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2014年12月29日 (月)

平成三強物語 - 1988年 東京大賞典(大井重賞ダート3000m) イナリワン(4)

競馬には、あいつさえいなければ・・・と言う事は良くありますが、平成の初めに、3頭の偉大なサラブレッドが、しのぎを削って、GⅠレースを取り合った時代がありました。
これは、昭和の3強、トウショウボーイ、テンポイント、グリーングラスになぞらえ、この3頭を平成3強と呼びました。

オグリキャップ・・・1988、1990 有馬記念、1989 マイルCS 1990 安田記念
イナリワン・・・1988 東京大賞典(大井)、1989 天皇賞春 1989 宝塚記念 1989 有馬記念
スーパークリーク・・・1988 菊花賞、1989 天皇賞秋、1990 天皇賞春

今回は、イナリワンの4歳最後のレース、イナリワンが大井競馬に戻って出走した、暮れの総決算、東京大賞典書きます。
最初にこのページを読む前に、これまでの平成三強物語のイナリワンの話、平成三強物語 - 1986年-1987年 イナリワン(1)平成三強物語 - 1988年 イナリワン(2)平成三強物語 - 1988年 全日本サラブレッドカップ(笠松重賞ダート2500m) イナリワン(3)を一読願います。

世の中にはJRAのレースしか眼中にない人もいるでしょうから、東京大賞典って何それ?って思う人もいるかも知れません。
現在、JRAと地方競馬の交流戦では、ほとんどJRAの馬が優勝し、地方馬が優勝する事はめったにありません。
しかしこの当時、JRAと地方競馬の交流戦、大井競馬の帝王賞ではまだ、JRAの馬が勝った事はありませんでした。

南関東4競馬場(大井、川崎、船橋、浦和)は、観客動員数、売り上げ金額と他の地方競馬の追従を許さず、優勝賞金額も年々高くなり、そのためJRAに次いで良い馬が集まりました。
名実共に、砂の王者の地区だったのです。
大井競馬の年の最後に行われるチャンピオン決定戦、東京大賞典は当時も現在も、砂の頂点を決めるレースと言っても過言でもありません。
JRAの有馬記念に対応するレースです。

笠松を始めとする中京地区では、ニシノライデン、オグリキャップ、フエートノーザン等、時々化物のような名馬は排出しましたが、平均的馬のレベルは、南関東には敵いませんでした。

余談ですが東京大賞典は、2010年にいち早く外国馬の参加を可能にして、地方競馬場のレースとしては唯一国際GⅠレースとなりました。
今年初めて、アメリカ馬が出走します。

この年はまだ現在とは違い、他地区の馬は東京大賞典に出走出来ず、どうしても出走させる場合は、南関東4競馬場のいずれかの厩舎に転厩しなければなりませんでした。
また公営競馬では、この頃まだグレード制を導入してなく、単に重賞と条件レースの区別しかありません。

1番人気は6連勝中で、東京王冠賞(大井重賞ダート2600m)とダービーGP(水沢重賞ダート2000m)重賞連勝中のアエロプラーヌ。
2番人気は前走A2条件特別レースを圧勝した重賞未勝利馬、アラナスモンタ。
3番人気イナリワン。
その他重賞勝ち馬として、キヨフジ記念(川崎重賞ダート2000m)、浦和記念(浦和重賞ダート2000m)を重賞連勝しているダイタクジーニアス。
1987年大井記念(大井重賞ダート2500m)、1988年東京記念(大井重賞ダート2400m)勝ちのダツシユホウシヨウ。
1987年星雲賞(大井重賞ダート1600m)、1988年京浜盃(大井重賞ダート1700m)勝ちのナスノダンデー。
1987年ゴールドC(浦和重賞ダート2000m)、NTV盃(船橋重賞ダート2000m)勝ちのハッピーシャトーが参加しています。

直線向いて、アエロプラーヌが先頭。
最内からアラナスモンタが突っ込んで、並ぶ間なしに交わし、先頭に立ちました。
この時鞍上の石川騎手は、勝つんじゃないか?と思ったに違いありません。
しかし中段、馬群中央からイナリワンが、物凄い脚で突っ込んで来ました。
2頭のマッチレースとなり、後続は引き離されます。

アラナスモンタは抵抗しますが、イナリワンの脚色良く、ゴール前でアラナスモンタを1/2馬身ねじ伏せ優勝。
イナリワンはこのレースで復活し、そしてこのレースに優勝した事で、JRAに転厩して、翌年のJRA挑戦が決まります。

アラナスモンタは、決して弱い馬ではなかったのですが、翌年の川崎記念でアエロプラーヌの2着、帝王賞でもフエートノーザンの2着と、大きなレースで強豪に勝ちきれませんでした。
1989年に大井記念(大井重賞ダート2500m)に初重賞制覇しました。

アラナスモンタから7馬身離された3着は、ダイタクジーニアス。
ちなみにダイタクジーニアスの鞍上は、2000年現役引退時に、現在でも破られていない日本最多7151勝した佐々木竹見。

1着 イナリワン 3:17.3
2着 アラナスモンタ 1/2
3着 ダイタクジーニアス 7

以下の映像、0:36から4コーナー手前からのレース映像が見られます。

フルのレース映像は、以下のリンクページ内にあります。

http://www.tokyocitykeiba.com/special_page/special2011yearend/daisyouten_06.php

次回は、イナリワンのJRA挑戦について書きます。

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