繁殖牝馬として購入しましたが、繁殖成績は極めて優秀。
初仔の1979年オグリトラックから、1981年オグリシルバー、1981年オグリシルバー、1981年オグリシルバー、1982年オグリイチバン、1983年オグリシャーク、1984年オグリドンと生まれた産駒全て勝ち上がりました。

ダンシングキャップと配合して、7番目に生まれたのがオグリキャップです。

オグリキャップがデビューしたのは、地方競馬で2番目にレベルが高い東海・・・東海でもレベルが高い笠松競馬です。
今でこそ、地方競馬場で行われる、ダートの交流競走は、JRAの独壇場ですが、その頃はダートではJRAは地方勢には、歯が立ちませんでした。

オグリキャップのデビューは早く、5月19日。笠松ダート800mの超短距離戦です。
当時、オグリキャップはエンジンのかかりの遅い馬で、かつ直線で外にはじき出され、残念ながらマーチトウショウの2着に敗れます。

次走6月2日オグリキャップは、2歳戦笠松ダート800mに出走し、2着馬に4馬身差のぶっち切り勝利。

6月15日オグリキャップは、2歳条件戦笠松ダート800mに出走し、2着馬に6馬身差の楽勝。

7月26日、2歳条件戦笠松ダート800mで、初戦に敗れたマーチトウショウと再戦しますが、ひづめ蹄叉腐乱とオグリキャップの足元の状態が万全でなく、マーチトウショウのクビ差2着に敗れてしまいました。
実はオグリキャップは、この後厩務員が交代しますが、それまでずっと足元の状態が万全でない状態で走っていたそうです。

8月12日、足元が万全となったオグリキャップは、2歳条件戦笠松ダート800mでマーチトウショウと再戦し、2馬身1/2差の楽勝をします。

06:19に6戦目、8月30日2歳オープン秋風ジュニア(笠松ダート1400m)の映像があり、残り100m手前でマーチトウショウを並ぶ間なしに交し、4馬身以上の大差で勝ちます。

7戦目、10月4日秋風ジュニアクラウン(笠松ダート1400m)。
10日後に、中京重賞芝1200mのレースに出ることが決まっており、先行して楽な競馬で向かわせようと思って、直線先頭に立ったら、オグリキャップが遊んでしまって、マーチトウショウに迫られます。
オグリキャップは、一度はマーチトウショウに交されましたが、差し返し鼻差勝ち。

06:51に8戦目、10月14日中京杯(中京重賞芝1200m)の映像があります。

1番人気はここまで、7戦5勝2着2回のオグリキャップ。
2番人気はここまで、3戦2勝の牡馬アーデントラブ。
3番人気はここまで、3戦2勝の牝馬ピンクコマンド。

オグリキャップは全く危なげなく、スピードの違いで2着アーデントラブに、2馬身差楽勝します。

1着 オグリキャップ  1:10.8
2着 アーデントラブ 2
3着 シービーキグナス 3/4

この芝の勝利により、中央競馬の馬主から、オグリキャップを売って欲しいと、殺到したそうですが、馬主の小栗孝一氏は売るつもりはありませんでした。
調教師の鷲見昌勇は、この馬で翌年の東海公営クラッシックを席巻すると言っていたそうです。

00:15に9戦目、11月4日に2歳オープン競争中日スポーツ杯(名古屋オープンダート1400m)の映像があります。
4コーナー手前でオグリキャップは、逃げるミサトネバー、追いすがるハロープリンセスに並びかけ、並ぶ間なく交し、ハロープリンセスに2馬身1/2の楽勝。

08:16に10戦目、12月7日に古馬混合条件戦、師走特別(笠松B2ダート1600m)の映像があります。
4コーナーで先頭に立つと、後続を突き離し、直線200m少々しかないのに、2歳馬が古馬を6馬身引き離しました。

07:21に11戦目、12月29日、笠松競馬の2歳オープン戦、ジュニアグランプリ(笠松オープンダート1600m)の映像があります。
オグリキャップは、3コーナー過ぎからまくって、4コーナーで先頭に立つと、後続を突き離し、直線200m少々しかないのに、4馬身引き離しました。

この頃、馬主の小栗孝一氏は、マーチトウショウの馬主で、JRAの馬主でもある佐橋五十雄氏に、オグリキャップを売る事にしました。

07:54に12戦目、1988年1月10日、笠松競馬のオグリキャップ最後のレース、ゴールドジュニア(笠松オープンダート1600m)の映像があります。
オグリキャップは先行して、3コーナー過ぎか上り、4コーナーで先頭に立つと、後続を突き離し、後は手綱を押さえ、マーチトウショウを2馬身1/2引き離しました。

どうでしょうか?これが怪物オグリキャップのプロローグです。
この後、中央競馬に移籍しますが、これは次の機会に。

オグリキャップの前には、ハイセイコーも怪物と言うキャッチフレーズでした。
実はオグリキャップの前に、笠松競馬には怪物と呼ばれる馬がいました。
JRAで勝味に遅かったフエートノーザンです。
1987年、笠松競馬に移籍し、秋には本格化しました。
当時の笠松競馬には、同じくJRAから移籍して来た、朝日チャレンジCを勝った事もある、ワカオライデンがトップを張っていました。
フエートノーザンは、重賞名古屋大賞典は、ワカオライデンに敗れますが、笠松競馬の有馬記念、東海ゴールドCで、ワカオライデンを破り、優勝します。
翌年から、手の付けられないような強さになりました。

その内、フエートノーザンも紹介します。

笠松競馬で、オグリキャップ、フエートノーザン、両馬の主戦騎手だった安藤勝己は、怪物フエートノーザンを負かすとしたら、オグリキャップしかいないと思っていたそうです。
この後、中央競馬に移籍して、怪物オグリキャップが有名になりましたので、怪物フエートノーザンのイメージは霞んでしまいましたけどね(笑)。

次回は再び、イナリワンの1988年のレースについて書きます。

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2012年1月11日 (水)

平成三強物語 - 1986年-1987年 イナリワン(1)

競馬には、あいつさえいなければ・・・と言う事は良くありますが、平成の初めに、3頭の偉大なサラブレッドが、しのぎを削って、GⅠレースを取り合った時代がありました。
これは、昭和の3強、トウショウボーイ、テンポイント、グリーングラスになぞらえ、この3頭を平成3強と呼びました。

オグリキャップ・・・1988、1990 有馬記念、1989 マイルCS 1990 安田記念
イナリワン・・・1988 東京大賞典(大井)、1989 天皇賞春 1989 宝塚記念 1989 有馬記念
スーパークリーク・・・1988 菊花賞、1989 天皇賞秋、1990 天皇賞春

今回は、平成三強では最も地味(笑)なイナリワンの2歳デビューから3歳までについて書きます。
ちなみに、映像があったら、紹介したいところですが、この頃まだ大井競馬所属で、残念ながら映像はありません。
今回は、文章のみの紹介となります。

1986と言えば、時はバブル景気のはしりの時代。
それまでと変わって、世の中の景気が良くなり、仕事があふれ出て来ていました。
特に、土建業、建設業の景気の良さは、半端ではなく、徐々に地上げが出ていた頃です。
立ち退かないビルに、嫌がらせにトラックが突っ込んだのが、ニュースになりました。
1か月ぶりに行くと、ビルがさら地になっていたりしましたね。

競馬では、にわか馬主が増え、新馬戦もフルゲートでした。

イナリワンの父は、ミルジョージ。
日本人オーナーでアメリカで走り、4戦2勝でしたが足元が弱く引退。
ミルジョージの父は、ヨーロッパで活躍した伝説の名馬で名種牡馬、ミルリーフでしたので、日本で種牡馬になりました。
ミルジョージは中央競馬でも活躍馬を出しましたが、種牡馬2年目、1984年東京王冠賞(大井重賞ダート2600m)、1985年報知グランプリカップ(船橋重賞ダート1800m)、1985年金盃(大井重賞ダート2000m)、1985年ダイオライト記念(船橋重賞ダート2400m)、1985年帝王賞(大井重賞ダート2000m)、1985年東京記念(大井重賞ダート2400m)と重賞6勝、その後1985年公営所属馬として初めてジャパンカップ(東京GⅠ芝2400m)2着した、ロッキータイガーが出ます。
その後も公営、中央、芝、ダート問わず活躍馬を出し、1989年には公営競馬でリーディングサイアーとなりました。
代表産駒はイナリワン、ロッキータイガー、オサイチジョージ、ロジータ、エイシンサニー、ユートジョージ、リンデンリリー、ヤシマソブリン、ユーセイトップラン、ミルコウジ、ツキノイチバン等。
中央競馬でも、上位の種牡馬成績でした。
奥手の産駒が多く、種牡馬当初は、芝、ダートとも長距離に適性がある馬が多かったです。

母テイトヤシマは、祖父大種牡馬ネバーセイダイを通るナスルーラー系。
繁殖牝馬としては活躍せず、ここまで5頭出産して、出走出来た馬は1頭のみ。
その1頭、ミカホーマーは中央競馬で3勝しましたが、次のイナリワンを出産した後、用途変更となりました。
イナリワンが活躍しても、再び繁殖に戻らなかったという事は、結末は推して知るべしでしょう。

イナリワンがデビューしたのは、地方競馬で最もレベルが高い南関東・・・南関東でもレベルが高い大井競馬です。
今でこそ、地方競馬場で行われる、ダートの交流競走は、JRAの独壇場ですが、その頃はダートではJRAは地方勢、特に南関東勢には、歯が立ちませんでした。

イナリワンのデビューは、12月9日。ダート1000m短距離戦です。
出典は失念しましたが、このレースでイナリワンは出遅れました。
競馬を知る人ならお分かりのように、新馬戦とは言え、短距離戦での出遅れは、致命的です。
鞍上の大井競馬のベテラン、宮浦正行騎手は、勝てないだろうが、直線どこまで伸びるか試してみようと、後ろからついて回りました。
直線、先行集団に取り付くと、凄い脚で並ぶ間なく交し、4馬身差をつけて圧勝しました。

同日、大井競馬時代のライバルとなる、チヤンピオンスターが、別のレースでデビューしていたのは、興味深い偶然です。

2戦目は、翌年1月2日のレースを予定していましたが、ゲートに頭を強打して出走取り消し。
春まで休養に入りました。
そのレースでは、チヤンピオンスターも出走しており、同レースで勝利しました。
イナリワンが万全で出走していたらどうなったか、興味深いところです。

イナリワンの大井時代の同年代には、この後無敗で羽田盃(JRAの皐月賞に相当)を制したシナノデービス、勝ち味に遅いながら不思議と大きいレースで活躍したアラナスモンタがいて、強豪揃いでした。

イナリワンのレース復帰は、同年5月20日。
大井競馬の3歳条件戦、ダート1500mで2着に2馬身差の勝利。

6月14日、大井競馬の3歳条件戦、ダート1600mで2着に1馬身差の勝利。

6月28日、大井競馬の3歳条件戦、ライラック特別ダート1600mで、2着に1馬身1/2差の勝利。

8月21日、大井競馬の3歳条件戦、りんどう特別ダート1600mで、2着に2馬身1/2差の勝利。

9月23日、大井競馬の3歳オープン競争、トウインクルエイジCダート1700mで、2着に1馬身1/2差の勝利。

取り消しを挟んで、6戦全勝を飾りました。

チヤンピオンスターは、トライアルとも言うべき黒潮杯(JRAの弥生賞に相当)には勝ったものの、クラッシック本番の羽田盃は回避、東京ダービーは4着と敗退しました。

11月11日、イナリワンは、南関東クラッシックの最後の1冠、東京王冠賞(大井ダ2600m)に出走しました。
JRAの菊花賞(京都GⅠ芝3000m)に相当します。

1番人気は6戦全勝のイナリワン。
2番人気は春に京浜盃(大井重賞ダート1700m)優勝で、このレース休み明けのクリノロイヤル。
3番人気は前走条件特別を勝ったテイードリーム。

前走サマーカップ7着と惨敗したチヤンピオンスターは、6番人気と、人気を落としていました。

このレースも映像もなく、レース展開情報もありませんので結果を書きます。
レースは人気通り、イナリワンが1馬身差をつけて優勝、2着はチヤンピオンスターでした。

1着 イナリワン  2:52.7
2着 チヤンピオンスター 1
3着 マルケンアキーラ 5

イナリワンは、公営のグランプリレース、東京大賞典には向かわずに、12月28日に船橋競馬の東京湾カップ(船橋重賞ダート2000m)に出走します。

1番人気は7戦全勝のイナリワン。
2番人気は前走東京王冠賞(大井ダ2600m)3着のマルケンアキーラ。
3番人気は前走東京王冠賞(大井ダ2600m)5着のハセカツガルー。

このレースも映像もなく、レース展開情報もありませんので結果を書きます。

1着 イナリワン  2:10.4
2着 マルケンアキーラ アタマ
3着 ハセカツガルー クビ

8戦全勝のイナリワンは、翌年さらなる飛躍が来ると思われていたのですが・・・

次回は、公営笠松競馬時代の、オグリキャップについて書きます。

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2012年1月 6日 (金)

1月に食べたい料理(2012/01)

1月に旬の料理は、アラ鍋です。
実は、一緒に食べ歩きをしている友人達が、初めてこの店に行った時、アラ鍋は、魚の内臓の鍋と思い込んでいました(笑)。

アラとは、福岡の呼び名で、大阪、東京ではクエ。
冬に美味しいハタ科の大型魚で、高級魚です。
アラが良く食べられる場所は、大阪、東京を除くと、福岡、和歌山となります。
福岡は、九州北部、西部の漁師のアラが入って来ますし、和歌山はもろにアラ(クエ)が収穫出来ます。

福岡は、となりの山口県から、トラフグも入って来ますが、フグの鍋より、アラの鍋の方が人気があると言われています。
東京では、アラ鍋を知らない人はいても、フグ鍋を知らない人はいませんけどね。

使うアラは、小さくとも体長60センチ、大きいのでは1メートルを越しますが、近年そこまでの大物は、めったにかからないそうです。
身はプルンとして、冬にタップリ脂が乗っていて、白身ながらコクがあります。
高級魚ですが、お金を出しただけの、大満足が帰って来ます。

〆には、アラの旨味がタップリ出た煮汁で雑炊・・・もしかすると、こいつは究極の美味さです。

こんな絶品の、アラ鍋が食べられるのは、下記のレストランです。
必ず予約して、お楽しみ下さい。
価格は、1人前\6,000~となります。

別途料金ですが、アラの刺身も美味いですよ。

またこの店、季節の美味い魚があります。
店の方と相談して、季節のその日良い魚を刺身、焼き魚、煮魚で食べると、これがまた絶品です。
以前この店で、今ではめったに見かけない、本物のキンメダイの焼き魚や、煮魚を食べました。
店で、キンメダイと思って食べているのは、ほとんど代用魚ですからね。
しかし調子に乗って頼み過ぎると、魚の質が良いだけに良い値段、最後は物凄い請求金額になるので、ご注意を。

富ちゃん
東京都港区六本木6-8-28
03-3405-0659


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2012年1月 5日 (木)

2012年 中山金杯:結果

1月5日に、1歳以上ハンデGⅢレース、中山金杯(中山芝2000m)が行われました。

①フェデラリスト 1:59.
②ダイワファルコン クビ
③コスモファントム 2 1/2

逃げるのはエーシンジーラインと当たりました。
スタートしてスローペース、これも当たり。
しかしレースは不思議な事に、1000m過ぎからペースが速くなりました。
どうしてここで、エーシンジーラインがスピードアップしたんでしょう?

レースは、長くて良い脚が使える馬が有利になりました。
フェデラリストは、斤量にも恵まれ、長く良い脚を使いました。
ダイワファルコンが追いすがりましたが、最後は脚色が同じになり、交す事は出来ませんでした。

コスモファントムも差して来ましたが、上位争いにならなかったのは、斤量差でしょうか?

4連勝中のアドマイヤコスモスは、直線向く前に最後方に下がり、離され最下位ゴール。
レース後骨折していました。
早く復帰、復調を願います。

ハンデ戦は難しいですね。
ハンデ戦じゃなくとも・・・か(笑)。

現在の収支:-443,000

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2012年1月 4日 (水)

2012年 中山金杯

明けまして、おめでとうございます。
醍醐の好き勝手に書きなぐるブログ、本年もよろしくお願いいたします。

1発目は、1月旬の料理を書き終え、アップする段になったら、店がなくなっていた事に気が付きました(苦笑)。
と言う事で、代わりは、明日間に合ったらアップします。

このブログで最もアクセス数の良い、競馬予想。
もう少しのんびり考え、寝るまでにアップ・・・と思っていたんですけどね(笑)。

1月5日は、1歳以上ハンデGⅢレース、中山金杯(中山芝2000m)が行われます。

データに行きたいところですが、金杯は毎年難解なレースです。
狙い馬を絞るようなデータは、ありません。
って事で、好きな馬を買う事にします。

逃げ馬不在ですね。
あえて逃げるとすれば、エーシンジーライン、またはトップゾーン。
ペースはスローから早くても平均ペースじゃないでしょうか?

目下、4連勝中のアドマイヤコスモス。
2着との着差は大きくないですが、レース内容が良いです。
57kgも、重くない斤量と思います。
ここでは力が違うとみて、これが頭。

前走のターコイズSを差して届かなかったエオリアンハープ。
今回は斤量も1kg減り、53kg。今度は差し届くと考えました。

前走ペースが速くて潰れたダイワファルコンは、このレースは展開が向くのではないでしょうか?
斤量も56kgと恵まれたと思います。

3連単 5-3-11 5,000
    5-11-3 5,000

自信は、あまりないです。
ジャブ程度と思って下さい。当たれば、デカいけど・・・

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