A102.魅惑の中国料理

2013年9月 1日 (日)

魅惑の中国料理 - 第十七回 中国語料理名攻略(15)

 最近行った中国料理店ですが、インターネットに情報も少なく、食べログに辛うじて載っていますがレビューはほとんどありませんでした。
 店に行ってみると、呼び込みがうようよしている風紀の悪い場所で、雑居ビルの地下、地下の店の前には看板もなく、営業しているのか分かりません。
 店の従業員は、ほとんど日本語が通じません。
 つまり、全く日本ではない店・・・と言う事ですね(笑)。

 メニューには、日本人向けに、一般的な中国料理メニューもありますが、最後のページに中国東北料理のメニューがあります。
 中国東北料理のメニューが分かれば、このページを中心にオーダーするのが正解です。

 この店は、そんなに特別な店でしょうか?
 観光目的で来日する中国人目当ての店じゃないかと思います。
 一時、雨後のタケノコのように、新たな中国料理店が増殖したのは、そのためです。
 この手の店は、大半はダメな店が多いのですが、まれにマニアックで美味い中国料理を出す店があります。

 マニアックで美味い中国料理店が増えれば、日本の中国料理も、次のステージに上がるのではないかと思います。

 毎回のおさらいになりますが、自分が何となく中国語料理名を見ていて、以下のような分類が出来るような気がします。
 この分類法は、醍醐オリジナルです、ご注意を。
 ①調理法+使用食材型
 ②調味料+使用食材型
 ③調味料+調理法+使用食材型
 ④使用食材+使用食材型
 ⑤使用食材+調理法+使用食材型
 ⑥料理のエピソード型
 ⑦その他型

 今回は、⑦その他型について書きます。

 その他型とは?
 料理名の由来が、良く分からないものです。
 恐らく、判明すると料理のエピソード型になるのかも知れませんが、謎の料理名が付いた料理と言う事になります。
 もしかして自分が無知で、みんな知っているよ!と言う事もあるのかも知れませんが。

 また、これまで取り上げ切れなかった、一般にはポピュラーじゃありませんが、中国料理として重要な、覚えておくと良いメニューも紹介します。

 その料理の珍しさ(日本で食べられる確率)をアイコンで表現します。

 ・・・ほとんど幻
 ・・・特注すればあるいは
 ・・・専門店でもめったにない
 ・・・専門店のメニューなら
 ・・・たまに見かける
 ・・・ポピュラー



覚えておきたい中国料理メニュー

 ここまで紙数の関係で紹介出来ませんでしたが、覚えておくと良い中国料理メニューを紹介します。



酸菜魚(スゥァン・ツァイ・ユー)

 四川料理で良く食べられる芥子菜の漬物、四川酸菜(スー・チュアン・スゥァン・ツァイ)と、良く食べられる川魚、草魚(カオ・ユー)を使った煮込み料理。
 でも日本では草魚は手に入りませんので、鯛(または代用魚のティラピア)とかスズキ(または代用魚のナイルバーチ)を使う事が多いようです。
 四川酸菜(スー・チュアン・スゥァン・ツァイ)、ニンニク、生姜、泡辣椒(パオ・ラー・ジャオ)を炒め、ダシ汁、塩で味を調え、ぶつ切りにした魚を入れて煮込みます。

 中国では1990年代に、重慶料理の火鍋がブームになって、中国全土に広がった際、酸菜魚も同時に広まり、一緒に有名になりました。
 でも日本では、まだまだマイナーなメニューですね。
 酸菜(スゥァン・ツァイ)+魚(ユー)だから、料理名は④使用食材+使用食材型ですね。

 酸菜魚の由来は、以下の5つ流布しています。

 その1

 重慶の江津県の江村渔船の漁師が、地元の農家に行って、獲れた小魚と四川酸菜を交換した際に、漁で獲れた魚を四川酸菜と一緒に、スープで煮る事を思いつき、小さなレストランを始めた。

 その2

 重慶の江津県の津福郷にあった周渝食店が、1980年代半ばに、酸菜魚を考案して、味が良いと繁盛した。
 周渝食店に修行に来る料理人が増え、その後独立して酸菜魚を広めて行った。

 その3

 重慶の壁山県來鳳鎮は、良く魚が獲れる場所として有名で、來鳳鎮の魚は「鲜鱼美」と呼ばれた。
 來鳳鎮の橋のたもとに、「鲜鱼美」と言う小さなレストランがあり、水煮魚(シュイ・ヂュウ・ユー)や酸菜魚を考案して有名になり、繁盛した。

 その4

 重慶の壁山県に、釣り名人の老人がいて、釣った魚を奥さんが誤って、四川酸菜のスープ煮に、落としてしまった。
 この料理が美味かったので、老夫婦はこの料理を良く作って食べるようになり、この料理が広まって酸菜魚となった。

 その5

 中国では漬物は、日本とは違い、料理に入れる。
 元々四川省では、初冬に収穫した芥子菜で、四川酸菜を漬け、食べ頃は翌年の夏。
 四川省では、夏に鶏、鴨、魚、肉を四川酸菜を入れたスープで食べ、酸味で爽やかな味わいで、暑気払いをしていた。

 酸菜魚(スゥァン・ツァイ・ユー)・・・



鴨舌(ヤー・シー)

 鴨の舌の料理は、中国の庶民料理として良く食べられています。
 恐らく、古くから食べられているだろうと思いますが、由来は良く分かりませんでした。

 中国各地で食べられ、また味付けも様々です。

 ここでは、横浜中華街なんかで食べられるポピュラーなレシピを。
 鴨の舌を酒、玉ネギ、セロリ、生姜、醤油、塩、砂糖、胡椒、ニンニク、卵白、片栗粉、油に漬け込み、味が染みたら油通しします。

 鴨舌(ヤー・シー)・・・



醃蜆仔(ヤン・ズィヤン・ジー)

 台湾料理でポピュラーな、シジミの醤油漬けです。福建料理にも、似たような料理があります。
 日本でも台湾料理店には、置いている率が高い料理です。
 担々麺を食べてる場合じゃないですよ!

 醃(ヤン)=塩辛い味付け、蜆仔(ズィヤン・ジー)=シジミですから、②調味料+使用食材型ですね。

 シジミを沸騰させず、60度くらいの湯で、軽くシジミの口が開くくらい茹でます。
 漬けダレは、醤油、酒、砂糖、ニンニク、唐辛子で味付けして、少し口が開いただけの、身がまだ生のシジミを入れ、30分から2時間程度漬け込みます。

 醃蜆仔(ヤン・ズィヤン・ジー)・・・



羊排蘿卜(ヤン・パイ・ルオ・ブー)

 陝西料理、山西料理、東北料理、北京料理、天津料理、河北料理、山東料理、河南料理等、中国北部でポピュラーな、羊肉と大根の煮込み料理。
 羊排(ヤン・パイ)=羊のスペアリブ、蘿卜(ルオ・ブー)=大根ですから、④使用食材+使用食材型ですね。

 蘿卜羊排(ルオ・ブー・ヤン・パイ)とも言いいます。
 羊排蘿卜湯(ヤン・パイ・ルオ・ブー・タン)とも、羊排蘿卜煲(ヤン・パイ・ルオ・ブー・バオ)とも、羊排炖蘿卜(ヤン・パイ・ダン・ルオ・ブー)とも言いますが、これらは同じ料理です。
 塩味仕立てだと、例えば羊排清炖蘿卜(ヤン・パイ・チン・ダン・ルオ・ブー)、醤油味仕立てだと羊排紅炖蘿卜(ヤン・パイ・ホン・ダン・ルオ・ブー)と言う場合もあります。

 例として塩味仕立ての場合は、羊肉スペアリブをカットして予め湯通しした後、表面を洗い、皮をむいて一口大にカットした大根、ニンジン、長ネギ、清湯(チン・タン)に入れ、塩、胡椒、唐辛子、花椒(ホワ・ジャオ)、生姜、ニンニク、酒で味付けして、煮込みます。

 羊排蘿卜(ヤン・パイ・ルオ・ブー)・・・



羊肉串(ヤン・ロー・チュアン)

 東北料理や、内モンゴル自治区の内モンゴル料理、新疆ウイグル自治区の新疆料理(シンキョウリョウリ)で、羊肉の串焼き。
 現在では、北京を始めとする、河北、中国西部では普通に食べられている料理です。
 2世紀頃の、山東省臨沂市から、羊肉を串焼きしている絵が出土していて、すでにこの頃には、食べられていた事が分かります。

 近年、中国東北地方の吉林省延辺朝鮮族自治州出身者が、日本で店をオープンさせ、さかんに出している羊肉の串焼きが、この料理です。
 こちらに住んでいた方からの情報では、食事の最後の〆に食べるのだそうです。

 焼くバリエーションと、揚げるバリエーションがあるのですが、日本で揚げるバリエーションは見た事がありません。

 羊肉を1口大にカットし、醤油、塩、粉唐辛子、粉花椒(ホワ・ジャオ)、クミン、酒で味付けして、炭焼きします。

 羊肉串(ヤン・ロー・チュアン)・・・



魚翅湯(ユー・チー・タン)

 魚翅湯(ユー・チー)=フカヒレ、湯(タン)=スープですから、①調理法+使用食材型ですね。
 順番は逆ですけど。

 いわゆるフカヒレスープです。フカヒレの姿煮とは違います。
 フカヒレの成分はコラーゲンで、それ自体に味はありません。
 コラーゲンは、肌の潤い成分となり、肌がすべすべになります。
 肌に自信のない女性の、救世主のような食材です。

 フカヒレの他、エビやカニ、またはその玉子を入れたりと、様々なバリエーションがあります。
 スープも透明な清湯あり、まれに白湯とか、アボカドみたいな野菜を潰したスープの場合もあります。

 レシピ一例として、清湯のバリエーションを。
 上湯(シャン・タン)に、蟹肉、生姜汁、酒、フカヒレを加え、煮込んで、塩、胡椒で味を調え、水溶き片栗粉でトロ味をつけます。

 魚翅湯(ユー・チー・タン)・・・



孜然羊肉(ズィー・ラン・ヤン・ロー)

 東北料理や、新疆ウイグル自治区の新疆料理(シンキョウリョウリ)で、羊肉を使ったポピュラーな料理の1つ。
 現在では、北京を始めとする、河北、中国西部では普通に食べられている料理です。

 孜然(ズィー・ラン)=クミンは、一説によると、回族、中国のイスラム教徒から伝わった料理と考えられています。
 孜然+羊肉(ヤン・ロー)だから、料理名は②調味料+使用食材型ですね。

 レシピ一例として、クミン、唐辛子、生姜を油で炒め、薄切りにして、1口大に切った羊肉、長ネギを入れて炒め、酒、塩で味付けします。

 孜然羊肉(ズィー・ラン・ヤン・ロー)・・・



醉鶏(ツェイ・ジー)

 中国料理の家庭料理の冷菜で、鶏を酒ベースのタレに漬けたもの。
 中国全土で食べられています。
 ⑥料理のエピソード型ですね。

 家庭料理だけに、種類も様々あり、レシピを調べると、天と地ほど違うのが、たくさん出て来ました(苦笑)。
 例えば、鶏肉は茹でるレシピが多いが、ごく一部に蒸すレシピもありました。
 漬け込み時間も、数時間と言うものから、一週間も!?漬け込むものまでありました。
 茹でるバリエーションで、代表的と思われるレシピは以下の通りとなります。

 鶏肉を最初強火で茹で、その後トロ火で茹で、桂皮、八角、生姜、長ネギ、塩を入れ、鶏肉に味を移し、火を通します。
 鶏肉に火が通ったら、そのまま冷まし、紹興酒を入れ、3時間以上漬け込みます。
 鶏肉の煮汁、醤油、生姜、酢、ゴマ油等をブレンドしたタレにつけて食べます。

 醉鶏(ツェイ・ジー)・・・



酔蝦(ツェイ・シア)

 エビの老酒漬け。通称酔っぱらい海老と言います。
 酔蝦にするエビは、川エビでも、海で獲れたエビでも良いが、重要な事は活きたのを使う事です。
 死んだエビを使うと、臭味が出たり、はたまた腹を壊したり、食中毒の恐れもあります。
 活きている事を示すために、通常は活きたエビを客の前に持って来ます。
 でも日本では、あまりやらないかも知れませんね。

 漬けダレは、紹興酒または老酒、店によって白酒をベースに、醤油、ザラメ、ネギ、生姜、陳皮、花椒、八角、唐辛子を入れたものを使います。
 エビを漬けダレに入れると大暴れするので、エビをフタ付き容器に入れ、酔っぱらって、おとなしくなるまで漬け込みます。
 そのまま生で食べる場合と、湯引きして食べるバリエーションがああります。

 川エビは、生食すると、肝臓ジストマにかかる可能性がありますので、自分で作る際は取り扱いに注意して、長期間漬け込みましょう。

 酔蝦(ツェイ・シア)・・・



酔蟹(ツェイシエ)

 上海蟹の老酒漬け。通称酔っぱらい蟹言います。
 酔蟹にする上海蟹は、活きたのを使います。
 死んだ蟹は、臭味もありますし、腹を壊したり、食中毒のリスクもあります。
 ベースとなるのは、老酒、紹興酒が使われるが、店によって白酒が使われる事もあります。
 上海蟹が隠れるほど並々注いだ酒に、醤油、ザラメ、ネギ、生姜、陳皮、花椒、八角、唐辛子を入れます。
 そのまま、1週間から10日漬け込んで、酔蟹となります。

 上海蟹のメスの卵は濃厚で、ウニ以上の旨味です。

 上海蟹は、川蟹で、肝臓ジストマにかかる可能性があります。
 自分で作る際は取り扱いに注意し、長期間漬け込みましょう。

 酔蟹(ツェイシエ)・・・



麻辣香鍋(マー・ラー・シャン・グオ)

 香鍋(シャン・グオ)、または干鍋(ガン・グオ)は、汁気のない鍋料理で、中国全土で食べられています。
 日本の中国料理店でも、たまに見かけます。

 中でも、麻辣香鍋(マー・ラー・シャン・グオ)は、重慶料理でポピュラー鍋料理です。

 レシピ一例は、生姜、ニンニク、八角、花椒、乾燥赤唐辛子、郫県豆板醤(ピー・シェン・トウ・バン・ジャン)、草果、山奈、桂皮、香葉を炒め、戻した干し椎茸、スライスしたタケノコ、蓮根、キクラゲ、セロリ、下茹でしたカリフラワー、豚バラ肉、イカゲソを入れて炒めます。
 ダシ汁、酒、塩、砂糖、醤油で味を調え、仕上げに香菜(シャン・ツァイ)を散らします。

 麻辣香鍋(マー・ラー・シャン・グオ)・・・



蒸肉餅(ツェン・ロウ・ビン)

 広東料理の、肉や魚のミンチに様々な風味をつけ、蒸す料理です。
 またこの料理を、土鍋入りごはんに乗せて食べたりします。
 人によっては、広東風蒸しハンバーグと呼んだりします。

 レシピ一例として、豚肉のバリエーション、鹹蛋(シェン・ダン)・・・塩玉子風味の蒸肉餅を。
 レシピは、豚肉ミンチに、塩、胡椒、刻んだ鹹蛋、片栗粉、落花生油を入れて混ぜ、丸く伸ばし、中央に丸ごとの鹹蛋(シェン・ダン)の黄身を入れ、上に糸生姜を乗せ醤油をかけて蒸します。
 仕上げに刻んだ長ネギや香菜(シャン・ツァイ)を散らします。

 蒸肉餅(ツェン・ロウ・ビン)・・・

 今回をもちまして、魅惑の中国料理を終了します。
 始めた時は、イケイケどんどんで、都内に中国料理店が増殖していました。
 しかし現在、尖閣諸島問題で日中間が冷え込み、日本に来る中国人も格段に少なくなりましたし、新しい中国人オーナーの店も、あまり見かけません。
 中国料理ブームが来る・・・との仮説を持って始めましたが、当てが外れた感です。
 でも、中国料理資料としては一石を投じられたのではないかと思います。

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2013年8月 5日 (月)

魅惑の中国料理 - 第十六回 中国語料理名攻略(14)

 自分は最近、NHKの中国語講座を見ています。
 中国語の勉強熱心だな・・・と思うでしょうか?
 いえいえ、見ている理由は、出演者の段文凝(だんぶんぎょう)が可愛いからです(笑)。

 今月から、中国語で料理を注文する・・・と言うテーマになっています。
 前回放送で、北京在住の中国人に焼き餃子、エビチリ、天津飯の写真を見せ、何と言う料理だか当てさせました。
 結果、焼き餃子は鍋貼(グオ・ティエ)と言う回答が多かったです。
 中国には焼き餃子はありませんからね。
 鍋貼は北京の屋台で食べられる、いわゆる棒餃子(紅虎餃子房で有名ですね)です。
 焼き餃子とは、少し似ていますからね。

 エビチリは、写真を見て当てた人はいなかったと思います。
 鍋爆肉とか答えていた人もいましたね。
 天津飯は、日本で誕生した料理なので、誰も当てられませんでした。当たり前ですね。

 この結果は、意外でしょうか?
 特に、焼き餃子やエビチリが定番中華じゃない事が、分かるエピソードだと思います。

 毎回のおさらいになりますが、自分が何となく中国語料理名を見ていて、以下のような分類が出来るような気がします。
 この分類法は、醍醐オリジナルです、ご注意を。
 ①調理法+使用食材型
 ②調味料+使用食材型
 ③調味料+調理法+使用食材型
 ④使用食材+使用食材型
 ⑤使用食材+調理法+使用食材型
 ⑥料理のエピソード型
 ⑦その他型

 今回は、⑦その他型について書きます。

 その他型とは?
 料理名の由来が、良く分からないものです。
 恐らく、判明すると料理のエピソード型になるのかも知れませんが、謎の料理名が付いた料理と言う事になります。
 もしかして自分が無知で、みんな知っているよ!と言う事もあるのかも知れませんが。

 また、これまで取り上げ切れなかった、一般にはポピュラーじゃありませんが、中国料理として重要な、覚えておくと良いメニューも紹介します。

 その料理の珍しさ(日本で食べられる確率)をアイコンで表現します。

 ・・・ほとんど幻
 ・・・特注すればあるいは
 ・・・専門店でもめったにない
 ・・・専門店のメニューなら
 ・・・たまに見かける
 ・・・ポピュラー



⑦その他型


壇肉(タン・ロウ)

 中国全土で食べられている豚の角煮、紅燒肉(ホン・シャオ・ロー)が、中国東北部に伝わり、変化した料理です。
 中国語では、坛肉と書きます。
 この料理名の由来は、調べましたが分かりませんでした。

 この料理を名物にするレストランは多いですが、とりわけ有名なのは、天津市で1918年創業の、李記壇肉(リー・キー・タン・ロウ)。
 李記壇肉は、1989年国家专利(特許)を取得しました。
 李記壇肉は、独特のレシピです。

 ①5センチ角くらいの、角切りの皮付き豚バラ肉の表面を、生姜、潰した腐乳、ネギと共に炒めます。
 ②豚バラ肉表面に焼き色が付いたら、甜麺醤(テン・メン・ジャン)、生姜、ニンニク、ネギ、八角、腐乳、塩、酒、ダシ汁で2時間ほど煮込みます。

 醤油を使わないのは、ビックリですが、他に調べた一般的壇肉は、醤油を使います。

 壇肉(タン・ロウ)・・・



八珍豆腐(バー・ツェン・ドウ・フー)

 中国料理の、八種の珍味を使った豆腐料理です。
 天津料理のものが有名ですが、中国各地で食べられています。
 料理名には何かエピソードがありそうですが、良く分かりませんでした。

 豆腐そのまま使う場合、表面を焼いて使う場合、片栗粉を振り揚げて使うバリエーションがあります。
 一緒に使う食材は例えば、豚肉や鶏肉、牛筋肉、魚、海老、イカ、貝類、ニンジン、キクラゲ、タケノコ、サヤエンドウ、青菜、ベビーコーン、干し椎茸、フクロ茸等。

 レシピは、地域によって異なりますが、ここでは、ポピュラーな天津料理の一例を。
 ダシ汁に、醤油、塩、砂糖、生姜で味付けします。
 適当な大きさに切った豆腐、下味をつけて油通しした鶏肉、魚、海老、イカ、湯通ししたニンジン、キクラゲ、タケノコ、干し椎茸を入れて、蓋をして煮込みます。

 八珍豆腐(バー・ツェン・ドウ・フー)・・・



覚えておきたい中国料理メニュー

 ここまで紙数の関係で紹介出来ませんでしたが、覚えておくと良い中国料理メニューを紹介します。


京都排骨(ジン・ドゥ・パイ・グー)

 中国語で京都と言うと、通常北京の事を言います。
 京都排骨は、北京料理の甘辛味付けした骨付き豚肉。
 調理名はあえて言うと①調理法+使用食材型、または⑦その他型でしょうか?

 自分は永らく、京都排骨(ジン・ドゥ・パイ・グー)は、広東料理店(または台湾料理店)で見かけるので、てっきり広東料理だと思っていました。
 日本では、はっきり広東料理だと書いてあるサイトもありますが、中国のサイトを調べると、北京料理だと書いてあります。

 骨付き豚肉に塩、胡椒、醤油、カレー粉、生姜、酒で30分下味付けします。
 片栗粉、玉子の衣を付けて、油で揚げます。
 別鍋で、ダシ汁(または水)、トマトケチャップ、醤油、砂糖でソースを作り、骨付き豚肉に絡めます。
 骨付き豚肉にカレー粉を使わないバリエーション、ソースに醤油を入れないバリエーション、またはソースに辣油でピリ辛に味付けするバリエーションもあります。

 この料理が広東省や台湾に伝わって、巡り巡って、広東料理店や台湾料理店で出されるようになったのではないでしょうか?
 似た料理に、京醤排骨(ジン・ジァン・パイ・グー)があるが、京醤排骨(ジン・ジァン・パイ・グー)ではソースにトマトケチャップを使いません(少数派だが、トマトケチャップを使うバリエーションもあり)。
 鍋爆肉は通常甘辛醤油味なのだが、瀋陽の鍋爆肉はトマトケチャップを使います。
 骨付き豚肉は使いませんが、瀋陽の鍋爆肉は味が似ているように思います?

 京都排骨(ジン・ドゥ・パイ・グー)・・・



藩茄炒蛋(ハン・チェ・チャオ・ダン)

 中国全土で食べられている、トマトと玉子の炒めです。
 麻婆豆腐は中国料理の定番ではありませんが、この料理はある意味、中国料理の定番と行っても良いくらい、中国全般に食べられています。
 藩茄(ハン・チェ)=トマト、炒(チャオ)=炒める、蛋(ダン)=玉子。
 料理名としては、⑤使用食材+調理法+使用食材型となります。

 鶏蛋炒西紅柿(ジー・ダン・チャオ・スィー・ホン・シー)とも言います。
 鶏蛋(ジー・ダン)=玉子、炒(チャオ)=炒める、西紅柿(スィー・ホン・シー)=トマト。
 これも料理名としては、⑤使用食材+調理法+使用食材型となります。

 玉子を半熟に炒め、いったん取り出し、湯剥きしてざく切りしたトマトを炒めて、全体に火が通ったら、玉子を戻して、紹興酒、塩、砂糖で味付けします。
 玉子を戻さず、トマトを入れて炒めるバリエーション、トマトケチャップを使うバリエーション、刻みネギ、生姜を加えるバリエーションもあります。

 藩茄炒蛋(ハン・チェ・チャオ・ダン)・・・



溜肥腸(リウ・フェイ・チャン)

 中国のほぼ全土で食べられる、獣肉の内蔵の料理。味付けも、地域によって千差万別です。
 豚の内臓を使うのがポピュラーなのですが、調べてみると羊肉の内臓を使っているのもありました。
 レシピも煮込み料理だったり、下茹でした内臓を炒めたり、塩味、醤油味、辛くしたもの、さらに花椒を使ったもの・・・

 レシピ一例として、下茹でして臭みを抜いた豚の腸、ニンジン、ピーマンを炒めダシ汁、塩、ニンニク、生姜等、塩で味付けする。

 溜肥腸(リウ・フェイ・チャン)・・・



溜肉段(リウ・ロー・デュアン)

 東北料理の揚げ豚肉の甘辛炒め。ぶっちゃけ、醤油味の酢豚と思って頂ければ。
 鍋爆肉(グゥオ・バオ・ロー)の元になった料理と考えられています。

 脂身の少ない豚肉を1口大の大きさに切り、酒と醤油、塩、五香粉(ウー・シャン・フェン)、生姜で下味をつけ、片栗粉、玉子の衣をつけて揚げます。
 ピーマンを油通して、 刻んだ生姜、ニンニクを炒め、酒、醤油、砂糖、酢を入れ、揚げた豚肉、ピーマンを入れて炒め、片栗粉でトロ味を付けます。

 溜肉段(リウ・ロー・デュアン)・・・



皮凍(ピー・トン)

 中国料理の煮こごり。中国全土で食べられ、前菜に出される冷盆に良く出されます。
 その他、餃子等の点心に入れたりします。

 レシピ例として、茹でた豚皮を冷まし、細切りにして湯に入れ、酒、八角、塩を入れ煮込んで、冷やし固めます。
 タレには、刻みニンニク、醤油、酢、ゴマ油を混ぜ作ります。

 皮凍(ピー・トン)・・・



水蒸蛋(シュイ・ツォン・ダン)

 中国全土で食べられている、茶碗蒸し。

 広東料理のレシピでは、豚赤身挽肉、刻んだ長ネギを塩、オイスターソースで味付けしてラードで炒め、仕上げにゴマを加えて香りを出します。
 ダシ汁と玉子をコシを切り、黄身と白身を完全に混ぜ、濾して、味付けした豚挽肉、刻んだ長ネギを加え混ぜ、蒸し上げます。
 上に醤油ベース、またはオイスターソースベースのタレをかける場合もあります。

 水蒸蛋(シュイ・ツォン・ダン)・・・



酸菜白肉(スゥァン・ツァイ・パイ・ロー)

 東北料理のポピュラーな料理の1つ。
 実際には北京を始めとする、中国北部、台湾では普通に食べられている料理です。
 清朝の中国支配の際に、清朝を支配していた女真族から、もたらされた料理と考えられています。

 酸菜(スゥァン・ツァイ)は、晩秋から冬にかけて作られる、白菜の漬物の事です。
 刻んだ酸菜と長ネギ、薄切りにした茹で豚肉をダシ汁、酒、生姜、塩、胡椒、ごま油で味付けします。
 山東料理に良くあるように、八角や桂皮を利かせたバリエーションや、唐辛子や花椒(ホワ・ジャオ)で辛味をつけたバリエーションもあります。

 鍋料理、酸菜白肉鍋(スゥァン・ツァイ・パイ・ロー・グォ)として食べられる事もあり、その際にはさらに春雨、凍豆腐、大根、魚等を入れる場合もあります。

 酸菜白肉(スゥァン・ツァイ・パイ・ロー)・・・



酸菜粉(スゥァン・ツァイ・フェン)

 東北料理のポピュラーな料理の1つ。
 実際には北京を始めとする、中国北部、台湾では普通に食べられている料理です。

 先の酸菜白肉(スゥァン・ツァイ・パイ・ロー)に春雨を加えた、炒め物のバリエーションです。

 酸菜と一緒に春雨、干し肉、赤と緑のピーマン、長ネギを炒め、醤油、砂糖、塩、酒で味付けします。
 醤油味より、塩味のバリエーションの方が、多いかも知れません。

 酸菜粉(スゥァン・ツァイ・フェン)・・・

 次回も、覚えておきたい中国料理メニューをやり、このコーナーは次回で終了予定です。

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2013年7月 7日 (日)

魅惑の中国料理 - 第十五回 中国語料理名攻略(13)

 自分は最近、めったに中国料理を食べていませんが、それほど深い意味はありません。
 あえて言うと、美味しい店は回り尽くして、後は行きにくい(予約しないと行けない)店ばかりですね。
 また新規店に行ってみると、不味くて没ネタになっちゃった事もあります。
 中国人シェフで、行くべき店は少ないです。

 日本人シェフでも勉強熱心で、菜系にこだわっている店はないではないですがね。
 一般には、街でよく見かけるメニューの店が多いのです。

 ちなみにこれを書いている昨日、久々に中国料理店に行きましたが、食べたのは麻婆豆腐と、汁なし担々麺。
 目的があって注文したものの、何だか、中国料理店を良く知らない人の注文みたい(笑)。

 毎回のおさらいになりますが、自分が何となく中国語料理名を見ていて、以下のような分類が出来るような気がします。
 この分類法は、醍醐オリジナルです、ご注意を。
 ①調理法+使用食材型
 ②調味料+使用食材型
 ③調味料+調理法+使用食材型
 ④使用食材+使用食材型
 ⑤使用食材+調理法+使用食材型
 ⑥料理のエピソード型
 ⑦その他型

 今回も、⑥料理のエピソード型ついて書きます。

 料理のエピソード型とは?
 あるエピソードから誕生して、料理名となったものです。
 つまり、料理名だけ見ても(例え中国語が分かっても)何のこっちゃ・・・と言う料理名を差します。
 料理が有名になるにつれ、エピソードから発生したものが、まるで調理法を指すかのような、呼び名となってしまったものもあります。

 その料理の珍しさ(日本で食べられる確率)をアイコンで表現します。

 ・・・ほとんど幻
 ・・・特注すればあるいは
 ・・・専門店でもめったにない
 ・・・専門店のメニューなら
 ・・・たまに見かける
 ・・・ポピュラー



龍井蝦仁(ロン・ジン・シア・レン)

 浙江料理の杭州料理名物の、海老の龍井茶炒め。
 調理名としては、「④使用食材+使用食材型」になりますけどね。
 このメニューにはエピソードがあります。

 杭州市は茶どころで、特に龍井茶は、銘茶として有名です。
 龍井茶と、杭州市近辺で獲れる川エビと合わせて調理したものです。
 自分はかなり昔、テレビ番組でこの料理を見た時、エビとお茶の葉を炒めると言う中国料理の発想の豊かさに、驚かされました。

 料理の由来は、東坡肉(トン・ポー・ロー)と同様、蘇軾が連れて来た料理人。
 北宋最大の詩人、蘇軾は、1079年、詩で政治を批判したと讒言(ざんげん)された、当時官吏の蘇軾は、投獄の後、浙江省黄州へ左遷されました。
 蘇軾が連れて来た料理人が、地元名産の緑色の龍井茶と赤と白い色の川エビを使って、色彩が美しく、繊細な味わいのこの料理を作りました。
 この話は、単なる伝説かも知れません。
 杭州の有名な老舗、天外天菜館は、龍井蝦仁の発祥の店として知られています。

 別の由来では、清朝の乾隆帝の行幸の際、乾隆帝が私服でお忍びで街のレストランに食事に出かけました。
 乾隆帝が龍井茶を飲みながら、食事を楽しんでいる際、給仕が皇帝のしるしである、龍の紋が入った装束に気が付き、レストランの店主に相談しました。
 料理人の店主は驚いて、川エビを剥いているところに、お茶の葉をこぼしてしまい、その色合いが美しかったので、調理して乾隆帝に献上しました。
 乾隆帝はこの料理を食べ、繊細な味と香り、美しい色彩から、たいそう喜び、それ以後杭州の名物料理になりました。

 また別の由来では、清朝の乾隆帝の行幸の際、清明節に、西湖の後、龍井を視察しました。
 西湖の漁師から川エビが、龍井の農家は龍井茶を献上しました。
 乾隆帝の料理人は、この2つの食材を使って、龍井蝦仁を作ったそうです。
 その後間もなく、杭州の有名な老舗、楼外楼菜館に龍井蝦仁のメニューが登場しました。

 川エビを洗って塩、紹興酒、卵白で下ごしらえし、炒めて、少量の湯で淹れた龍井茶と合わせ、塩、紹興酒で味を調えます。
 醤油や砂糖を使うバリエーション、臭み消しにネギを入れるバリエーション、辣油でピリ辛に仕上げるバリエーションがあります。

 龍井蝦仁(ロン・ジン・シア・レン)・・・



麻辣燙(マー・ラー・タン)

 元々は四川料理、特に重慶料理、または楽山料理の唐辛子、花椒が入った辛いスープ。
 火鍋の元になった料理で、火鍋同様、中国全土に広まり、食べられています。
 料理名としては、「①調理法+使用食材型」になりますが、このメニューにはエピソードがあります。

 料理の起源は、重慶の大衆料理。
 伝説によると、宜賓市、巫山間の長江を行き来する船頭が考案したと言われます。
 この間の水流は急で、船を引っ張る人夫が多くいました。
 人夫は仕事の合間、川沿いの石を拾って炉を作り、火を起こして、缶に水を入れて唐辛子、花椒で辛く味付けして、現地調達した野菜を入れて煮ました。
 この料理が、他の人夫にも広まり、地元の食堂でも出されるようになりました。

 麻辣燙(マー・ラー・タン)・・・



北京烤鴨(ペイ・ジン・カオ・ヤー)

 つまり北京ダックですね。
 この料理の発祥は、実は北京でなく南京なんです。
 元々中国の南方の池や湖に生息していたアヒル、南京鴨を炙る料理、烤鴨(ガオ・ヤー)と言う料理がありました。
 烤鴨が初めて文献に登場するのは、元朝の飲膳太医、忽思慧(こつしけい)が1330年に元の文宗帝に献上した「飲膳正要」と言う有名な著作。

 1368年、朱元璋が南京を首都として明朝を興して、揚子江(長江)以北の元朝に対して北伐を行い、同年8月に現在の北京である大都を攻略します。
 大都は、北平と名前を変えられました。
 1403年から1421年にかけ、明朝3代目皇帝、永楽帝は、都を北平から北京と代え、遷都を実施しました。
 北京遷都とともに、烤鴨料理が北京に伝わりました。
 温暖な南京に比べ、北京では冬の寒さが厳しく、アヒルが生息する池や湖が凍りついてしまいます。
 そのため北京では冬の間、とうもろこしや麦などの穀類を粉にしてアヒルの口に無理やり詰め込んで飼育したので、脂肪の多い太ったアヒルが育つ事になりました。

 このアヒルの事を填鴨(テン・ヤー)と言います。
 填鴨を炙り皇帝に献上した所、美味と言う事で、北京ダックは今では、北京の名物料理として知られるようになりました。

 北京烤鴨(ペイ・ジン・カオ・ヤー)・・・





皮蛋(ピー・ダン)

 皮蛋とは、アヒルの玉子を植物の灰、塩、泥を混ぜたものの中に埋め、数か月熟成させたものです。
 バリエーションとして、鶏卵やウズラの卵で作られるものもあります。
 現在では、独自調合した液に漬け、発酵させる方式が多いです。

 発酵の過程で、アンモニアが発生し、ツンとする刺激と、独特の臭みがあります。
 通常、白身はつるんとしたゼリーのようで、黄身はねっとり旨味があります。
 臭みが少なく、黄身が半熟な溏心皮蛋(タン・シン・ピー・ダン)と言うのがありまして、保存は利きませんが、中国では美味いと人気があります。

 皮蛋の表面に、アミノ酸の影響で、松の花のような紋が出て来るものは、高級品とされ、特に松花皮蛋(ショウ・ホワ・ピー・ダン)と呼ばれます。
 松花皮蛋は同時に、溏心皮蛋である事が多く、黄身がトロリとして旨味が濃厚で、クセやアンモニア臭が少ないものが多いです。

 2011年夏にCNNが、皮蛋を世界一グロい食べ物に選定しましたが、中国で物議をかもし、謝罪すると言う事がありました。

 最近、中国の一部の地域で、有害物質の工業用硫酸銅を入れて皮蛋を作ったため、中国当局に摘発されると言う事件がありました。
 この皮蛋は、日本には輸入されていないそうです。

 江蘇省呉江市に伝わっている由来は、明代泰昌年間(1620年)に、江蘇省呉江市の小さなレストラン(茶館)で、店が繁盛して忙しかったため、茶の出し殻の燃えカスの灰の中に、偶然アヒルの玉子が入って発酵してしまったと言うものです。
 これが最も有名な、皮蛋のエピソードです。

 天津市に伝わっている由来は、清代19世紀の初め頃、天津市のある村で、ある孝行息子が、母親の存命中に棺を作り、棺の湿気防止のため、灰を入れていたところ、その中にニワトリの玉子を置き忘れました。(忘れるかい!)
 母親が死んで、棺の灰をどけたところ、鶏の玉子が発酵していましたた。(ええーっ、これ食うの?)

 この話は、一般に流布(るふ)しているようですが、皮蛋の最も古い記録は、約300年前の清代康煕年間に出版された「高郵州誌」です。
 200年くらい前には、河北省通県張卒庄の程氏が、調味液に浸す方法を考案し、京彩蛋(溏心皮蛋の一種)が作られ始めています。
 明らかに、ガセネタです。

 浙江省湖州市に伝わっている由来は、明代天啓年間(1621年~1627年)に、浙江省湖州市で大飢饉があり、人々の餓死を防ぐため、当時の知事が明朝の食糧庫を開けて、民衆に振る舞いました。
 しかし土地の名士から、食料を振る舞っているのが、賄賂を贈っていると讒言(ざんげん)され、牢獄につながれました。
 飢饉で餓死しないよう、知事の親族は、牢獄に食料を届けたが、土地の名士と内通する牢番は、知事に食べさせずに自分達で食べてしまいました。
 百姓の陳さんが、アヒルの小屋を掃除していた際、アヒルの糞と灰の中から、変色した玉子(皮蛋)を発見しました。
 この玉子を知事に届けましたが、牢番は見た事もない食べ物で、臭かったため、自分達は食べず、知事に与え、そのため知事は餓死から免れました。
 知事の賄賂を詮議した結果、そのような事実がなかったため、地位を回復しました。
 陳さんは、研究を重ねて、皮蛋の製法を確立した。この皮蛋は当初、陳蛋と呼ばれていました。

 皮蛋(ピー・ダン)・・・



賽螃蟹(サイ・パン・シエ)

 卵白に火を通し、蟹肉に見立てる料理。中国全土で食べられますが、味付けは菜系による異なります。
 賽螃蟹(サイ・パン・シエ)とは、賽=競う、螃蟹=カニ・・・カニと競う、蟹のもどき料理を意味します。
 日本語料理名としては他に、卵白の淡雪仕立てと書く店もあり、料理名は美しいですが、この料理の意味が通じません。

 清朝末の西太后が、突然蟹を食べたいと言い出したが、当時西太后が住む北京は内陸地なので、すぐに蟹料理を出す事が出来ませんでした。
 宮廷料理人が機転を利かせ、卵白を蟹肉に見立てて調理すると、西太后はこれをたいそう気に入りました。
 賽螃蟹は後に、上海に伝わって、上海料理の名物となりました。

 上海料理の名物で、海に面し、海産物が豊富な上海の名物と言うのは、シャレが利いていて粋ですね。
 最もシンプルなレシピは、卵白を塩で味付けして、蟹肉に見えるように炒めたものです。

 賽螃蟹(サイ・パン・シエ)・・・



羊肉泡糢(ヤン・ロー・パオ・モー)

 実はこの料理のエピソードは、印象に残った料理で書いています。
 詳しくは、そちらを見て下さい。

 羊肉泡糢(ヤン・ロー・パオ・モー)・・・

 今回で、料理のエピソード型は終了です。
 次回は、中国語メニューの攻略法、その他型について書きます。
 また覚えておきたい中国料理メニューまでをやります。

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2013年5月 4日 (土)

魅惑の中国料理 - 第十四回 中国語料理名攻略(12)

 今回も前回と似たネタです。
 今回、執筆していて、とんでもない事に気付きました。
 豚挽肉と春雨炒めとして有名な、螞蟻上樹(マー・イー・シャン・シュー)と言う料理があります。
 上海料理発祥で、現在では中国全土で食べられています。
 四川料理バージョンが有名ですね。

 今回、螞蟻上樹を執筆をするのに調べたら、1万メニュー以上食べた中で、たった2度しかレポートしていない事が分かりました(笑)。
 あまりに有名すぎて頼まない・・・そんな事もあるんですね。


 毎回のおさらいになりますが、自分が何となく中国語料理名を見ていて、以下のような分類が出来るような気がします。
 この分類法は、醍醐オリジナルです、ご注意を。
 ①調理法+使用食材型
 ②調味料+使用食材型
 ③調味料+調理法+使用食材型
 ④使用食材+使用食材型
 ⑤使用食材+調理法+使用食材型
 ⑥料理のエピソード型
 ⑦その他型

 今回も、⑥料理のエピソード型ついて書きます。

 料理のエピソード型とは?
 あるエピソードから誕生して、料理名となったものです。
 つまり、料理名だけ見ても(例え中国語が分かっても)何のこっちゃ・・・と言う料理名を差します。
 料理が有名になるにつれ、エピソードから発生したものが、まるで調理法を指すかのような、呼び名となってしまったものもあります。

 その料理の珍しさ(日本で食べられる確率)をアイコンで表現します。

 ・・・ほとんど幻
 ・・・特注すればあるいは
 ・・・専門店でもめったにない
 ・・・専門店のメニューなら
 ・・・たまに見かける
 ・・・ポピュラー



水煮牛肉(シュイ・ヂュウ・ニュー・ロー)

 この料理の発祥について良く分かっていませんが、成立時期は南宋時代で、場所は自貢と考えられています。
 紀元前250年頃からの塩の名産地、自貢や自流井では、地中の塩分を含む石灰岩を縦掘りして取り出し、石灰岩から塩分を分離させていました。
 この塩は、井塩と呼ばれました。

 当時の塩は、中国王朝の重要な収入源で、自貢や自流井は、塩の売り上げで潤っていました。
 自貢の財力で、この地域に独自の料理文化が生まれました。
 四川料理の中でも特に、自貢料理、塩幇菜(盐帮菜/ヤン・パン・ツァイ)と呼ばれます。

 井塩を取り出すために、掘削に牛を使役していました。
 使役出来なくなった牛は屠殺され、労働者向けに、たっぷりの水と井塩で味付けして煮、振る舞われました。
 この事から、この料理は水煮牛肉(シュイ・ヂュウ・ニュー・ロー)と呼ばれるようになりました。

 牛肉の臭味消しのため、当初は花椒(ホワ・ジャオ)等で辛い味付けにして臭味消ししました。
 17世紀頃になり、中国料理で唐辛子が使われるようになると、より辛く味付けされるようになり、現在のスタイルとなりました。

 1981年には、水煮牛肉は、中国料理の代表的メニューである、中国菜谱に選出されました。

 水煮牛肉(シュイ・ヂュウ・ニュー・ロー)・・・



魚香肉絲(ユー・シャン・ロー・スー)

 時代不明ですが、四川省のある一家は、魚料理が好きでした。
 魚料理の調味料として、生臭さを消すために長ネギ、生姜、ニンニク、醤油、酢で味付けしました。
 一家の奥さんは、野菜料理を作る際、魚料理に使った調味料がもったいないので、同じ調味料を使ったのですが、この料理の味が気に入りませんでした。
 その後亭主が帰って来てこの料理を食べ、気に入り、奥さんに何という料理なのか尋ねました。
 奥さんはいきさつを話し、魚料理に使ったのと同じ味付けだから、魚香(ユー・シャン)と言いました。
 その後この調理法が四川省で広まりました。

 魚香肉絲(ユー・シャン・ロー・スー)・・・

 ちなみに、日本で麻婆茄子と呼ばれている料理は、魚香茄子(ユー・シャン・チェ・ヅゥ)です。
 麻婆は調理法ではありませんので、麻婆(あばた顔のおばさん)+茄子では意味が分かりません。
 中国には麻婆茄子と言う料理はありません。
 麻婆豆腐の名前には、エピソードがあります
 こちらを参照願います。

 魚香茄子(ユー・シャン・チェ・ヅゥ)・・・



螞蟻上樹(マー・イー・シャン・シュー)

 上海料理発祥の春雨と豚挽き肉の炒め。
 螞蟻上樹(マー・イー・シャン・シュー)を直訳すると、木に登る蟻です。
 螞蟻(マー・イー)=蟻、春雨を木に見立て、挽肉がまるで、木に登っている蟻のようだと言う事だそうです。

 レシピは挽肉を炒め、醤油、甜面醤(テンメンジャン)、豆板醤、みじん切りのネギ、ニンニク、生姜を炒め香りを出し、ダシ汁を加えて、春雨を入れて戻し、仕上げに香り付けのゴマをかけます。

 螞蟻上樹(マー・イー・シャン・シュー)・・・



白切鶏(バイ・チエ・ジー)

 粤菜(広東料理)の名物料理です。
 料理名の由来は、恐らく鶏の身が白く見えるからでしょう。

 鶏肉を茹で、冷水に入れ冷まし、カットして、刻んだ長ネギ、生姜、塩を熱した油に入れ作ったネギソースをかけて食べます。
 鶏肉は、茹でずに蒸すバリエーションもあります。

 広東省茘湾区清平路にある、1964年に起業した清平飯店は、白切鶏にネギ油、塩、胡椒で味付けしたネギソースをかけて評判を取り、店が大繁盛しました。
 そのためこの店で出される白切鸡は、清平鸡(クゥイン・ピン・ジー)と呼ばれます。
 1988年には、優秀な地域生産物に与えられる、金鼎奖(金鼎賞)を受賞した。1993年には、広東省の鶏料理ベスト10に挙げられました。

 広東省広州市の広州三大園林酒家の1つ、1947年創業の泮溪酒家も、この料理で金鼎奖を受賞した事がある、有名なレストランです。
 ちなみに広州三大園林酒家の後の2つは、北園酒家と烤乳猪(カオ・ルゥ・ジュウ)で有名な広州酒家。

 広東省湛江市は、白切鶏が名物で、祝いの席などに食べられる。湛江の白切鶏は、湛江白切鶏(ヂェン・ジャン・バイ・チエ・ジー)と呼ばれます。

 白切鶏(バイ・チエ・ジー)・・・


 次回も、中国語メニューの攻略法について書きます。
 まだ、料理のエピソード型のネタがあったか不明ですが、終えたらその他型、また覚えておきたい中国料理メニューまでをやります。

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2013年4月 1日 (月)

魅惑の中国料理 - 第十三回 中国語料理名攻略(11)

 今回は簡単に。
 今回、執筆していて、とんでもない事に気付きました。
 五目炒飯として有名な、揚州炒飯と言うのがあります。
 江蘇料理の中の主流、揚州料理の名物の1つです。

 五目炒飯は、広東料理では什錦炒飯と言いますけどね。

 今回、揚州炒飯の執筆をするのに調べたら、1万メニュー以上食べた中で、たった2度しかレポートしていない事が分かりました(笑)。
 あまりに有名すぎて頼まない・・・そんな事もあるんですね。
 ちょっと揚州炒飯も改めて、食べ歩いてみようかな?


 毎回のおさらいになりますが、自分が何となく中国語料理名を見ていて、以下のような分類が出来るような気がします。
 この分類法は、醍醐オリジナルです、ご注意を。
 ①調理法+使用食材型
 ②調味料+使用食材型
 ③調味料+調理法+使用食材型
 ④使用食材+使用食材型
 ⑤使用食材+調理法+使用食材型
 ⑥料理のエピソード型
 ⑦その他型

 今回も、⑥料理のエピソード型ついて書きます。

 料理のエピソード型とは?
 あるエピソードから誕生して、料理名となったものです。
 つまり、料理名だけ見ても(例え中国語が分かっても)何のこっちゃ・・・と言う料理名を差します。
 料理が有名になるにつれ、エピソードから発生したものが、まるで調理法を指すかのような、呼び名となってしまったものもあります。

 その料理の珍しさ(日本で食べられる確率)をアイコンで表現します。

 ・・・ほとんど幻
 ・・・特注すればあるいは
 ・・・専門店でもめったにない
 ・・・専門店のメニューなら
 ・・・たまに見かける
 ・・・ポピュラー



揚州炒飯(ヤン・ヂョウ・チャオ・ファン)

 炒飯自体は、①調理法+使用食材型ですが、中国で一番ポピュラーな炒飯、揚州炒飯(ヤン・ヂョウ・チャオ・ファン)にはエピソードがあります。

 その前に、中国にはいくつか美食で有名な街があります。
 有名なのは、広東省広州市。食在広州(食は広州に有り)と言われるくらいです。
 そして江蘇省揚州市も、中国有数の食都です。

 炒飯の起源は古く、6世紀末から7世紀初めの隋朝の軍師で宰相の楊素。
 楊素は、後に煬帝となる楊広の軍師として、平陳戦を戦い勝利して、楊広はその後揚州総管となっています。
 楊素が、碎金飯(スイ・ジン・ファン)と言うごはんと卵を炒めた料理、一番ベーシックな玉子炒飯が好きだったと記録にあります。
 揚州炒飯(ヤン・ヂョウ・チャオ・ファン)は、楊素が好んだ玉子炒飯にちなんで、別名揚州蛋炒飯(ヤン・ヂョウ・ダン・チャオ・ファン)とも呼ばれます。
 蛋(ダン)=玉子。

 揚州炒飯は、日本では別名、五目炒飯で知られる、様々な具が入った豪華版炒飯です。

 揚州炒飯(ヤン・ヂョウ・チャオ・ファン)・・・



蘿蔔糕(ルオ・ボー・ガオ)

 蘿蔔糕(ルオ・ボー・ガオ)は、ぶっちゃけ大根餅の事です。
 蘿蔔(ルオ・ボー)=大根、糕(ガオ)=米粉、小麦粉等で練った生地を使った食べ物。
 つまり、そのまんま大根餅(苦笑)。
 糕はある意味調理法とも考えられますので、順番は逆ですが、①調理法+使用食材型ですね。

 糕、ひいては蘿蔔糕(ルオ・ボー・ガオ)にはエピソードがあります。

 糕の歴史は古く、漢代と考えられています。
 紀元前1世紀、前漢の史游の著作、急就篇に、小麦や麦で作った甘豆羹と言う食べ物が出て来ます。
 紀元前後、前漢代の著作、周礼・天官の篇に、粢(ズー)と言う糕に近い食物の記述があります。
 1世紀、漢代の著作、楚辞・招魂の巻に書かれている、食巨敉蜜、または食巨敉が糕に近い食物です。
 漢代から南北朝にかけての著作、西京雑記にも糕に近い食物の記述があります。

 5世紀、南北朝時代の宋の著作、食次に、春節に食べる年糕(ニエン・ガオ)として、白茧糖と言う料理のレシピが書かれています。
 6世紀、南北朝時代の梁の著作、玉篇に餈糕(ツー・ガオ)と言う記述があります。
 これは米粉で作った餅のような食べ物です。

 16世紀、明代の著作、山堂肆考に、唐代の武則天が自ら花精糕を食べたり、臣下に下賜したと書かれています。
 17世紀、明末の刘侗の著作、帝京景物略に、崇禎帝時代に、北京の民衆が元日に、啖黍糕・・・年糕を食べているとの記述があります。

 春節に年越しの年糕(ニェン・ガオ)を食べるようになったのは、5世紀の南北朝時代。
 年糕が、今のスタイルになったのは、明代と言われています。
 そもそも糕とは、様々な穀物を粉にし、こねて作った食べ物の総称を指します。
 例えば馬拉糕(蒸しパン)や蛋糕(ケーキ)も、一種の糕です。

 現在、広東や台湾を初めとする中国各地で、年糕として食べられているのが、蘿蔔糕(ルオ・ボー・ガオ)です。

 蘿蔔糕(ルオ・ボー・ガオ)・・・



餛飩(フゥン・トゥン)/雲呑(ユン・トゥン)

 餛飩(フゥン・トゥン)/雲呑(ユン・トゥン)・・・ぶっちゃけワンタンの事です。
 雲呑の広東語読みが、ワン・タン。ユン・トゥンは北京語読みです。

 元々、ワンタンと餃子は、古代には区別されていませんでしたが、時代を経て別々の漢字が割り当てられ、区別されるようになりました。
 安徽料理では包袱(バウ・フー)、湖北料理では包麺(バウ・ミェン)、広西料理では清湯(チン・タン)または包麺または雲呑、福建料理では扁食(ビィアン・シー)または扁肉(ビィアン・ロウ)または肉餡(ロウ・シィアン)、四川料理では抄手(チャオ・ショウ)、新疆料理では曲曲(キュー・キュー)と言います。
 地方によって、呼び名が違うとは・・・混乱しますよね。
 日本でも、四川料理店で、抄手(チャオ・ショウ)を出す店がありますが、これをワンタンだと思うかどうか。

 餛飩/雲呑の起源について、様々な説があります。

 匈奴説

 紀元前3世紀から1世紀の前漢の頃、北方に騎馬民族国家、匈奴がいて、前漢の北辺を侵し住民はいつも被害を受けていました。
 匈奴の中でも、渾氏と屯氏の部隊は特に残虐でした。
 北辺住民は、渾氏と屯氏の部隊を恨み、挽肉を小麦粉の皮で包み、渾氏と屯氏の名前を取り、渾屯(フゥン・トゥン)と名付けて、平和が来るよう冬至の日に食べました。

 道教説

 冬至の盛大な儀式の際、道士は、道教の経を読み、元始天尊の祝賀を行います。
 元始天尊の混沌とした状況を思い、民間で餛飩が食べられるようになりました。混沌と餛飩は、同じ発音です。
 12世紀から13世紀の南宋の頃、臨安府では、祖先祭祀のため、冬至に餛飩が食べられていました。
 1906年、富察敦崇著作の「燕京歳時記(燕京岁时记)」に、鶏の玉子のように成形した餛飩を、天地が混沌とした状況に似て、冬至に食べると記されています。

 西施説

 紀元前5世紀の春秋時代末、呉越抗争で敗れた越王勾践は、名臣范蠡の献策に従い、絶世の美女達を献上して、夫差に降服しました。
 献上した美女達の中に、とりわけ美しい西施がいました。
 范蠡は、呉王夫差が、美女たちに溺れるように仕向け、夫差は諫言する名臣を退け、連日歌舞酒色に溺れました。
 夫差が、連日の脂っこい山海の珍味に飽きたのを見て、西施は厨房に入り、残り物を餡に、小麦粉の皮で包み、茹でた料理を作って夫差に食べさせました。
 これを食べて、アッサリした味に喜んだ夫差は、西施に、何と言う料理なのか尋ねました。
 西施は、残り物で作ったとも言えず、夫差の暗愚(混沌)さに、口から出まかせに、「餛飩と言います」と答えました。
 これ以後、餛飩は民間に広まり、地元の蘇州では、冬至に餛飩が食べられるようになりました。

 前漢の揚雄の著作、「方言」で、「餛飩は餅の一種で、中の餡のため、蒸す、あるいは煮るため、別名湯餅」と書かれています。

 餛飩(フゥン・トゥン)/雲呑(ユン・トゥン)・・・



餃子(ジィァオ・ズ)

 餛飩(フゥン・トゥン)/雲呑(ユン・トゥン)でも書きましたが、古代には餃子との区別は有りませんでしたが、時代を経て別な漢字が割り当てられ、区別されるようになりました。
 起源は古く、春秋時代の遺跡から出土しており、約2600年前には食べられていました。

 張仲景説

 2世紀、後漢の名医張仲景が、発祥と言う話ですが、約2600年前には食べられていた訳で、残念ながら800年くらい、時代が新しいですね。

 女媧説

 太古の、土と縄で人類を創造した女神、女媧が、餃子・・・渾囤(フン・ダン)を人に与えたと言う説があります。
 また別に、寒くて凍える人の耳たぶを女媧が温めたため、耳たぶに似せて餃子が作られるようになったと言う説もあります。

 蘇巧生説

 政務を顧みず、連日宴を催す暗愚なある皇帝に、潘素水と言う奸臣が、1日3食違った食事を100食摂ると、不老不死になると吹き込みました。
 このために、全国から優秀な料理人が集められ、その中の1人に蘇巧生がいましたた。
 99食の豪華な食事を作り、最後の1食は暗愚な皇帝に反感を持つ蘇巧生が、ありあわせの食材で餃子を作ったと言う説があります。
 しかしこの説は、調べた範囲でいつの時代か分からりませんでした。
 皇帝が出てくる事から、後漢以降だと思われますので、残念ながら、時代が新し過ぎますね。

 冬至説

 張仲景の影響で、健康のため旧暦の冬至に、貧富に関わらず水餃子を食べるようになったと言う説があります。
 先にも述べたように、張仲景は2世紀の人ですので、残念ながら時代が新し過ぎますね。

 餃子は現在、中国で広範囲に食べられていて、昔の通貨の角子(ジィァオ・ズ)に、読みも形も似ている事から、金にまつわる縁起の良い食べ物とされています。
 中国北部では、餃子は、交子(ジィァオ・ズ)とも読め、新旧の年の境目、年越しの際に食べられます。
 もし年越しの際に餃子を食べなければ、死後、鬼になると言われています。

 後漢の名医張仲景は、餃子の餡に薬を処方しました。
 三国時代には、魏の張揖の著作、廣雅に、三角形の現在の餃子と変わらない「月牙馄饨」が登場します。
 南北朝時代には馄饨と呼び、スープに入れ茹でて出されました。
 スープに入れて食べる、いわゆるスープ餃子は、現在も河南省で好んで食べられています。
 唐代には「偃月形馄饨と」と呼ばれ、調理法、食べ方は現在の水餃子と同じです。
 宋代は、当時の銀子の角子に、読みも形も似ている事から、角子と呼ばれました。
 餃子はモンゴルに伝わり、モンゴル帝国から餃子がロシアや朝鮮半島に広まり、元代には扁食(ビィアン・シー)と呼ばれました。
 明代の万暦年間の沈榜の著作、「宛署雑記」には、元旦に新年のあいさつをして、扁食を食べたと書かれています。
 天啓年間の宦官、劉若愚の著作、「酌中志」にも、元日に菓子や点心を食べたと記されています。
 明代には、中国北部で扁食(餃子)を食べる習慣が生まれたと考えられます。
 清代にやっと餃子と呼ぶようになりました。
 20世紀初め、清末、徐珂の執筆した出典不明の実話集「清稗類鈔」に、水餃(水餃子)が登場します。

 餃子の別名は扁食で、通常両者は区別されませんが、山西省や福建省では異なる料理で、扁食は大振りで具も多い餃子を意味します。
 日本で言われるギョウザの語源は不明なのですが、山東省膠東では、箍扎(グー・ザー)と言います。
 発音が、ギョウザに似ていますね。
 余談ですが、英語で餃子を意味するdumplingは、本来ラビオリを意味します。

 餃子(ジィァオ・ズ)・・・



泉水鶏(チュアン・シュイ・ジー)

 重慶市南山で誕生した、辛く味付けした鶏肉の冷菜。
 做法(ズゥオ・ファ)・・・レシピは、鶏肉をぶつ切りにし、酒、塩、生姜で下味をつけ、片栗粉でガードして油通しします。
 別鍋に油を敷き、ニンニク、生姜、唐辛子、花椒、泡辣椒(パオ・ラー・ジャオ)、郫県豆板醤(ピー・シェン・トウ・バン・ジャン)、八角、砂仁、香叶、小荳蒄(ショウズク)、草果、桂皮、丁字(ちょうじ)、香果、肉荳蒄(にくずく)を炒め、酒、ダシ汁を加え醤油、塩、砂糖で味を調え、冷まして鶏肉と合わせます。

 この料理がいつ頃誕生したか分かりませんが、伝説によると、ある料理店が泉の水を竹竿で汲み取って、鶏肉を洗浄してぶつ切りにして茹で、唐辛子、花椒、ニンニク、生姜等で味付けして、店のメニューとして出していたそうです。
 1980年代半ば頃にオープンした飲食店が、当初からこの鶏肉料理を出していました。
 1993年頃に、製法を工夫して、醤油、塩、砂糖、酒、唐辛子、花椒、ニンニク、生姜を始めとする、10種の調味料で味付けするようにしました。
 泉の水で鶏肉を清めるので、この料理を泉水鶏と名付けました。
 2001年にこの料理は、中国名菜に指定されました。
 2003年には、全国緑色飲食菜品に指定されました。

 泉水鶏(チュアン・シュイ・ジー)・・・


 次回も、中国語メニューの攻略法について書きます。
 次回も引き続き、料理のエピソード型、もしかするとその他型までをやります。

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2013年3月 3日 (日)

魅惑の中国料理 - 第十二回 中国語料理名攻略(10)

 自分が毎回珍しいメニューを紹介していますが、単に日本では珍しいだけなんですね。
 これらは中国のその料理が盛んな地域へ行けば、珍しくもなんともないのです。

 5つUFOを付けた、道口焼鶏(ダオ・コウ・シャオ・ジー)も、河南省安陽市に行けば、ポピュラーな料理です。
 4つUFOの粉蒸肉(フェン・チェン・ロー)も、中国の広い範囲で食べられているポピュラーな料理ですが、日本では1度しか食べた事がありません。
 4つUFOの糊辣湯(フー・ラー・タン)も、日本では1度しか食べた事がありませんね。
 そもそも河南省ルーツの料理が、日本では全く知られていませんからね。
 4つUFOの八宝飯(バー・バオ・ファン)は、中国南部で春節(旧正月)に食べられる、甘く味付けしたごはん料理です。
 普段は、見かける事はありませんが、春節に横浜中華街に行けば、食べられる店があるかも知れません。
 4つUFOの烤乳猪(カオ・ルー・ジュー)は、広東料理では北京ダックより有名なのですが、日本では知られていなく、積極的に食べる人もなく、店では出されませんね。
 この料理は真面目に作ろうとすると、北京ダックと同様、専用の炭火の窯を用意しなければなりません。

 でも、客側の知識が増し、こんな本格的料理を求めるようになれば、日本でもきっと食べられるようになると思います。
 大切な事は、知らない料理は食べないのではなく、どうしてこの店にこんな料理があるのか観察し、好奇心を持って調べて、イケそうなら食べてみると良いですね。
 知らなかった食の世界が広がりますし、そんな人が増えれば、店側の料理も充実します。

 毎回のおさらいになりますが、自分が何となく中国語料理名を見ていて、以下のような分類が出来るような気がします。
 この分類法は、醍醐オリジナルです、ご注意を。
 ①調理法+使用食材型
 ②調味料+使用食材型
 ③調味料+調理法+使用食材型
 ④使用食材+使用食材型
 ⑤使用食材+調理法+使用食材型
 ⑥料理のエピソード型
 ⑦その他型

 今回も、⑥料理のエピソード型ついて書きます。

 料理のエピソード型とは?
 あるエピソードから誕生して、料理名となったものです。
 つまり、料理名だけ見ても(例え中国語が分かっても)何のこっちゃ・・・と言う料理名を差します。
 料理が有名になるにつれ、エピソードから発生したものが、まるで調理法を指すかのような、呼び名となってしまったものもあります。

 その料理の珍しさ(日本で食べられる確率)をアイコンで表現します。

 ・・・ほとんど幻
 ・・・特注すればあるいは
 ・・・専門店でもめったにない
 ・・・専門店のメニューなら
 ・・・たまに見かける
 ・・・ポピュラー



上海粗炒麺(シャン・ハイ・クー・チャオ・ミェン)

 この料理は、いわゆる上海焼きそばと呼ばれている料理です。

 名前は上海ですが、この料理、実は上海にはありません。
 広東料理・・・とりわけ香港料理のポピュラーな焼きそばです。
 日本で、上海料理店でウリにしているケースもありますが、広島風お好み焼きを大阪の味と宣伝しているようなものですね(苦笑)。

 細切りの豚肉、櫛切りの玉ネギ、季節の青菜を炒め、蒸すか、または茹でて湯切りした太麺を入れ炒め、濃口醤油、砂糖、酒で、甘辛く味付けした焼きそばです。

 1950年代に、上海から香港に、多くの人が移住しました。
 それに伴い、香港で、本格的上海料理店もオープンしました。
 上海のポピュラーな焼きそばは、極太の拉麺(ラー・ミェン)を揚げて作るが、香港では揚げ麺の焼きそばは好まれませんでした。
 そこで、極太の拉麺を揚げずに、上海料理風に、濃口醤油、砂糖、酒で、甘辛く味付けしたところ、人気となりました。
 この料理が世界中に広がり、今では有名な上海料理と勘違いされています。

 上海粗炒麺(シャン・ハイ・クー・チャオ・ミェン)・・・



塩擦鶏(ヤン・カー・ジー)

 別名、上海咸鶏(シャン・ハイ・ズィヤン・ジー)とも言う、上海料理のポピュラーな塩漬け鶏肉の冷菜です。
 
 鶏肉に塩、花椒(ホワ・ジャオ)をして半日漬け込みます。
 鶏のスープ、酒、長ネギ、生姜で6時間煮込み、仕上げに塩を擦り込んで表面に脂を塗ります。
 胸肉やモモ肉など、鶏肉の一部を調理する場合もありますが、大人数の場合には、鶏一羽丸ごと調理する場合もああります。

 清朝末、上海の松江地区の養鶏業者が、当時流行していたニワトリの伝染病対策のため、飼っていたニワトリを伝染病にかかる前に順に殺したそうです。
 殺した鶏肉を日持ちさせるため、前晩に塩をすり込んでおいて、売り歩きました。
 最初、この鶏肉は売れませんでしたが、さらに茹でた後塩を擦り込んで、翌日午後に売ってみると、鶏肉は肉が熟成し、美味いと評判を呼びました。
 さらに、塩をして熟成した鶏肉を、鶏のスープに酒を入れて煮込み、仕上げに塩を擦り込んで味を調え、脂を塗り、表面をピカピカに仕上げました。
 味も見た目も良くなり、さらに売れるようになりました。
 この料理を塩を擦(す)り込んだ鶏肉・・・塩擦鶏と名付けた。これが塩擦鶏、上海咸鶏の始まりだそうです。

 塩擦鶏(ヤン・カー・ジー)・・・



樟茶鴨(ズィヤン・チャー・ヤー)

 別名四川ダックとしても知られる、四川料理・・・とりわけ成都料理の名物鴨料理。
 茶で味付けして、クスノキ(樟とも書く)でアヒルを燻(いぶ)すので、樟茶鴨の名前が付いています。

 四川省では、古くから、水田や川原に家禽を放し飼いにし、祝い事や宴会の時に食べる習慣がありました。
 この料理は、成都出身の清朝の名コック、黄静临(ファン・チン・リン/黄静宁とも書く)が考案しました。
 黄静临は他にも、冬瓜燕(ドン・グア・イェン)や、烧牛头(ジャオ・ニウ・トウ)等の、現在の四川料理の名菜を考案しています。

 黄静临は、西太后にオリジナル料理を出すため、単にありふれたアヒルの燻製でなく、西太后が飲茶の際の、福建省の茶を使い燻製して、アヒルに燻した茶の香りを付ける事を思いつきました。
 この料理は、西太后に大変気に入られたそうです。
 辛亥革命後、清朝皇帝宣統帝が退位し、中華民国が成立したため、失業した黄静临が故郷成都に帰り、料理店を開きました。
 その店は、樟茶鴨を名物にしたところ、大評判となり、成都から四川中に広まりました。

 1954年4月、ジュネーヴ協定調印のため、周恩来に随行した有名な四川料理の厨師(コック)、范俊康(ファン・ジュン・カン)が、スイスのジュネーヴでこの樟茶鴨を作りました。
 これを食べた生前のチャールズ・チャップリンが、この料理を食べて、「世界のどこにもない味だ!」と絶賛したとか、しないとか。

 塩、胡椒、花椒、ニンニク、生姜をすり込んだアヒル肉を半日ほど置き、その後、茶、長ネギ入り塩水に1日漬け、半日陰干しして、クスノキのチップで温勲し、その後油で揚げます。
 成都市では、100年近く続く樟茶鴨の専門店があり、アヒルを漬け込む汁は、100年間継ぎ足して使われ、自慢の深みのある味わいなのだそうです。

 樟茶鴨(ズィヤン・チャー・ヤー)・・・



福建炒飯(フー・ジァン・チャオ・ファン)

 これまた、上海焼きそばと同じく、福建料理ではなく、香港料理の名物炒飯です。
 福建料理では餡かけ料理が多い事から、餡かけ炒飯を福建炒飯と呼ぶようになったようです。
 いつ頃の発祥なのか、調べても分かりませんでした。

 エビ、イカ、鶏肉、戻した干し椎茸、トマトを5ミリ四方くらいにカットし、炒めて、ダシ汁、醤油、オイスターソース、塩で味付けして、水溶き片栗粉でトロ味をつけ、海鮮餡を作ります。
 玉子を加え、ごはんを加え、長ネギを加え炒め、塩で味を調えた炒飯に、海鮮餡をかけたものです。

 福建炒飯(フー・ジァン・チャオ・ファン)・・・



宮保鶏丁(ゴン・バオ・ジー・ディン)

 鶏肉とカシューナッツの炒めとして知られる、ポピュラーな料理です。
 日本では、四川料理がポピュラーなので、四川料理として知られますが、料理の発祥は山東省(山東料理)と言う説もあります。

 山東の民政、軍政長官だった丁宝禎という洋務派官僚が、宴席を開く際、鶏肉とカシューナッツをピリ辛味で炒めた料理で、人々をもてなしていました。
 清朝末、丁宝禎の太子太保の官職名から、この料理を宮保鶏丁(ゴン・バオ・ジー・ディン)呼ぶようになり、山東の名物料理となりました。

 他の説としては、清朝末、現在の四川の宮宝丁に住んでいた、丁宝禎の専属料理人が作り出した料理と言うのがあります。
 カシューナッツと同じくらいの大きさで、角切りにした鶏肉を、カシューナッツと一緒に味付けして炒めた料理。
 この料理は、宮宝鶏丁(ゴン・バオ・ジー・ディン)と呼ばれました。

 これが日本で有名な逸話ですが、宮保鶏丁(ゴン・バオ・ジー・ディン)は山東の名物料理で、丁宝禎は山東で出世して行き、その後に四川総督になっています。
 この事から、私見では、丁宝禎が山東で発明された料理を四川でも振る舞ったため、四川でも名物料理になったのではないかと思います。
 宮宝鶏丁(ゴン・バオ・ジー・ディン)と言う料理名は、ポピュラーでないし、それが宮保鶏丁(ゴン・バオ・ジー・ディン)と名称の変化をしたのかも不明ですね。
 まあ、中国語の発音は一緒なのですが。

 他には、北京発祥説もあります。ちなみに丁宝禎は、山東以前には北京の下級官僚でした。

 この後、宮保鶏丁(ゴン・バオ・ジー・ディン)と同じ調味料で炒めた料理に、宮保(ゴン・バオ)と言う料理名が付くようになりました。
 例えば、宮保田鶏(ディエン・ジー)とか、宮保鱔魚(シアン・ユイ)等。

 宮保鶏丁(ゴン・バオ・ジー・ディン)・・・


 次回も、中国語メニューの攻略法について書きます。
 次回は、エピソード型、その他型、また今までで漏れている、押さええておきたいメニューをやります。

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2013年2月 2日 (土)

魅惑の中国料理 - 第十一回 中国語料理名攻略(9)

 最近自分は、中国語料理名の読みが分かるなら、かつ従業員が中国人の場合、中国語で料理をオーダーします。
 発音がダメで通じない場合もありますが、通じると気持ちの良いモノですよ。

 中国の方も、中国語でオーダーされるのが嬉しいらしく、発音が間違っていると、訂正してくれたりします。
 顔見知りになると、時には日本語でオーダーしたのに、わざわざ中国語読みを教えてくれることも・・・(笑)。

 毎回のおさらいになりますが、自分が何となく中国語料理名を見ていて、以下のような分類が出来るような気がします。
 この分類法は、醍醐オリジナルです、ご注意を。
 ①調理法+使用食材型
 ②調味料+使用食材型
 ③調味料+調理法+使用食材型
 ④使用食材+使用食材型
 ⑤使用食材+調理法+使用食材型
 ⑥料理のエピソード型
 ⑦その他型

 今回も、⑥料理のエピソード型ついて書きます。

 料理のエピソード型とは?
 あるエピソードから誕生して、料理名となったものです。
 つまり、料理名だけ見ても(例え中国語が分かっても)何のこっちゃ・・・と言う料理名を差します。
 料理が有名になるにつれ、エピソードから発生したものが、まるで調理法を指すかのような、呼び名となってしまったものもあります。

 なお今月から、その料理の珍しさ(日本で食べられる確率)をアイコンで表現します。

 ・・・ほとんど幻
 ・・・特注すればあるいは
 ・・・専門店でもめったにない
 ・・・専門店のメニューなら
 ・・・たまに見かける
 ・・・ポピュラー



口水鶏(コウ・シュイ・ジー)

 四川料理の辛く味付けした鶏肉の名物前菜。
 日本でも、「よだれ鶏」の料理名で、色々な店のメニューにあるので、御存知の方も多いのでは?

 鶏肉をネギ、生姜、酒を入れたたっぷりの湯で茹でて、冷水に入れ冷まします。
 醤油、塩、砂糖、酢、辣油、花椒のタレで味付けします。

 四川省出身の、20世紀中ばの共産党員の文筆家、郭沫若が、自著の「賟波曲」で、「故郷の四川省で少年時代に食べた、辣油や花椒(ホワ・ジャオ)で味付けした茹で鶏を思い出すと、よだれ(中国語で口水)が出る」と書きました。
 以後この料理を、よだれ鶏を意味する、口水鶏と呼ばれるようになりました。

 口水鶏(コウ・シュイ・ジー)・・・



毛血旺(マオ・シュエ・ワン)

 四川料理、特に重慶でポピュラーな辛い大衆料理。
 現地重慶では、レストランにもありますが、露天の屋台なんかでも売っているようです。
 日本でも、四川料理店の中には、メニューにあるところがあります。

 ダシ汁、塩、砂糖、酢で味付けしたスープに、血豆腐、ハチノス(牛の第2胃袋)、田鰻、亀肉・・・黄喉(ファン・ホウ)、豆皮(油揚げのような食材)、午餐肉(スパム)、長ネギ、もやし、キクラゲ、キクラゲ、金針菜等を入れて煮込みます。
 熱した油に、唐辛子と花椒、ニンニク、生姜を入れて香りを移し、スープにかけます。

 日本で流布している俗説に、毛(マオ)さんが作った料理と言うのがありましたが、中国サイトを調べてもそんな説は出て来ませんでした。

 中華民国が成立した1912年、家畜の屠殺業者の王さんは、屠殺した家畜の内臓を売って、生計の足しにしていました。
 しゅうとめの王張(ワン・チャン)は、豚骨でダシを取り、エンドウ、豚の肺、大腸、豚の血の血豆腐等を入れ、生姜、陳皮、花椒、酒で味付けしたスープを売り出しました。
 毛(マオ)には重慶の方言で、粗雑と言う意味があり、街場の雑踏で売られる、大雑把に作った血豆腐入りの料理と言う事で、毛血旺と呼ばれるようになりました。

 もう1つ異説があります。
 重慶の城西、沙坪堰に、磁器口と言う古い街がありました。
 1970年代に、豚骨でダシを取り、エンドウ、豚の肺、大腸等の内臓、生姜、陳皮、花椒、酒で味付けしたスープを売る店がありました。
 そこで働いていた姉が、誤って豚の血の血豆腐をスープに落としたところ、美味かったため、以後血豆腐を入れるようになり、この料理は毛血旺と呼ばれるようになりました。

 毛血旺(マオ・シュエ・ワン)・・・



醸豆腐(ニャン・ドウ・フ)

 広東料理の東江料理とりわけ恵州料理の、名物豆腐料理。
 豚挽肉、戻してみじん切りした干し椎茸、長ネギに、塩、胡椒、醤油、片栗粉で餡を作る。
 豆腐をくり抜いて餡を詰め、蒸し上げます。
 表面を油で揚げるのも、ポピュラーです。

 広東省恵州市は、客家が多い場所でもあり、主に客家が食べる料理、客家菜(客家料理)にも分類されます。
 客家とは、中国の黄河流域から、戦火で逃げて来た王侯貴族の末裔で、住んでいる土地とは異なる独自の文化を持つ人々の事です。

 恵州料理の、3大料理の1つで、ちなみにほかの2つは梅菜扣肉(メイ・ツァイ・コウ・ロー)、塩焗鶏(ヤン・グク・ジー)。

 広東省梅州市五華、または広東省轄市興寧に住む仲の良い兄弟が、レストランで、1人が豚肉料理、もう1人が豆腐料理を注文しました。
 料理人はそこで、2人が注文したものを満たし、仲良く食べられるようにと、豆腐をくり抜いて、豚肉の詰め物をしたのが、この醸豆腐の始まりだそうです。

 客家には別の由来が伝わっています。
 餃子を食べようとしても、恵州では小麦が容易に手に入らなかったため、豆腐をくり抜いて、餡を入れて作ったのだそうです。

 醸豆腐(ニャン・ドウ・フ)・・・



三杯鶏(サン・ベイ・ジー)

 鶏肉の醤油煮込み。江西料理の客家料理の名物ですが、後に江蘇料理でも食べられるようになりました。
 江蘇省の人なら、オラが故郷の料理と言うかもしれませんね(笑)。

 むかしむかし現在の江西省贛州市寧都県に、物乞いが住んでいました。
 親が重い病で、孝行息子は鶏を調達して来て、米酒、醤油、ラードを入れて、長時間煮込んで調理しました。
 隣の家に、朝廷の料理人が住んでいて、料理の良い香りに連れられて、物乞いの家にやって来ました。
 煮ていた鶏肉をひとつまみ食べると、物凄く美味かったのです。
 料理人は、この料理に取り組み、同量の米酒、醤油、ラードで味付けしたので、この料理を三杯鶏と名付けました。

 別の由来としては、13世紀の南宋末の「亡宋の三傑」の1人、文天祥。
 南宋に攻めて来た元への抵抗むなしく、捕えられた文天祥は、元皇帝、フビライがいる、北京に連れて来られ、獄舎につながれました。
 何度も、フビライから降伏するよう説得された文天祥だが、この時詠んだ「正気の歌」は有名です。
 いよいよ文天祥が処刑される事になり、文天祥を慕う老婆が、鶏料理を作って持って来ました。
 その際の獄舎が、辞めて故郷に帰り、老婆の鶏料理を再現して、毎年文天祥の命日にこの料理を作りました。
 この料理は、同量の米酒、醤油、ラードを使い、ネギ、生姜、唐辛子で味付けしたので、三杯鶏と呼ばれるようになりました。

 中国語の原文にはこう書かれていますが、唐辛子は17世紀に中国に入って来たので、唐辛子を入れるレシピは後年のはずです。

 三杯鶏(サン・ベイ・ジー)・・・


 次回も、中国語メニューの攻略法について書きます。
 次回も引き続き、料理のエピソード型をやります。

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2013年1月 2日 (水)

魅惑の中国料理 - 第十回 中国語料理名攻略(8)

 以前も書いたことがありますが、自分は厨房に1、2名・・・せいぜいでも3名くらいしかいない時に、料理人の出身地を聞きますね。
 そして、料理人の出身地を料理をオーダーすると、アタリの料理を引く事が多いです。

 先日逆のパターンがありました。
 接客をしていた中国人青年は、日本語コミュニケーションがかなり怪しく、事前には料理人の出身地は聞けませんでした。
 メニューから、料理人は中国東北地方の出身と判断しました。

 ところが、中国東北地方の料理にあり得べからざる、濃い口醤油の甘辛い味付けでした。
 もちろん美味くなかった。

 会計の時に、日本語が達者な人に聞いたら、料理人は上海の出身だったのです。
 上海料理では、濃い口醤油を良く使い、甘目な味付けが多いのです。
 知っていたら、上海料理を頼んだのに・・・

 毎回のおさらいになりますが、自分が何となく中国語料理名を見ていて、以下のような分類が出来るような気がします。
 この分類法は、醍醐オリジナルです、ご注意を。
 ①調理法+使用食材型
 ②調味料+使用食材型
 ③調味料+調理法+使用食材型
 ④使用食材+使用食材型
 ⑤使用食材+調理法+使用食材型
 ⑥料理のエピソード型
 ⑦その他型

 今回も、⑥料理のエピソード型ついて書きます。

 料理のエピソード型とは?
 あるエピソードから誕生して、料理名となったものです。
 つまり、料理名だけ見ても(例え中国語が分かっても)何のこっちゃ・・・と言う料理名を差します。
 料理が有名になるにつれ、エピソードから発生したものが、まるで調理法を指すかのような、呼び名となってしまったものもあります。

 なお今月(2013/02)から、その料理の珍しさ(日本で食べられる確率)をアイコンで表現します。

 ・・・ほとんど幻
 ・・・特注すればあるいは
 ・・・専門店でもめったにない
 ・・・専門店のメニューなら
 ・・・たまに見かける
 ・・・ポピュラー



道口焼鶏(ダオ・コウ・シャオ・ジー)

 焼鶏(シャオ・ジー)・・・鶏肉の醤油煮込み・・・または醤油ダレに漬け込んで焼いた料理は、中国各地にあります。
 道口焼鶏の道口は、地名です。
 って事で、特別変わった名前ではありませんが、この料理にはエピソードがあります。

 発祥の地は、河南省安陽市滑県道口鎮。
 順治18年(1661年)、鶏料理名人と名高い、張炳(ツャン・ビン)。
 清朝の嘉慶年間(1796年~1820年)の、嘉慶帝の行幸の際に、道口焼鶏の製造の香りを美味そうだと気に留め、そこで道口焼鶏を嘉慶帝に献上しました。
 その後の時の清朝にも献上され、1981年には、中国の全国名特優産品に指定さました。

 道口焼鶏(ダオ・コウ・シャオ・ジー)・・・



地三鮮(ディー・サン・シエン)

 東北料理の名物家庭料理。
 中国東北地方名産のジャガイモ、ナス、ピーマンんぼ3つを地三鮮(ディー・サン・シエン)と称し、甘辛醤油味で炒めたもの。
 
 実はエピソード型と言いつつ、この料理の由来とか、調べても良く分かりませんでした。
 しかし中国東北地方では、ポピュラーな料理で、2006年にこの料理の歌が作られ、発売されました。

 地三鮮(ディー・サン・シァン)・・・



蝦餃(シア・ジィァオ)

 日本でもポピュラーな海老蒸し餃子。
 中国語料理名は、蝦餃(シア・ジィァオ)・・・そのまんまではありますが、この料理の誕生にはエピソードがあります。

 20世紀初めの広州市郊外、伍村の川沿いの小さな酒楼(旅館のレストラン)。
 客を呼ぶため、船で売りに来る新鮮なエビを購入して、豚挽肉の餡を作り、浮粉を使ったつややかで透明な薄い皮に包んで、蒸し上げて出しました。
 見た目に美しい蝦餃のおかげで、酒楼は繁盛しました。

 蝦餃(シア・ジィァオ)・・・



粉蒸肉(フェン・チェン・ロー)

 豚バラ肉に下味を付け、上新粉(米粉)やもち米粉を付着させ、蒸した料理です。

 明朝最後の皇帝、崇禎帝(スウテイテイ)の南巡(北京南方地域への行幸)の際、鄭韓(現在の新鄭市)に寄りました。
 まだ宿泊地から遠い場所で、皇帝が空腹を覚えたため、身分を隠し、付近の農家、丁家の旅籠に宿泊しました。
 丁氏がこの時に、崇禎帝一行に出したのが、粉蒸肉だったそうです。

 崇禎帝も后妃も、この料理が甘辛く、コクがあるのに脂っぽくないので、たいそう気に入りましたた。
 丁氏は、崇禎帝の料理人となりました。

 粉蒸肉(フェン・チェン・ロー)・・・



糊辣湯(フー・ラー・タン)

 河南省がルーツのスープ料理。
 肉やキクラゲ、タロイモ、金針菜、春雨等を茴香(ういきょう)、塩、胡椒、酢で味付けして煮たもの。
 そのまま飲んだり、小麦粉を練って焼いたパンを浸して食べる。

 伝説によると、周代とも三国時代の曹操と言うのがありますが、中国に胡椒が伝わったのは、400年以上後の唐代。
 それは、単なるお話と思われます。

 伝説によると明代の嘉靖年間(1522年~1566年)に、閣僚を補佐する厳(ヤン)閣老が道士から製法を伝授され、料理を朝廷に献上したのだそう。
 明朝の滅亡の際(最後の皇帝は崇禎帝です)、宮廷料理人の趙杞が、河南の逍遥镇(シァォ・イャォ・ヂェン)に逃げて、糊(フー)氏に世話になりました。
 趙杞がお礼に、糊氏に御湯の製法を伝え、それが河南省周口市の名物、逍遥镇糊辣湯(シァォ・イャォ・ヂェン・フー・ラー・タン)となりました。

 糊辣湯(フー・ラー・タン)・・・


 次回も、中国語メニューの攻略法について書きます。
 次回も引き続き、料理のエピソード型をやります。

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2012年12月 3日 (月)

魅惑の中国料理 - 第九回 中国語料理名攻略(7)

 今後、中国料理のブームが来るのではないか?と言う仮定のもとに、連載して来ました。
 しかし、尖閣諸島問題で、しばらく日中間はギクシャクしそうですね。
 少しブームが遠のいた気がします。

 中国料理の好きな人は、それでも店に食べに行くでしょう
 相変わらず街には、中国料理店が増殖し、客が入らない店はどんどん潰れています。
 更に相変わらず、潰れている店の中には、良い店もあるんですけどね。

 それでも意識の高い中国料理店には、未だ興味深いメニューが並び、注文されるのを待っています。
 もしかするとブームは、少し先になるかも知れませんが、機が熟し、その時は遠くないと思います。

 毎回のおさらいになりますが、自分が何となく中国語料理名を見ていて、以下のような分類が出来るような気がします。
 この分類法は、醍醐オリジナルです、ご注意を。
 ①調理法+使用食材型
 ②調味料+使用食材型
 ③調味料+調理法+使用食材型
 ④使用食材+使用食材型
 ⑤使用食材+調理法+使用食材型
 ⑥料理のエピソード型
 ⑦その他型

 今回も、⑥料理のエピソード型ついて書きます。

 料理のエピソード型とは?
 あるエピソードから誕生して、料理名となったものです。
 つまり、料理名だけ見ても(例え中国語が分かっても)何のこっちゃ・・・と言う料理名を差します。
 料理が有名になるにつれ、エピソードから発生したものが、まるで調理法を指すかのような、呼び名となってしまったものもあります。

 なお今月(2013/02)から、その料理の珍しさ(日本で食べられる確率)をアイコンで表現します。

 ・・・ほとんど幻
 ・・・特注すればあるいは
 ・・・専門店でもめったにない
 ・・・専門店のメニューなら
 ・・・たまに見かける
 ・・・ポピュラー



八宝飯(バー・バオ・ファン)

 春節(旧正月)に食べられる、もち米に甘く味付けしフルーツやスイーツで飾った、めでたいスイーツです。
 中国のおはぎのようなものですね。

 八宝飯に使われる、ポピュラーな食材は、ハスの実、金柑、龍眼、蜜桜桃、蜜冬瓜の甘く味付けしたドライフルーツ、甘く味付けしたハトムギ、ヒマワリやカボチャの種など。
 使う食材には意味があり、ハスの実=調和、金柑=縁起の良さ、龍眼=円満、ハトムギ=成功・長寿・高雅・純潔等。

 起源は古く、伝説では何と!?紀元前1123年、殷(商)末。
 酒池肉林の語源ともなった、贅沢と、暴虐を尽くした殷の紂王は、牧野の戦いで、周の武王に大敗しました。
 もはや暴虐な紂王の味方はなく、首都朝歌に逃げ帰り、焼身自殺しては滅び、の天下となりました。
 ちなみにこの時、周の武王の軍師だったのが、かの有名な呂尚、通称太公望

 の天下獲りに功績があった、伯達、伯適、仲突、仲忽、叔夜、叔夏、季随、季騙の8士を祝すため、作ったのが八宝飯です。
 この際、紂王の焼身自殺の寓意として、八宝飯には山査子(さんざし)が使われます。

 八宝飯(バー・バオ・ファン)・・・



東坡肉(ドン・ポー・ロウ)

 杭州料理名物の、豚の角煮。
 日本で食べられる、中国料理の豚の角煮では、最もポピュラーなものです。
 
 東坡(トン・ポー)とは、中国北宋最大の詩人、蘇軾が由来。
 1079年、詩で政治を批判したと讒言(ざんげん)された、当時官吏の蘇軾は、投獄の後、浙江省黄州へ左遷されました。
 その際、蘇軾は自分の事を東坡居士と呼びました。

 蘇軾は、杭州の西湖の治水工事を行い、周辺の田んぼの水量が安定するようになり、付近の農民に大変感謝されて、お礼に大量の豚肉と酒を持って来ました。
 その際、蘇軾が家の使用人に、豚バラ肉を甘辛醤油ダレに付け、壺に入れて、小麦粉を練って壺に蓋して蒸し煮して作らせたのが、この東坡肉(トンポーロー)

 東坡肉(ドン・ポー・ロウ)・・・



夫妻肺片(フー・クゥイ・フェイ・ピァン)

 成都料理の有名な四川料理の前菜。
 胃袋、腸、タン、心臓、頭肉等を陳皮、花椒、八角、生姜、ニンニク等をダシ汁で煮込んで冷まし、醤油、辣油、粉花椒、にがり(卤水)で味を整えたもの。
 牛肉が良く使われますが、豚肉が使われる場合もあります。
 内臓ばかりじゃなく、肉も使われる事もあります。

 清朝末期(1930年代と言う説もあり)、成都に郭朝華と張田正と言う、回族(イスラム教徒)が、生活のため、牛の肺を辛く調理した涼伴牛肺(リャン・バン・ニュウ・フェイ)を屋台で売っていました。
 その料理が大ヒットし、もっと美味い部位、牛の各種臓物を使って料理するようになりました。
 郭朝華と張田正は、仲むつまじい夫婦だったため、涼伴牛肺(リャン・バン・ニュウ・フェイ)は、夫妻肺片(フー・クゥイ・フェイ・ピァン)と呼ばれるようになりました。

 その後、成都に夫妻肺片と言う店を構えた。現在では、成都に7店舗にも拡大しています。

 夫妻肺片(フー・クゥイ・フェイ・ピァン)・・・



担担麺(ダン・ダン・ミェン)

 成都料理の有名な麺料理。
 日本で担担麺は、麻婆豆腐と並ぶ、ポピュラーな中国料理ですね。

 日本では、汁ありのスタイルがポピュラーですが、本場成都では、汁ありはありません。
 茹でた麺に、辣油、花椒をはじめとする香辛料、ナッツの醤、醤油、酢、麺がひたひたになるくらいのスープを入れ、かき混ぜて食べます。

 1841年ごろ、四川省自貢の陳包包というあだ名の男が担担麺を考案して、天秤棒の片側に七輪と鍋を、もう一方に麺や調味料などを吊して、担いで成都で売り歩きました。
 鍋はまん中に区切りがあり、片方には具を、片方には湯を入れるようにして、暖かく、辛い麺を出したのが受けて流行りました。

 担担麺と言う名称の由来も、担いで売り歩いたからと言われています。

 PCのMS-IMEで「たんたんめん」を変換すると、坦々麺と出でたりしますが、「坦」の字を使うのは、間違えです。

 担担麺(ダン・ダン・ミェン)・・・


 次回も、中国語メニューの攻略法について書きます。
 次回も引き続き、料理のエピソード型をやります。

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2012年11月 4日 (日)

魅惑の中国料理 - 第八回 中国語料理名攻略(6)

 中国料理メニューを、中国語で読んで得する事・・・より美味い料理が食べられる可能性があります。

 中国人が経営する中国料理店では、メニューには、写真を使い、日本語の説明も書いて分かり易い事は良くあります。
 そのメニューたるや、黒酢酢豚、エビマヨ、麻婆豆腐、担々麺みたいな、どこにでもあるメニュー。

 しかし店内を良く観察して下さい。
 もしかして壁やホワイトボードなんかに、中国語で書いたメニューがあり、そこには日本語メニューにない料理が書かれていたりします。
 または写真がない、文字だけで・・・場合によっては中国語だけで書かれたメニューがある事があります。

 これはどう言う事か?
 多くの日本人は、知っているメニューを注文する事が多いです。
 ひどい人になると、街の中華屋さながらに、チャーシューメンと餃子とか(苦笑)。

 日本人が良く注文するメニューは、写真入りの立派なメニューに書き、中国人が来た時に食べるメニューは、中国語で書いているのです。
 こう言う店は、写真入りメニューを注文しても、平凡な事が多いですね。
 どうしてか?・・・広島風お好み焼きの店で、関西風お好み焼きを作ってもらうようなものだからです。

 中国人が来て食べるという事は、中国人自体もモチベーションが上がるでしょうし、また中国語で書いているメニューは、中国人シェフが自信のあるメニューである事が多いです。

 もし、中国料理店に行って、こんなメニューを発見したら、一度試してみて下さい。
 同じ料理人が作ったのか?と思うくらい、別物の料理が出てくる事があります。

 毎回のおさらいになりますが、自分が何となく中国語料理名を見ていて、以下のような分類が出来るような気がします。
 この分類法は、醍醐オリジナルです、ご注意を。
 ①調理法+使用食材型
 ②調味料+使用食材型
 ③調味料+調理法+使用食材型
 ④使用食材+使用食材型
 ⑤使用食材+調理法+使用食材型
 ⑥料理のエピソード型
 ⑦その他型

 ②調味料+使用食材型について、1つ忘れていたのがあるので、まずはこれについて書きます。

 なお今月(2013/02)から、その料理の珍しさ(日本で食べられる確率)をアイコンで表現します。

 ・・・ほとんど幻
 ・・・特注すればあるいは
 ・・・専門店でもめったにない
 ・・・専門店のメニューなら
 ・・・たまに見かける
 ・・・ポピュラー



辣子(ラー・ズー)

 辣子(ラー・ズー)とは、唐辛子の事。つまりは、唐辛子味の調理と言うことですね。

 たっぷりの唐辛子、花椒(中国の山椒)をタップリの油で熱し、油に香りを移し、焦がさないように唐辛子、花椒を取り出します。
 そこに、下味をつけて調理した食材を入れ、唐辛子、花椒風味の油で炒め、唐辛子、花椒を戻して炒める調理法です。

 辣子と言えば、辣子鶏。四川省のとなり、重慶市の料理です。
 中でも、歌楽山辣子鶏(ホー・ルー・サン・ラー・ズー・ジー)は、辣子の代表的料理です。
 現在では、同じ調理法でエビを炒める辣子蝦(ラー・ズー・シャー)、渡り蟹を炒める辣子蟹(ラー・ズー・シエ)と言う料理もあります。

 マニアックな四川料理を出す店は多いので、これらの料理も、目にする機会が、多いのではないでしょうか?
 唐辛子、花椒は食べませんので、見た目ほど、辛い料理ではありません。

 辣子鶏(ラー・ズー・ジー)・・・



③調味料+調理法+使用食材型

 さて、③調味料+調理法+使用食材型ですが、②調味料+使用食材型の正式な料理名称です。
 つまりは、同じ料理なのに、②の料理名と、③の料理名のケースがあります。

 例としては以下のようなものがあります。

②調味料+使用食材型  ③調味料+調理法+使用食材型
蠔油牛肉        蠔油炒牛肉
(ハオ・ユー・ニウ・ロウ)  (ハオ・ユー・チャオ・ニウ・ロウ)

 牛肉のオイスターソース炒めは、ポピュラーな中国料理ですよね。
 蠔油牛肉(ハオ・ユー・ニウ・ロウ)と言う表記がポピュラーなのですが、蠔油炒牛肉(ハオ・ユー・チャオ・ニウ・ロウ)と、調理法も含めた料理名として表記される事もあります。

 蠔油牛肉(ハオ・ユー・ニウ・ロウ)・・・

②調味料+使用食材型  ③調味料+調理法+使用食材型
豆豉鶏           豆豉炆鶏
(ドウ・チー・ジー)    (ドウ・チー・ジィアン・ジー)

 鶏肉を豆豉(黒豆の発酵調味料)で煮込んだ料理です。
 炆=煮込む調理法のようです。

 豆豉鶏(ドウ・チー・ジー)・・・



④使用食材+使用食材型

 例えば、牛肉とブロッコリーの炒めだと以下のようになります。
 芥蘭牛肉(ジエ・ラン・ニウ・ロウ)

 芥蘭=ブロッコリー

 芥蘭牛肉(ジエ・ラン・ニウ・ロウ)・・・

 他には、セロリとイカの炒めだと、以下のようになります。
 西芹魷魚(シー・チン・ユウ・ユー)、

 西芹=セロリ
 魷魚=イカ

 西芹魷魚(シー・チン・ユウ・ユー)・・・

 これらは、料理名からどんな料理なのかは、想像がつきやすいのではないでしょうか?
 分かりやすいので、次行きます。



⑤使用食材+調理法+使用食材型

 上記の例で言いますと、以下のようになります。

 芥蘭炒牛肉
 西芹炒魷魚

 例えば「西芹炒魷魚」は、「清炒西芹魷魚」などと表記しても良いですね。

 1つ、覚えて頂きたい料理を紹介します。
 梅菜扣肉(メイ・ツァイ・コウ・ロウ)と言います。
 日本語にすると、中国漬物と豚の角煮と言ったところでしょうか?
 中国料理の豚の角煮は、中国料理好きなら食べた事があると思います。
 しかしあなたが食べたのは、どの豚の角煮?
 関東で食べられる、中国料理の豚の角煮には、以下のバラエティがあります。

 a.壇肉(タン・ロー)・・・東北料理
 b.東坡肉(ドン・ポー・ロー)・・・浙江料理(杭州料理)
 c.紅焼肉(ホン・シャオ・ロー)または紅焼扣肉(ホン・シャオ・コウ・ロー)・・・中国各地
 d.梅菜扣肉(メイ・ツァイ・コウ・ロー) ・・・広東料理(惠州料理)
 e.南乳扣肉(ナン・ルウ・コウ・ロー)・・・広東料理

 梅菜(メイ・ツァイ)とは、梅雨の時期に、カラシ菜を塩漬けして作る、中国の漬物です。
 広東省恵州市の名物漬物で、特に客家(ハッカ)の人たちには、良く食べられています。

 扣=蒸し煮する

 梅菜と豚バラ肉を甘辛醤油煮込みしたのが、梅菜扣肉(メイ・ツァイ・コウ・ロウ)なのです。
 特に何年も寝かせた梅菜で作ると、梅菜が複雑な味わいとなって、より深みのある味になります。

 梅菜扣肉(メイ・ツァイ・コウ・ロウ)・・・



⑥料理のエピソード型

 あるエピソードから誕生して、料理名となったものです。
 つまり、料理名だけ見ても(例え中国語が分かっても)何のこっちゃ・・・と言う料理名を差します。
 料理が有名になるにつれ、エピソードから発生したものが、まるで調理法を指すかのような、呼び名となってしまったものもあります。


麻婆豆腐(マー・ボー・ドウ・フー)

 麻婆豆腐の、麻は、麻子(あばた顔)と言い、不細工と言う意味です。
 婆は、実は既婚女性を中国では婆と言ます。
 例えば、18歳で結婚したピチピチ(死語?)な女性でも、結婚後は老婆(ラオ・ボー)等と呼ばれてしまいます。
 夫を愛する中国人女性は、老婆(ラオ・ボー)と呼ばれて、嬉しいんだそうですよ。
 日本で、そんな言葉を使ったら、張り倒されそうですけどね(笑)。

 不細工な、あばた顔の未亡人が考案した料理なので、麻婆豆腐と呼ばれるようになりました。
 その発祥は、以下の3つの説があります。

その1

 清代の光緒年間(1875年から1908年)に、成都の万宝酱园(何と言う場所なのだろう?)に、油の行商をしている温家があった。
 その娘のあばた顔(みずぼうそうにかかった後水ぶくれ跡が残った顔)の温巧巧(ウェン・クィァオ・クィァオ)は、陳さんに嫁いだ。
 陳さんも油の行商を始めた。
 10年後、事故で陳さんが亡くなり、温巧巧は生活のため、同業の油の行商人や、隣近所ののために、料理を作って生計を立てていた。
 ある日、隣の兄夫婦から豆腐が、別の隣の兄夫婦から羊肉を持って来られ、それで辛い味付けで料理したのが、麻婆豆腐の始まり。
 この料理が美味しかったので、羊肉豆腐と看板を掲げて料理屋を始めた。
 温巧巧の死後、温巧巧のあばた顔(麻子)から、麻婆豆腐と呼ばれるようになった。

その2

 清代同治元年(1862年)、成都の街外れ、万福橋のたもとに、あばた顔(みずぼうそうにかかった後水ぶくれ跡が残った顔)の陳さんと言うおばさんが豆腐屋と料理屋を始め、豆腐が美味いと評判になり、商売が繁盛した。
 ある日、1人の客が、牛挽肉を持ち込んで、陳さんの店に入った。
 道向かいの家の豆腐屋のおかみさんが、陳さんの商売繁盛を妬み、また陳さんより若いのを良い事に、色目を使い、自分の店に誘導しようとした。
 この客は先を急いでおり、この時陳さんが手早く、辛い味付けの豆腐料理を作った。
 この客は、この料理を気に入って食べた。向かいの店のおかみさんは、店のお客さんの前で、陳さんのあばた顔が不細工なのを罵った。
 あばた顔のおばさん(麻婆)、陳さんが作るこの料理は、麻婆豆腐と呼ばれるようになった。
 これが評判を呼び、陳さんの店は、繁盛して行った。この店はいつの間にか、陳麻婆豆腐と呼ばれるようになった。

その3

 清代同治元年(1862年)、成都の街外れ、万福橋のたもとに、陳興盛飯舗と言う食堂があり、おじの陳興盛、陳春富と続き、陳春富が早死にしたため、陳春富の妻が店を経営していた。
 妻はあばた顔(みずぼうそうにかかった後水ぶくれ跡が残った顔)の未亡人(婆)だったので、陳麻婆と呼ばれていた。
 万福橋は木造橋で、通るのは生活の貧しい荷運びの人足(何と放送禁止用語!?)が多く、そんな客で賑わっていた。
 人足達は、牛肉や豆腐、油を持ち寄り、陳麻婆が作った、辛い味付けの豆腐料理が、麻婆豆腐の始まり。

 自分の記憶に間違えがなければ、元々流布していた説は「その1」でした。
 「その2」と「その3」は、発祥年、場所が一緒なので、ルーツは一緒なのでしょうね。

 本場の四川省成都市に、国営レストランの陳麻婆豆腐店があり、「その3」の説を広めています。
 日本にも、赤坂、横浜、新宿、たまプラーザ、川崎、名古屋に計7店舗あります。
 日本でも、「その3」の説を転載する人が多いですね。

 しかし自分は、後から出て来た(んじゃないかと思う)「その3」の説、それは国営レストランで、自由な発言が許されていない共産中国。
 胡散臭さを感じますね。

 日本の中国料理店の多くに、麻婆茄子とか、麻婆春雨と言う料理があります。
 しかしこの麻婆は、調理法ではなく、上記の通り料理エピソードで付いた名前です。
 麻婆茄子も麻婆春雨も、中国にはない料理で、しかも料理名称の誤用です。

 なお、酒徒氏のブログに、1990年代の終わり頃以降に、陳麻婆豆腐の味が変わったのではないかと書かれています。

『四川組血風録』2 - 雪辱の地への道のり遠く。
『四川組血風録』3 - 9年の歳月は万人に等しく。
『四川組血風録』4 - 旧怨を超えたその先に。

 実は自分も、1990年代のテレビ番組で、陳麻婆豆腐が紹介された時、真っ黒かった事を覚えています。
 現在日本で食べられている麻婆豆腐のいずれも、陳麻婆豆腐と大きくかけ離れているのかも知れませんね。

 麻婆豆腐(マー・ボー・ドウ・フー)・・・


 次回も、中国語メニューの攻略法について書きます。
 次回も引き続き、料理のエピソード型をやります。

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