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2013年7月の記事

2013年7月24日 (水)

ワダ・カリ 2013年06月に印象に残った料理

6月に印象に残った料理は、インド料理のワダ・カリです。
6月には、究極のラーメンも食べたのですが、その紹介は別の機会に。
自サイトの読者なら、この料理を選ぶ事は、予想がついていたんじゃないでしょうか?

インド料理の事を、食にあまり興味がない人にも、分かりやすく説明するのは難しいです。
ワダ・カリとは、南インド料理のティファン・・・軽食の事です。


インド料理の分類

自分が会社の人に、南インド料理と言うと、ほとんどの人は、「インド料理に北とか、南とかあるの?」と言われます。
北とか、南どころじゃありません(ニヤリ)。

インドの人口約11億人、国土の面積約330万平方キロ、人口は日本の約8倍、国土は約9倍。
日本ですら、地域ごとに特色ある料理があると言うのに、9倍も広く、人も多く、歴史もあり、宗教、言語、習慣が異なるインドが、画一の料理を食べているはずはありません。

大雑把な地域で分けると、東、北東、南、西、北に分類出来ます。
ウィキペディア英語版では、さらに細かく35の地域料理(地域料理じゃないモグライ料理含む)に、分類されています。
これですら、物凄く大雑把な分類で、35の地域料理が、県とか都市単位に各々さらに細かく分類出来ます。
その他、マレーシア風インド料理、インド在住の中国人から伝わったのインド風中国料理、インド風シンガポール料理、ヨーロッパに伝わったアングロインド料理等があります。

インドの憲法に書かれている言語22、その他ポピュラーな言語を入れると40以上。
さらに、村毎に方言が異ななります。
インドの主な宗教は、ヒンドゥ教、イスラム教、キリスト教、バラモン教、仏教、シク教、ゾロアスター教、ジャイナ教等。
各々の宗教には、細かく宗派があり、宗派毎に戒律が異なります。
さらに、ベジタリアン、ノンベジタリアンあり。
ベジタリアンも、ネギ類は取らない等の主義があり、これらが複雑に組み合わさって、異なる食文化を形成しています。
現在この地上に、インド料理の全貌を知るものなどいないと、断言出来ます。

自分の見たところ、インド人はとてもグルメな民族です。
中国人は、中国料理の長い歴史を良く、中国4千年の歴史などと言いますが、インドは5千年の歴史です(正確には4600年?)。
中国料理は複雑膨大ですが、インド料理だって負けず劣らず、複雑膨大なのです。
ちなみに、魅惑の中国料理の後は、魅惑の南インド料理をやる予定ですので、今回はこの程度のジャブで、勘弁しときましょう(笑)。


ワダとは・・・

さて、話は戻りますが、ワダ・カリは南インド料理です。
カリと言うからには、タミル語・・・南インド4州の1つ、インド南東にあるタミル・ナードゥ州の、タミル料理のメニューです。
ちなみにタミル料理は、先ほど書いた35の地域料理の1つです。

ワダ・カリを説明する前に、マサラ・ワダの説明をしなくちゃなりません。
マサラ・ワダをきちんと理解してもらうためには、その前にメドゥ・ワダを説明しなくちゃなりません(苦笑)。

南インド料理のテイファン(軽食)に、ワダと言う料理があります。
一般にワダ・・・最もポピュラーなワダが、メドゥ・ワダです。



メドゥ・ワダとは、米とケツル小豆と言う豆を細かく挽いて、唐辛子、クミン、カレーリーフ、塩なんかで味付けして、ドーナツ状に整形して揚げた料理です。
一般に、サンバルと言う南インド料理でポピュラーな野菜カレー、ココナッツ・チャトニー、トマト・チャトニーなんかを付けて食べます。
ワダ・・・と言うと、多少南インド料理が分かる人には、メドゥ・ワダのイメージです。



マサラ・ワダとは、豆の食感を活かしてカリッと揚げたワダです。
豆の食感を活かすため、豆はかなり粗く挽きます。
形状は、大振りなビスケット。
メドゥ・ワダに比べ、少しスパイシーに味付けする事が多いです。
メドゥ・ワダ同様、サンバル、ココナッツ・チャトニー、トマト・チャトニーなんかを付けて食べます。


ワダ・カリとは・・・

さてワダ・カリですが、いったん作ったマサラ・ワダをスパイシーに味付けした汁・・・カレーと解釈して結構ですが・・・に入れて、煮崩した料理です。
マサラ・ワダは、ぐずぐずに崩れ、おじや状になります。



一般に、インド料理店の9割以上は、カレーを作り置きします。
ダシを取らないインド料理は、スパイスの香りが、味の決め手になります。
スパイスは、時間が経てば経つほど、加熱すればするほど、香りが失われます。
つまり、作ってから時間が経ち、再加熱が必要なカレーの作り置きは、最悪の選択です。

巷に良く、1晩置いたカレーが美味いとたわ言を言う人は、味音痴ですので、見つけたら指差して笑って下さい(笑)。

この店では、注文を受けてから作りますので、スパイスの香りが鮮烈です。
唐辛子でしっかり辛く、コリアンダーやフェンネル等のインド料理定番の香りがあり、南インド料理に定番の、マスタードシード、カレーリーフが香ります。
そして煮崩したマサラ・ワダの豆の素朴な味わい・・・
ワダ・カリは実は、この店以外で出しているのを知りません。
ワダ・カリのカリと言う言葉は、カレーの語源になったのではないかと言う説の1つです。

そんなワダ・カリが食べられるのは、以下の店です。

なんどり
東京都荒川区西尾久7-29-9
03-3800-6494

残念ながら、レギュラーメニューではないのですが、材料があれば作ってくれる場合もあるそうです。
確認してみて下さい。

ちなみに料理人は、インド人ではなく、コテコテの日本人です。
ワダやワダ・カリ以外にも、ドーサと言う米と豆を破砕して、薄く伸ばして焼いたクレープ状の料理や、ふつうにカレーも食べられます。



クルフィとか、パヤサム、ケサリ・バットと言うインド料理のデザートも食べられます。
またインドで良く飲まれるローズミルク。
この店のは美味いです。
必ず飲んで下さい。

これでもなお、「なんだ、ただのカレーじゃないか。」って言う人は、殴ります(笑)。

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2013年7月 7日 (日)

魅惑の中国料理 - 第十五回 中国語料理名攻略(13)

 自分は最近、めったに中国料理を食べていませんが、それほど深い意味はありません。
 あえて言うと、美味しい店は回り尽くして、後は行きにくい(予約しないと行けない)店ばかりですね。
 また新規店に行ってみると、不味くて没ネタになっちゃった事もあります。
 中国人シェフで、行くべき店は少ないです。

 日本人シェフでも勉強熱心で、菜系にこだわっている店はないではないですがね。
 一般には、街でよく見かけるメニューの店が多いのです。

 ちなみにこれを書いている昨日、久々に中国料理店に行きましたが、食べたのは麻婆豆腐と、汁なし担々麺。
 目的があって注文したものの、何だか、中国料理店を良く知らない人の注文みたい(笑)。

 毎回のおさらいになりますが、自分が何となく中国語料理名を見ていて、以下のような分類が出来るような気がします。
 この分類法は、醍醐オリジナルです、ご注意を。
 ①調理法+使用食材型
 ②調味料+使用食材型
 ③調味料+調理法+使用食材型
 ④使用食材+使用食材型
 ⑤使用食材+調理法+使用食材型
 ⑥料理のエピソード型
 ⑦その他型

 今回も、⑥料理のエピソード型ついて書きます。

 料理のエピソード型とは?
 あるエピソードから誕生して、料理名となったものです。
 つまり、料理名だけ見ても(例え中国語が分かっても)何のこっちゃ・・・と言う料理名を差します。
 料理が有名になるにつれ、エピソードから発生したものが、まるで調理法を指すかのような、呼び名となってしまったものもあります。

 その料理の珍しさ(日本で食べられる確率)をアイコンで表現します。

 ・・・ほとんど幻
 ・・・特注すればあるいは
 ・・・専門店でもめったにない
 ・・・専門店のメニューなら
 ・・・たまに見かける
 ・・・ポピュラー



龍井蝦仁(ロン・ジン・シア・レン)

 浙江料理の杭州料理名物の、海老の龍井茶炒め。
 調理名としては、「④使用食材+使用食材型」になりますけどね。
 このメニューにはエピソードがあります。

 杭州市は茶どころで、特に龍井茶は、銘茶として有名です。
 龍井茶と、杭州市近辺で獲れる川エビと合わせて調理したものです。
 自分はかなり昔、テレビ番組でこの料理を見た時、エビとお茶の葉を炒めると言う中国料理の発想の豊かさに、驚かされました。

 料理の由来は、東坡肉(トン・ポー・ロー)と同様、蘇軾が連れて来た料理人。
 北宋最大の詩人、蘇軾は、1079年、詩で政治を批判したと讒言(ざんげん)された、当時官吏の蘇軾は、投獄の後、浙江省黄州へ左遷されました。
 蘇軾が連れて来た料理人が、地元名産の緑色の龍井茶と赤と白い色の川エビを使って、色彩が美しく、繊細な味わいのこの料理を作りました。
 この話は、単なる伝説かも知れません。
 杭州の有名な老舗、天外天菜館は、龍井蝦仁の発祥の店として知られています。

 別の由来では、清朝の乾隆帝の行幸の際、乾隆帝が私服でお忍びで街のレストランに食事に出かけました。
 乾隆帝が龍井茶を飲みながら、食事を楽しんでいる際、給仕が皇帝のしるしである、龍の紋が入った装束に気が付き、レストランの店主に相談しました。
 料理人の店主は驚いて、川エビを剥いているところに、お茶の葉をこぼしてしまい、その色合いが美しかったので、調理して乾隆帝に献上しました。
 乾隆帝はこの料理を食べ、繊細な味と香り、美しい色彩から、たいそう喜び、それ以後杭州の名物料理になりました。

 また別の由来では、清朝の乾隆帝の行幸の際、清明節に、西湖の後、龍井を視察しました。
 西湖の漁師から川エビが、龍井の農家は龍井茶を献上しました。
 乾隆帝の料理人は、この2つの食材を使って、龍井蝦仁を作ったそうです。
 その後間もなく、杭州の有名な老舗、楼外楼菜館に龍井蝦仁のメニューが登場しました。

 川エビを洗って塩、紹興酒、卵白で下ごしらえし、炒めて、少量の湯で淹れた龍井茶と合わせ、塩、紹興酒で味を調えます。
 醤油や砂糖を使うバリエーション、臭み消しにネギを入れるバリエーション、辣油でピリ辛に仕上げるバリエーションがあります。

 龍井蝦仁(ロン・ジン・シア・レン)・・・



麻辣燙(マー・ラー・タン)

 元々は四川料理、特に重慶料理、または楽山料理の唐辛子、花椒が入った辛いスープ。
 火鍋の元になった料理で、火鍋同様、中国全土に広まり、食べられています。
 料理名としては、「①調理法+使用食材型」になりますが、このメニューにはエピソードがあります。

 料理の起源は、重慶の大衆料理。
 伝説によると、宜賓市、巫山間の長江を行き来する船頭が考案したと言われます。
 この間の水流は急で、船を引っ張る人夫が多くいました。
 人夫は仕事の合間、川沿いの石を拾って炉を作り、火を起こして、缶に水を入れて唐辛子、花椒で辛く味付けして、現地調達した野菜を入れて煮ました。
 この料理が、他の人夫にも広まり、地元の食堂でも出されるようになりました。

 麻辣燙(マー・ラー・タン)・・・



北京烤鴨(ペイ・ジン・カオ・ヤー)

 つまり北京ダックですね。
 この料理の発祥は、実は北京でなく南京なんです。
 元々中国の南方の池や湖に生息していたアヒル、南京鴨を炙る料理、烤鴨(ガオ・ヤー)と言う料理がありました。
 烤鴨が初めて文献に登場するのは、元朝の飲膳太医、忽思慧(こつしけい)が1330年に元の文宗帝に献上した「飲膳正要」と言う有名な著作。

 1368年、朱元璋が南京を首都として明朝を興して、揚子江(長江)以北の元朝に対して北伐を行い、同年8月に現在の北京である大都を攻略します。
 大都は、北平と名前を変えられました。
 1403年から1421年にかけ、明朝3代目皇帝、永楽帝は、都を北平から北京と代え、遷都を実施しました。
 北京遷都とともに、烤鴨料理が北京に伝わりました。
 温暖な南京に比べ、北京では冬の寒さが厳しく、アヒルが生息する池や湖が凍りついてしまいます。
 そのため北京では冬の間、とうもろこしや麦などの穀類を粉にしてアヒルの口に無理やり詰め込んで飼育したので、脂肪の多い太ったアヒルが育つ事になりました。

 このアヒルの事を填鴨(テン・ヤー)と言います。
 填鴨を炙り皇帝に献上した所、美味と言う事で、北京ダックは今では、北京の名物料理として知られるようになりました。

 北京烤鴨(ペイ・ジン・カオ・ヤー)・・・





皮蛋(ピー・ダン)

 皮蛋とは、アヒルの玉子を植物の灰、塩、泥を混ぜたものの中に埋め、数か月熟成させたものです。
 バリエーションとして、鶏卵やウズラの卵で作られるものもあります。
 現在では、独自調合した液に漬け、発酵させる方式が多いです。

 発酵の過程で、アンモニアが発生し、ツンとする刺激と、独特の臭みがあります。
 通常、白身はつるんとしたゼリーのようで、黄身はねっとり旨味があります。
 臭みが少なく、黄身が半熟な溏心皮蛋(タン・シン・ピー・ダン)と言うのがありまして、保存は利きませんが、中国では美味いと人気があります。

 皮蛋の表面に、アミノ酸の影響で、松の花のような紋が出て来るものは、高級品とされ、特に松花皮蛋(ショウ・ホワ・ピー・ダン)と呼ばれます。
 松花皮蛋は同時に、溏心皮蛋である事が多く、黄身がトロリとして旨味が濃厚で、クセやアンモニア臭が少ないものが多いです。

 2011年夏にCNNが、皮蛋を世界一グロい食べ物に選定しましたが、中国で物議をかもし、謝罪すると言う事がありました。

 最近、中国の一部の地域で、有害物質の工業用硫酸銅を入れて皮蛋を作ったため、中国当局に摘発されると言う事件がありました。
 この皮蛋は、日本には輸入されていないそうです。

 江蘇省呉江市に伝わっている由来は、明代泰昌年間(1620年)に、江蘇省呉江市の小さなレストラン(茶館)で、店が繁盛して忙しかったため、茶の出し殻の燃えカスの灰の中に、偶然アヒルの玉子が入って発酵してしまったと言うものです。
 これが最も有名な、皮蛋のエピソードです。

 天津市に伝わっている由来は、清代19世紀の初め頃、天津市のある村で、ある孝行息子が、母親の存命中に棺を作り、棺の湿気防止のため、灰を入れていたところ、その中にニワトリの玉子を置き忘れました。(忘れるかい!)
 母親が死んで、棺の灰をどけたところ、鶏の玉子が発酵していましたた。(ええーっ、これ食うの?)

 この話は、一般に流布(るふ)しているようですが、皮蛋の最も古い記録は、約300年前の清代康煕年間に出版された「高郵州誌」です。
 200年くらい前には、河北省通県張卒庄の程氏が、調味液に浸す方法を考案し、京彩蛋(溏心皮蛋の一種)が作られ始めています。
 明らかに、ガセネタです。

 浙江省湖州市に伝わっている由来は、明代天啓年間(1621年~1627年)に、浙江省湖州市で大飢饉があり、人々の餓死を防ぐため、当時の知事が明朝の食糧庫を開けて、民衆に振る舞いました。
 しかし土地の名士から、食料を振る舞っているのが、賄賂を贈っていると讒言(ざんげん)され、牢獄につながれました。
 飢饉で餓死しないよう、知事の親族は、牢獄に食料を届けたが、土地の名士と内通する牢番は、知事に食べさせずに自分達で食べてしまいました。
 百姓の陳さんが、アヒルの小屋を掃除していた際、アヒルの糞と灰の中から、変色した玉子(皮蛋)を発見しました。
 この玉子を知事に届けましたが、牢番は見た事もない食べ物で、臭かったため、自分達は食べず、知事に与え、そのため知事は餓死から免れました。
 知事の賄賂を詮議した結果、そのような事実がなかったため、地位を回復しました。
 陳さんは、研究を重ねて、皮蛋の製法を確立した。この皮蛋は当初、陳蛋と呼ばれていました。

 皮蛋(ピー・ダン)・・・



賽螃蟹(サイ・パン・シエ)

 卵白に火を通し、蟹肉に見立てる料理。中国全土で食べられますが、味付けは菜系による異なります。
 賽螃蟹(サイ・パン・シエ)とは、賽=競う、螃蟹=カニ・・・カニと競う、蟹のもどき料理を意味します。
 日本語料理名としては他に、卵白の淡雪仕立てと書く店もあり、料理名は美しいですが、この料理の意味が通じません。

 清朝末の西太后が、突然蟹を食べたいと言い出したが、当時西太后が住む北京は内陸地なので、すぐに蟹料理を出す事が出来ませんでした。
 宮廷料理人が機転を利かせ、卵白を蟹肉に見立てて調理すると、西太后はこれをたいそう気に入りました。
 賽螃蟹は後に、上海に伝わって、上海料理の名物となりました。

 上海料理の名物で、海に面し、海産物が豊富な上海の名物と言うのは、シャレが利いていて粋ですね。
 最もシンプルなレシピは、卵白を塩で味付けして、蟹肉に見えるように炒めたものです。

 賽螃蟹(サイ・パン・シエ)・・・



羊肉泡糢(ヤン・ロー・パオ・モー)

 実はこの料理のエピソードは、印象に残った料理で書いています。
 詳しくは、そちらを見て下さい。

 羊肉泡糢(ヤン・ロー・パオ・モー)・・・

 今回で、料理のエピソード型は終了です。
 次回は、中国語メニューの攻略法、その他型について書きます。
 また覚えておきたい中国料理メニューまでをやります。

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2013年7月 6日 (土)

2013年 アイリッシュ・ダービー(アイルランドダービー)

6月29日、アイルランド・キルデア州のカラ競馬場で、アイリッシュ・ダービー(芝12F約2414m)がありました。
アイリッシュ・ダービーは、今年もエプソムダービージョッケクルブ賞の中3週後の日程でしたね。
キングジョージの1ヶ月くらい前なので、エプソムダービージョッケクルブ賞の勝ち馬も参加する事がある、重要レースです。
そしてここからキングジョージに挑戦したりする訳です。

1着 トレーディングレザー
2着 ボーンザシー
3着 ライトヘビー

直線だけ簡単に。
逃げていた馬、追走していた馬は、4コーナー回ると一杯になり、トレーディングレザーが中団から脚を伸ばして、スタミナと底力で先頭に立ちます。
ボーンザシーが、後ろから食い下がりますが交せず2着。
3着はインコースを突いたライトヘビー。
後方から直線に賭けたエプソムダービー馬、ルーラーオブザワールドは伸びず10馬身も離された5着。

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2013年7月 4日 (木)

2013 年帝王賞

6月26日、大井競馬場で、南関東統一GⅠレース、帝王賞(大井ダート2000m JpnI)がありました。

1着 ホッコータルマエ 2:03.0
2着 ニホンピロアワーズ 1
3着 ワンダーアキュート 1 1/2

1番人気は昨年のJCD馬ニホンピロアワーズ、2番人気は昨年の東京大賞典馬ローマンレジェンド、3番人気は今年のかしわ記念馬ホッコータルマエ、4番人気は昨年のJBC馬ワンダーアキュート、5番人気は今年の川崎記念馬ハタノヴァンクール、さらにJDDとフェブラリーSのGⅠ2勝馬テスタマッタなど、そうそうたるGⅠホースが揃いました。
つまりは、混戦と言う事なんですが(苦笑)。

逃げたのはワンダーアキュート、2番手はニホンピロアワーズ、3番手トーセンルーチェ、その後ろにはローマンレジェンドとホッコータルマエ。
先頭から差なく、虎視眈々とスキあらば先頭に躍り出る構え。
3コーナーから並走するようにワンダーアキュート、ニホンピロアワーズ、ホッコータルマエが行き、トーセンルーチェは脱落。
4コーナー回り、ワンダーアキュート、ニホンピロアワーズ、ホッコータルマエが抜けますが、3番手から脚色が良いのがホッコータルマエ。
直線ワンダーアキュートが脱落して、ニホンピロアワーズ、ホッコータルマエの一騎打ちになりますが、残り100mでホッコータルマエがねじ伏せ、1馬身差をつけてゴールイン。
2着ニホンピロアワーズ、3着ワンダーアキュート。

JRAのホッコータルマエは、佐賀記念GⅢ、名古屋大賞典GⅢ、アンタレスS GⅢ、かしわ記念、そしてこのレースと、5連勝を飾りました。

この連勝が本物なのか、秋が楽しみです。

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