H3102.イナリワン

2015年1月31日 (土)

平成三強物語 まとめページ

競馬には、あいつさえいなければ・・・と言う事は良くありますが、平成の初めに、3頭の偉大なサラブレッドが、しのぎを削って、GⅠレースを取り合った時代がありました。
これは、昭和の3強、トウショウボーイ、テンポイント、グリーングラスになぞらえ、この3頭を平成3強と呼びました。

オグリキャップ・・・1988、1990 有馬記念、1989 マイルCS 1990 安田記念
イナリワン・・・1988 東京大賞典(大井)、1989 天皇賞春 1989 宝塚記念 1989 有馬記念
スーパークリーク・・・1988 菊花賞、1989 天皇賞秋、1990 天皇賞春

平成三強物語は当初、平成三強が相まみえた1989年秋シーズンから開始しましたが、その後平成三強のデビューにさかのぼり、1989年春シーズンまで書きました。
残念ながら、ココログは、ブログ記事の順番を自由には変えられないようです。
そのため、平成三強物語のカテゴリを開いても、時系列がバラバラです。
そこで、このページで、時系列に並べてリンクする事にしました。

長い期間の執筆だったので、書き方が途中で変化したりしましたが、気が付いた範囲で修正しました。
スーパークリークの扱いが雑だったので、1記事から3記事に分け、追記しました。
1989年のイナリワンの記事を修正して、2記事から3記事に分けました。
1989年 オールカマー(中山GⅡ芝2200m)、1989年、1990年 京都大賞典(京都GⅡ芝2400m)を新たに加筆しました。

本当はこの当時活躍した外国馬、トニービン、ホーリックス、ベタールースンアップの外伝も書きたいところだったのですが、レース映像が少ないので断念しました。

なお、可能な限り修正はしましたが、その後映像のデッド・リンクも出るでしょう、ご容赦願います。

平成三強物語 - 1986年-1987年 イナリワン(1)

平成三強物語 - 1987年-1988年 オグリキャップ(1)

平成三強物語 - 1988年 イナリワン(2)

平成三強物語外伝 - チヤンピオンスター

平成三強物語 - 1988年 スーパークリーク(1)

平成三強物語 - 1988年 オグリキャップ(2)

平成三強物語外伝 - ヤエノムテキ

平成三強物語外伝 - タマモクロス

平成三強物語 - 1988年 毎日王冠(東京GⅡ芝1800m) オグリキャップ(3)

平成三強物語 - 1988年 スーパークリーク(2)

平成三強物語 - 1988年 天皇賞秋(東京GⅠ芝2000m) オグリキャップ(4)

平成三強物語 - 1988年 菊花賞(京都GⅠ芝3000m) スーパークリーク(3)

平成三強物語外伝 - サッカーボーイ

平成三強物語 - 1988年 全日本サラブレッドカップ(笠松重賞ダート2500m) イナリワン(3)

平成三強物語外伝 - フエートノーザン

平成三強物語 - 1988年 ジャパンカップ(東京GⅠ芝2400m) オグリキャップ(5)

平成三強物語 - 1988年 有馬記念(中山GⅠ芝2500m)

平成三強物語 - 1988年 東京大賞典(大井重賞ダート3000m) イナリワン(4)

平成三強物語 - 1989年 イナリワン(5)

平成三強物語 - 1989年 天皇賞春(京都GⅠ芝3200m) イナリワン(6)

平成三強物語 - 1989年 宝塚記念(阪神GⅠ芝2200m) イナリワン(7)

平成三強物語 - 1989年 オールカマー(中山GⅡ芝2200m)

平成三強物語外伝 - ロジータ

平成三強物語 - 1989年 毎日王冠(東京GⅡ芝1800m)

平成三強物語 - 1989年 京都大賞典(京都GⅡ芝2400m)

平成三強物語 - 1989年 天皇賞秋(東京GⅠ芝2000m)

平成三強物語 - 1989年 マイルチャンピオンシップ(京都GⅠ芝1600m)

平成三強物語 - 1989年 ジャパンカップ(東京GⅠ芝2400m)前編

平成三強物語 - 1989年 ジャパンカップ(東京GⅠ芝2400m)後編

平成三強物語 - 1989年 有馬記念(中山GⅠ芝2500m)

平成三強物語 - 1990年 阪神大賞典(阪神GⅡ芝3000m)

平成三強物語 - 1990年 産經大阪杯(阪神GⅡ芝2000m)

平成三強物語 - 1990年 天皇賞春(京都GⅠ芝3200m)

平成三強物語 - 1990年 安田記念(東京GⅠ芝1600m)

平成三強物語 - 1990年 宝塚記念(阪神GⅠ芝2200m)

平成三強物語 - 1990年 京都大賞典(京都GⅡ芝2400m)

平成三強物語 - 1990年 天皇賞秋(東京GⅠ芝2000m)

平成三強物語 - 1990年 ジャパンカップ(東京GⅠ芝2400m)

平成三強物語 - 1990年 有馬記念(中山GⅠ芝2500m)

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平成三強物語 - 1989年 宝塚記念(阪神GⅠ芝2200m) イナリワン(7)

競馬には、あいつさえいなければ・・・と言う事は良くありますが、平成の初めに、3頭の偉大なサラブレッドが、しのぎを削って、GⅠレースを取り合った時代がありました。
これは、昭和の3強、トウショウボーイ、テンポイント、グリーングラスになぞらえ、この3頭を平成3強と呼びました。

オグリキャップ・・・1988、1990 有馬記念、1989 マイルCS 1990 安田記念
イナリワン・・・1988 東京大賞典(大井)、1989 天皇賞春 1989 宝塚記念 1989 有馬記念
スーパークリーク・・・1988 菊花賞、1989 天皇賞秋、1990 天皇賞春

今回は、イナリワンの5歳初夏のレース、宝塚記念について書きます。
最初にこのページを読む前に、これまでの平成三強物語のイナリワンの話、平成三強物語 - 1986年-1987年 イナリワン(1)平成三強物語 - 1988年 イナリワン(2)平成三強物語 - 1988年 全日本サラブレッドカップ(笠松重賞ダート2500m) イナリワン(3)平成三強物語 - 1988年 東京大賞典(大井重賞ダート3000m) イナリワン(4)平成三強物語 - 1989年 イナリワン(5)平成三強物語 - 1989年 天皇賞春(京都GⅠ芝3200m) イナリワン(6)を一読願います。

イナリワンは、1989年天皇賞春を快勝した後、宝塚記念(阪神GⅠ芝2200m)に駒を進めて来ました。

1番人気は、前年の東京競馬場代替開催の皐月賞(東京GⅠ芝2000m)馬、ヤエノムテキ。
ヤエノムテキは年明けハンデ戦の日経新春杯(京都GⅡ芝2200m)にハンデ頭でランドヒリュウの2着、別定戦の産経大阪杯(阪神GⅠ芝2000m)にランドヒリュウに6馬身差快勝して、このレースでも1番人気となりました。
2番人気は、イナリワン。
多分に、武豊人気もあったでしょうね。
しかし前走天皇賞春を快勝した割に人気がないのは、フロック視されていたという事なのでしょう。
3番人気はハンデに恵まれたとは言え、目黒記念(東京GⅡ芝2500m)、エイプリルS(中山オープン芝2000m)と連勝して駒を進めたキリパワー。
こちらも鞍上、岡部人気も多少あったでしょう。
4番人気には前年のダービー馬、サクラチヨノオー。
しかし前走、休み明けのの安田記念(東京GⅠ芝1600m)でブービーだったので、人気を落としていました。

大方の予想通りダイナカーペンターが逃げ、2番手サクラチヨノオーが付きましたが、シヨノロマンが交して2番手に上がりました。
イナリワンも先行して4番手、
キリパワー中団、ヤエノムテキは最後方。

スタートから3F(600m)35.6、1000m通過1分0秒3と、馬場状態に比してペースは速目から平均ペース。
3コーナーではサクラチヨノオーが下がり、イナリワンが馬なりでポジションを上げました。
ヤエノムテキは引っかかったのか、最後方から中団まで上がって来ました。
この辺でミスターシクレノンを始めとして、他の馬も仕掛ける、ちぐはぐな展開。
後方にいたフレッシュボイスが、3-4コーナで前に上がって行きました。

4コーナー回り、粘るダイナカーペンターを競り潰し、イナリワンが先頭に立ちます。
ヤエノムテキは大外に出しますが、ちぐはぐな展開が祟り、伸びず。
直線で中団にいたミスターシクレノンとフレッシュボイスが、もの凄い脚で突っ込んで来ました。
フレッシュボイスは、1987年安田記念(東京GⅠ芝1600m)優勝馬らしく、鋭い切れ味で先行したイナリワンに迫りますが、首差イナリワンが粘り切りました。

天皇賞春に続いて、JRAのGⅠ2連勝。
イナリワンはどちらかと言うと、切れ味はありましたが、スピード勝負ではなくスタミナ勝負の方が得意だったでしょう。
そのイナリワンの特徴を活かし、先行させ、危なげなく勝利したのは、武豊の腕のたまものだったでしょう。
レースの流れとしてはむしろ、フレッシュボイス向きで、同じところから追い出していたら勝てなかったのではないでしょうか?

フレッシュボイスは安田記念優勝馬の底力を見せました。
3着は前走天皇賞春で2着だったミスターシクレノン。
フロックでなかった事を証明しました。

1着 イナリワン  2:14.0
2着 フレッシュボイス クビ
3着 ミスターシクレノン 3 1/2

イナリワンは秋まで休養します。

このレースまでで、平成三強物語本編は終了します。
途中に中断を挟みながら、最後までお付き合いいただきありがとうございます。

次回は、平成3強物語外伝として、間違えなく公営最強牝馬、そしてもしかすると公営歴代最強馬にも挙げられる、ロジータについて書きます。
この記事で、平成三強物語が全て終了となります。

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2015年1月17日 (土)

平成三強物語 - 1989年 天皇賞春(京都GⅠ芝3200m) イナリワン(6)

競馬には、あいつさえいなければ・・・と言う事は良くありますが、平成の初めに、3頭の偉大なサラブレッドが、しのぎを削って、GⅠレースを取り合った時代がありました。
これは、昭和の3強、トウショウボーイ、テンポイント、グリーングラスになぞらえ、この3頭を平成3強と呼びました。

オグリキャップ・・・1988、1990 有馬記念、1989 マイルCS 1990 安田記念
イナリワン・・・1988 東京大賞典(大井)、1989 天皇賞春 1989 宝塚記念 1989 有馬記念
スーパークリーク・・・1988 菊花賞、1989 天皇賞秋、1990 天皇賞春

今回は、イナリワンの天皇賞春(京都GⅠ芝3200m)について書きます。
最初にこのページを読む前に、これまでの平成三強物語のイナリワンの話、平成三強物語 - 1986年-1987年 イナリワン(1)平成三強物語 - 1988年 イナリワン(2)平成三強物語 - 1988年 全日本サラブレッドカップ(笠松重賞ダート2500m) イナリワン(3)平成三強物語 - 1988年 東京大賞典(大井重賞ダート3000m) イナリワン(4)平成三強物語 - 1989年 イナリワン(5)を一読願います。

1989年4月29日、事前には混戦と考えられていた天皇賞春。

1番人気は、3.0倍のスルーオダイナ。
前走、阪神大賞典で進路妨害で失格となりましたが、見せた脚は破格。
2番人気は、3.1倍と差のないランニングフリー。
前年の2着馬で、目の上のコブだったタマモクロスも引退して、成績も安定していたので、人気に押されました。
今年に入ってAJCC(中山GⅡ芝2200m)、日経賞(中山GⅡ芝2500m)を連勝してここに臨みました。
3番人気は、単賞7.6倍のコクサイトリプル。
重賞未勝利ですが、成績は安定して、1988年NHK杯(東京GⅡ芝2000m)3着、同年セントライト記念(中山GⅡ芝2200m)、1989年日経賞(中山GⅡ芝2500m)2着がありました。

他には1987年目黒記念(東京GⅡ芝3600m)、同年ステイヤーズS(中山GⅢ芝3600m)勝ちのマウントニゾン。
11番人気の人気薄でエリザベス女王杯(京都GⅠ芝2400m)を制した、タマモクロスの半妹、ミヤマポピー。
1987年朝日チャレンジC(阪神GⅢ芝2000m)、1988年小倉記念(小倉GⅢ芝2000m)勝ちのプレジデントシチー。
1986年阪神3歳S(阪神GⅢ芝1600m)勝ちのゴールドシチー。
1988年阪神大賞典(阪神GⅡ芝3000m)、1989年京都記念(京都GⅡ芝2400m)勝ちのダイナカーペンター。
前述の1989年阪神大賞典(阪神GⅡ芝3000m)勝ちのナムラモノノフ。
好メンバーが出走して来ました。

イナリワンは、前2走が振るいませんでしたが、武豊人気もあったか、単賞9.3倍4番人気。

逃げたのは予想通り、ダイナカーペンター。
2番手ミホノカザン、3番手チュニカオー。
1番人気ランニングフリーは中段の前、2番人気スルーオダイナは後方、3番人気ゴールドシチーはスルーオダイナのすぐ前。
イナリワンはさらにその後ろ。

スタートからの3F(600m)は36.6秒と、ハイペース。
1000m通過タイムは1分1秒7、ペースは落ちません。
ミスターシクレノンが少し位置を押し上げ、3番手に進出して来ました。

1コーナー過ぎたあたり、引っかかったか、勝負どころと見たか、スルーオダイナ、ゴールドシチー、コクサイトリプルが前に付けました。
2000m通過が2分5秒1とベースの淀みなし。
向こう正面坂下で、ミスターシクレノンが押し上げ2番手、スルーオダイナがその後ろまで上り、ランニングフリーも手が動き出しました。
坂の下りから、イナリワンが馬なりで進出を開始。
3コーナー過ぎにはスルーオダイナが先頭に並びかけ、カツノコバンはここで故障発生して脱落。
3-4コーナーでミスターシクレノンがスルーオダイナに並びかけ、ランニングフリーはインコースを突いて、イナリワンは先頭グループ直後まで進出しました。

直線向いて、イナリワンがインコースから先頭に立ったランニングフリーを交わして、楽に先頭に。
ミスターシクレノンが満を持して追い出し、ランニングフリーを交わしますが、先頭に立ったイナリワンは後続を引き離す一方。
武豊騎手は横目でターフビジョンを見て、後続を確認する余裕の勝利。
イナリワンが5馬身差で優勝。
2着はこれまた後続を3馬身1/2引き離した、ミスターシクレノン。
3着は馬群からハナ差抜け出したスルーオダイナ。

1着 イナリワン 3:18.8
2着 ミスターシクレノン 5
3着 スルーオダイナ 3 1/2

後から思えば、このメンバーでイナリワンが完調なら、この着差は当然でした。
しかしJRA移籍後の成績がもうひとつだったため、ダート馬なのかもと見られていたのは事実。
当時は公営出身の馬を軽く見る人も多く、フロック視していた人もいたと聞きます。

春シーズンに、イナリワンに騎乗した武豊は、今までの騎乗馬で、「一番気の強い馬」、「一番パワーのあった馬」としてイナリワンを挙げています。
初めてこのレースの前に、調教でイナリワンに乗った時、武豊が手綱を押さえているにも関わらず、全速でコースを2周したため、武豊は本番で御し切れないのではないかと、不安に思ったそうです。

次回は、イナリワンが出走した1989年宝塚記念について書きます。

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2015年1月 9日 (金)

平成三強物語 - 1989 イナリワン(5)

競馬には、あいつさえいなければ・・・と言う事は良くありますが、平成の初めに、3頭の偉大なサラブレッドが、しのぎを削って、GⅠレースを取り合った時代がありました。
これは、昭和の3強、トウショウボーイ、テンポイント、グリーングラスになぞらえ、この3頭を平成3強と呼びました。

オグリキャップ・・・1988、1990 有馬記念、1989 マイルCS 1990 安田記念
イナリワン・・・1988 東京大賞典(大井)、1989 天皇賞春 1989 宝塚記念 1989 有馬記念
スーパークリーク・・・1988 菊花賞、1989 天皇賞秋、1990 天皇賞春

今回は、イナリワンが4歳時に東京大賞典に勝ち、ダートの頂点を極めて、5歳になってJRAに挑戦、阪神大賞典(阪神GⅡ芝3000m)までについて書きます。
最初にこのページを読む前に、これまでの平成三強物語のイナリワンの話、平成三強物語 - 1986年-1987年 イナリワン(1)平成三強物語 - 1988年 イナリワン(2)平成三強物語 - 1988年 全日本サラブレッドカップ(笠松重賞ダート2500m) イナリワン(3)平成三強物語 - 1988年 東京大賞典(大井重賞ダート3000m) イナリワン(4)を一読願います。

イナリワンは、大井競馬の福永二三雄厩舎から、JRA美浦の鈴木清厩舎に転厩します。
これは関東の大井競馬だから、美浦の厩舎と言う事だったのでしょうか?

元々JRAでは、関東にばかり良い馬が集まり、関西馬は大レースで全然勝てませんでした。
関西ではトレーニングコースに販路、ウッドチップ、水泳を取り入れ、先進の調教をする事で、いつしか関東馬は関西馬に著しい劣勢になりました。
そうなると、良い馬が関西の厩舎に集まり、ますます関東馬に不利となりました。
関東も後に販路、ウッドチップを取り入れ、現在ではこの頃ほどではありませんが、未だ関西馬優勢です。

イナリワンのJRAデビューレースは、2月11日のスバルS(京都オープン芝2000m)。
鞍上はサクラの冠名の馬の主戦騎手で有名な、関東の小島太。
以前、このレースの直線だけの映像を見た事があるのですが、現在は見当たりません。

1番人気は、2.5倍でチュニカオー。
2番人気は、3.7倍で公営から移籍のイナリワン。
3番人気は、4.6倍で1988愛知杯(中京GⅢ芝2000m)2着のインターアニマート。

オープン特別でしたが、この時点ではレイクブラックが1988年福島記念(福島GⅢ芝2000m)、タニノスイセイ1988年朝日チャレンジC(阪神GⅢ芝2000m)、ノックアウト1987年金鯱賞(中京GⅢ芝1800m)と、重賞勝ち馬も出走していました。

逃げたのはネーハイコインド、2番手モガミファニー、3番手レイクブラック。
スタートから3F(600m)36.3と、1000m通過1分1秒6の遅いペース。

中段に位置していたチュニカオーが2分2秒7で優勝しました。
2着、3着はクビ差接戦で、中段に付け早め進出したイナリワンは他馬に交わされ勝ち馬から1/2馬身離された4着。
自分の競馬の師匠は、このレースを小島太の騎乗ミス、ゴール板を間違えていると言っていました。

1着 チュニカオー  2:02.7
2着 レイクブラック ハナ
3着 インターアニマート ハナ


3月12日イナリワンは、天皇賞春のステップレース、阪神大賞典(阪神GⅡ芝3000m)に出走しました。

1番人気は単賞1.5倍、1988年ステイヤーズS(中山GⅢ芝3600m)、1989年ダイアモンドS(東京GⅢ芝3200m)勝ちのスルーオダイナ。
2番人気は、単賞5.3倍イナリワン。
3番人気は単賞6.8倍1985年京都4歳特別(京都GⅢ芝2000m)、1987年高松宮杯(中京GⅡ芝2000m)、1989日経新春杯(京都GⅡ2200m)勝ちのランドヒリュウ。
他のJRA重賞勝ちは、1988年朝日チャレンジC(阪神GⅢ芝2000m)勝ちのタニノスイセイ。

以前、全日本サラブレットCの時に紹介した、北関東公営高崎の渋谷武久厩舎所属だったカツノコバンが、JRAに転厩して出走しています。

このレースの、直線だけの映像は、ニコニコ動画にありました。
下のビデオの4:26からが、イナリワンが出走した時の直線手前からの映像です。

レース情報によると、逃げたのはナムラモノノフ、2番手ランドヒリュウ、3番手チュニカオー。
スタートから3F(600m)37.7、1000m通過1分2秒8、2000m通過2分6秒7と平均ペース。

4コーナー回り、ランドヒリュウとナムラモノノフが先頭で、併走しています。
ランドヒリュウとナムラモノノフの先頭グループのすぐ後ろ、イナリワンは中団にいます。

ナムラモノノフはランドヒリュウを切って捨て、単独で先頭。
チュニカオーが追いかけますが、差は詰まりません。
後方からスルーオダイナ、カツノコバンが凄い足で突っ込んで来ました。

ナムラモノノフがスルーオダイナの追い込みを鼻差しのぎ優勝。
2番手で入着したスルーオダイナは、イナリワンの進路妨害により失格。
3番手入着のカツノコバンが、繰り上がり1馬身1/4差2着。
4番手入着のチュニカオーが繰り上がり3着。
イナリワンは、6番手で入着の5着。

こうして映像を見ると、失格になるような進路妨害かなぁ・・・という気がします。

1着 ナムラモノノフ 3:07.4
2着 カツノコバン 1 1/4
3着 チュニカオー 1/2

後に気付いたのですが、イナリワンは神経質な馬で、飼い食いが細いと、成績が良くないと言う特徴がありました。
自分と師匠はその境を、445kgとしてそれ以上の体重だと買い、それ以下だと買わない事にしました。
その真偽は、イナリワンの競争成績をご覧下さい。

ちなみに、この時は444kgでした。

次回は、イナリワンの天皇賞春(京都GⅠ芝3200m)について書きます。

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2014年12月29日 (月)

平成三強物語 - 1988年 東京大賞典(大井重賞ダート3000m) イナリワン(4)

競馬には、あいつさえいなければ・・・と言う事は良くありますが、平成の初めに、3頭の偉大なサラブレッドが、しのぎを削って、GⅠレースを取り合った時代がありました。
これは、昭和の3強、トウショウボーイ、テンポイント、グリーングラスになぞらえ、この3頭を平成3強と呼びました。

オグリキャップ・・・1988、1990 有馬記念、1989 マイルCS 1990 安田記念
イナリワン・・・1988 東京大賞典(大井)、1989 天皇賞春 1989 宝塚記念 1989 有馬記念
スーパークリーク・・・1988 菊花賞、1989 天皇賞秋、1990 天皇賞春

今回は、イナリワンの4歳最後のレース、イナリワンが大井競馬に戻って出走した、暮れの総決算、東京大賞典書きます。
最初にこのページを読む前に、これまでの平成三強物語のイナリワンの話、平成三強物語 - 1986年-1987年 イナリワン(1)平成三強物語 - 1988年 イナリワン(2)平成三強物語 - 1988年 全日本サラブレッドカップ(笠松重賞ダート2500m) イナリワン(3)を一読願います。

世の中にはJRAのレースしか眼中にない人もいるでしょうから、東京大賞典って何それ?って思う人もいるかも知れません。
現在、JRAと地方競馬の交流戦では、ほとんどJRAの馬が優勝し、地方馬が優勝する事はめったにありません。
しかしこの当時、JRAと地方競馬の交流戦、大井競馬の帝王賞ではまだ、JRAの馬が勝った事はありませんでした。

南関東4競馬場(大井、川崎、船橋、浦和)は、観客動員数、売り上げ金額と他の地方競馬の追従を許さず、優勝賞金額も年々高くなり、そのためJRAに次いで良い馬が集まりました。
名実共に、砂の王者の地区だったのです。
大井競馬の年の最後に行われるチャンピオン決定戦、東京大賞典は当時も現在も、砂の頂点を決めるレースと言っても過言でもありません。
JRAの有馬記念に対応するレースです。

笠松を始めとする中京地区では、ニシノライデン、オグリキャップ、フエートノーザン等、時々化物のような名馬は排出しましたが、平均的馬のレベルは、南関東には敵いませんでした。

余談ですが東京大賞典は、2010年にいち早く外国馬の参加を可能にして、地方競馬場のレースとしては唯一国際GⅠレースとなりました。
今年初めて、アメリカ馬が出走します。

この年はまだ現在とは違い、他地区の馬は東京大賞典に出走出来ず、どうしても出走させる場合は、南関東4競馬場のいずれかの厩舎に転厩しなければなりませんでした。
また公営競馬では、この頃まだグレード制を導入してなく、単に重賞と条件レースの区別しかありません。

1番人気は6連勝中で、東京王冠賞(大井重賞ダート2600m)とダービーGP(水沢重賞ダート2000m)重賞連勝中のアエロプラーヌ。
2番人気は前走A2条件特別レースを圧勝した重賞未勝利馬、アラナスモンタ。
3番人気イナリワン。
その他重賞勝ち馬として、キヨフジ記念(川崎重賞ダート2000m)、浦和記念(浦和重賞ダート2000m)を重賞連勝しているダイタクジーニアス。
1987年大井記念(大井重賞ダート2500m)、1988年東京記念(大井重賞ダート2400m)勝ちのダツシユホウシヨウ。
1987年星雲賞(大井重賞ダート1600m)、1988年京浜盃(大井重賞ダート1700m)勝ちのナスノダンデー。
1987年ゴールドC(浦和重賞ダート2000m)、NTV盃(船橋重賞ダート2000m)勝ちのハッピーシャトーが参加しています。

直線向いて、アエロプラーヌが先頭。
最内からアラナスモンタが突っ込んで、並ぶ間なしに交わし、先頭に立ちました。
この時鞍上の石川騎手は、勝つんじゃないか?と思ったに違いありません。
しかし中段、馬群中央からイナリワンが、物凄い脚で突っ込んで来ました。
2頭のマッチレースとなり、後続は引き離されます。

アラナスモンタは抵抗しますが、イナリワンの脚色良く、ゴール前でアラナスモンタを1/2馬身ねじ伏せ優勝。
イナリワンはこのレースで復活し、そしてこのレースに優勝した事で、JRAに転厩して、翌年のJRA挑戦が決まります。

アラナスモンタは、決して弱い馬ではなかったのですが、翌年の川崎記念でアエロプラーヌの2着、帝王賞でもフエートノーザンの2着と、大きなレースで強豪に勝ちきれませんでした。
1989年に大井記念(大井重賞ダート2500m)に初重賞制覇しました。

アラナスモンタから7馬身離された3着は、ダイタクジーニアス。
ちなみにダイタクジーニアスの鞍上は、2000年現役引退時に、現在でも破られていない日本最多7151勝した佐々木竹見。

1着 イナリワン 3:17.3
2着 アラナスモンタ 1/2
3着 ダイタクジーニアス 7

以下の映像、0:36から4コーナー手前からのレース映像が見られます。

フルのレース映像は、以下のリンクページ内にあります。

http://www.tokyocitykeiba.com/special_page/special2011yearend/daisyouten_06.php

次回は、イナリワンのJRA挑戦について書きます。

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2013年11月16日 (土)

平成三強物語 - 1988年 全日本サラブレッドカップ(笠松重賞ダート2500m) イナリワン(3)

競馬には、あいつさえいなければ・・・と言う事は良くありますが、平成の初めに、3頭の偉大なサラブレッドが、しのぎを削って、GⅠレースを取り合った時代がありました。
これは、昭和の三強、トウショウボーイ、テンポイント、グリーングラスになぞらえ、この3頭を平成三強と呼びました。

オグリキャップ・・・1988、1990 有馬記念、1989 マイルCS 1990 安田記念
イナリワン・・・1988 東京大賞典(大井)、1989 天皇賞春 1989 宝塚記念 1989 有馬記念
スーパークリーク・・・1988 菊花賞、1989 天皇賞秋、1990 天皇賞春

今回は、イナリワンの4歳後半のレース、イナリワンがわざわざ岐阜県の笠松競馬場まで遠征した、第1回全日本サラブレッドカップについて書きます。
最初にこのページを読む前に、これまでの平成三強物語のイナリワンの話、平成三強物語 - 1986年-1987年 イナリワン(1)平成三強物語 - 1988年 イナリワン(2)を一読願います。

実はこのレース、公営競馬ファンにとって、伝説的レースなんです。
斉藤修監修/青柳健二写真、「地方競馬の黄金時代」に、作者の選んだ名勝負が10掲載されていますが、このレース、第1回全日本サラブレッドカップはその1つです。

その前に、この当時の公営競馬状況を書かなければなりません。
現在でこそ、中央と地方で統一グレード制として、交流競争が各地区にありますが、当時はJRAのオールカマー(当時GⅢ中山芝2200)、帝王賞(当時は統一グレードなし大井ダート2000m)のみでした。
他地区のレースに参加したければ、そこの地方競馬に転入する必要がありました。
もしも、オルフェーブルが大井競馬のレースに参加させたいからと、JRAを辞めて、大井競馬に編入させるなんて事をするでしょうか?
これは事実上、芝のレースならオールカマー、ダートのレースなら帝王賞でしか、他地区の馬との対戦は選択肢がありませんでした。

つまり、それぞれの公営競馬の地区のトップホース同士の対戦は、行われていなかったのです。

そこで計画されたのが、全日本サラブレッドカップです。
成立まで賛否あり・・・と書かれていますが、様々な妨害なんかもあったのでしょうね。
とにかく1988年11月23日に開催するところまで、こぎつけたのです。
地方競馬の交流競争の先駆けです。
後には、JRAも参加可能になります。

1着賞金は、当時の笠松の最高額、3000万円。
大井の帝王賞と遜色ない金額でした。

問題はメンバーでしたが、賞金が高いことも幸いしてか、豪華なメンバーが集まりました。

1 1 ボールドヒューマ 青木達彦 鈴木良文(笠松)
2 2 カツノコバン 加藤和宏 渋谷武久(高崎)
3 3 イナリワン 宮浦正行 福永二三雄(大井)
4 4 リードセイカン 川原正一 後藤義亮(笠松)
5 5 フエートノーザン 安藤勝己 吉田秋好(笠松)
6 6 シナノジョージ 吉井敏雄 松浦備(大井)
7 7 コクセイピューマ 田中敏和 野島三喜(名古屋)
7 8 フシミラッキー  柳澤好美 成田春男(北海道)
8 9 ハツノフドウ   松原義夫 青木和夫(笠松)
8 10 ヒデノファイター 戸部尚美 河村功(名古屋)

当時の中京地区のトップは、誰が見てもフエートノーザンでした。
JRA所属時代も、ダートに適正を見せたものの、とにかく足元が弱く、満足に調教も出来ず伸び悩んでいました。
公営競馬の笠松に転厩し、休養の後、足元がパンとすると活躍し、最終的には笠松でトップだったワカオライデンを、年末の重賞、東海ゴールドカップ(JRAの有馬記念に相当)で破りました。
ワカオライデンはこのレースを最後に引退し、この年はフエートノーザンの天下となります。

ちなみにワカオライデンは、かのラインデンリーダーの父です。
ワカオライデンは種牡馬となって、公営競馬のサンデーサイレンスと言われるほど、活躍馬を出しました。

ボールドヒューマは笠松ナンバーツーで、ローレル争覇、東海クラウンと言う準重賞を連覇しています。

対する遠征馬で、南関東公営のイナリワンは、南関東公営の3冠の1つ、東京王冠賞(JRAの菊花賞相当)を勝った馬。
南関東公営のシナノジョージは、黒潮盃(JRAの弥生賞相当)や東京記念(JRAの京都大賞典相当)の重賞に勝ち、東京ダービー2着、帝王賞2着の強豪。

北関東高崎競馬(現在廃止)のカツノコバンは、前年の高崎大賞典(JRAの有馬記念に相当)に優勝した強豪。
しかし北関東公営は、全国的に見るとレベルは高くなく、盛岡のダービーグランプリや帝王賞、オールカマーに出走して負けています。

北海道公営のフシミラッキーですが、競争成績を調べましたが、良く分かりませんでした。

他の笠松、名古屋所属の馬は、オープン特別クラスの馬です。

公営では南関東が一歩抜けていると考えられていましたが、交流レースが少なく比較のしようがありません。
このレースが誕生したのも、おそらくそんな思いからではないかと思います。

1番人気はもちろん、地元トップのフエートノーザン
鞍上はお馴染、安藤勝巳。
2番人気は、イナリワン。
3番人気は、ボールドヒューマ。
以後シナノジョージ、カツノコバンと人気が続きます。

地元名古屋のヒデノファイターが、大外枠にも関わらず、押して先頭に立ちます。
イナリワン2番手、シナノジョージ3番手でしたが、カツノコバンが上って3番手、フエートノーザンはいつも通り中段、5番手に控えます。
スローペースで淡々と流れ、残り600mでフエートノーザンが仕掛けます。
3-4コーナーで、凄い足で前を交わし去り、先頭で直線を向きます。
イナリワンは、逃げたヒデノファイターを見て走っていたのが、出し抜けを食わされました。

イナリワンの宮浦騎手は、フエートノーザンの早仕掛けにたまげた事でしょう。
いくら直線200m少々と短いとは言え、600mも速い脚を使えるのは、超一流馬のみです。
恐らく2番手から、強引に先頭に立てば、レベルが高い南関東公営馬ですから、そのまま押し切れると計算したのではないでしょうか?

直線向いて、先頭で脚色衰えないフエートノーザンに1馬身半差ついては、どうしようもありません。
逃げたヒデノファイターは、直線すぐにつぶれ、イナリワンはフエートノーザンを追いかけますが、差は縮まりません。
フエートノーザン優勝、2着はイナリワン、3着は追い込んで来たボールドヒューマ。

最後、脚色が一緒となっただけに、イナリワンがフエートノーザンと一緒に上って行ければ、勝負は分からなかったと思います。
これはアンカツの好騎乗を褒めるべきでしょうね。
2着に敗れたとは言え、イナリワンは復調を印象付ける走りでした。

1着 フエートノーザン 2:49.8
2着 イナリワン 1 1/2
3着 ポールドヒユーマ 1 1/2

フエートノーザンはこの後、暮れの東海ゴールドカップ(JRAの有馬記念に相当)でも優勝し、この年の公営馬の獲得賞金No1となります。

第1回全日本サラブレッドカップは、好メンバーのレベルの高いレースでしたが、翌年、このレースにさらに箔が付く事が起こります。
中央に移籍し、天皇賞春、宝塚記念、有馬記念に優勝したイナリワンは、JRA年度代表馬となります。
そしてフエートノーザンは、JRA年度代表馬を子ども扱いした馬として、名を上げます。
しかし残念ながら、イナリワンが年度代表馬となった時には、フエートノーザンはこの世にいませんでした。

次回は、平成三強物語外伝として、フエートノーザンについて書きます。

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2012年2月 1日 (水)

平成三強物語 - 1988年 イナリワン(2)

競馬には、あいつさえいなければ・・・と言う事は良くありますが、平成の初めに、3頭の偉大なサラブレッドが、しのぎを削って、GⅠレースを取り合った時代がありました。
これは、昭和の3強、トウショウボーイ、テンポイント、グリーングラスになぞらえ、この3頭を平成3強と呼びました。

オグリキャップ・・・1988、1990 有馬記念、1989 マイルCS 1990 安田記念
イナリワン・・・1988 東京大賞典(大井)、1989 天皇賞春 1989 宝塚記念 1989 有馬記念
スーパークリーク・・・1988 菊花賞、1989 天皇賞秋、1990 天皇賞春

今回は、イナリワンの4歳前半のレースについて書きます。
最初にこのページを読む前に、これまでの平成三強物語のイナリワンの話、平成三強物語 - 1986年-1987年 イナリワン(1)を一読願います。

イナリワンは、1988年最初のレースを3月3日大井競馬場の金盃(大井重賞ダ-ト2000m)に出走しました。
1番人気は前走条件戦、ウインターC(大井B1ダート1800m)を2馬身差勝利したチヤンピオンスター
2番人気イナリワン。
3番人気は大井競馬場の帝王、的場文男騎手が乗る5歳のシナノジョージ。
馬場は泥んこの重馬場となりました。

レース結果は直線抜け出したチャンピオンスターが、2着シナノジョージに4馬身差をつけて快勝。
イナリワンは、さらに1馬身差3着と敗れました。

1着 チヤンピオンスター 2:05.8
2着 シナノジョージ 4
3着 イナリワン 1

この3日後、JRAでオグリキャップが、華々しいデビューを飾りますが、それはまた別の機会に。


4月13日イナリワンは、当時としては数少ないJRA、全国公営競馬交流レース、帝王賞(大井重賞ダート2000m)に出走して来ました。
現在統一GⅠレースで、6月下旬に開催される帝王賞も、当時は4月中旬開催でした。

1番人気、大井競馬場と言う事もあるのか、多分に鞍上の的場文男人気もあったでしょうシナノジョージ。
2番人気イナリワン。
3番人気チヤンピオンスター
ついでに、4番人気JRAのメジロゴスホーク、5番人気JRAのローマンプリンス。

他の南関東勢は、1987年の東京大賞典に3着しているストロングフアイタ、1987年重賞の戸塚記念優勝のマルケンアキーラ、古豪スーパーミスト、1月に報知グランプリCに優勝し、金盃も4着だったイーグルシヤトーと好メンバーが揃いました。
公営他地区から、1987末、高崎大賞典(高崎競馬場限定でJRAの有馬記念に相当)を勝っているカツノコバン、北海道の強豪ホロトウルフが出走して来ました。
ついでに(笑)JRAからは、当時GⅢのフェブラリーHを勝利したローマンプリンス、札幌3歳S(現2歳S)優勝、GⅢのウインターSを2着したガルダンサー、オープン特別仁川S勝ちのメジロゴスホーク等が出走して来ました。

今でこそ、地方競馬場で行われる、ダートの交流競走は、JRAの独壇場ですが、その頃はダートではJRAは地方勢、特に南関東勢には、歯が立ちませんでした。
当日は雨で、またもや泥んこの重馬場となります。

イーグルシヤトーが逃げ、インターシオカゼ、マルケンアキーラ、ガルダンサー、チヤンピオンスターの順に進みます。
その後ろのグループに、シナノジョージやイナリワン。
3コーナー過ぎにシナノジヨージ、ガルダンサーが上がって行き、インコースに入れていたチヤンピオンスターもスムーズに外に出します。
4コーナー回って、外から良い手ごたえで上がって来たチヤンピオンスターが、先団を捉え追い出すと、先頭に躍り出ます。

直線向いてシナノジヨージが追い込み、チヤンピオンスターを追走して差を詰めますが、残り100m、脚色が一緒になってしまいました。
ストロングフアイタも突っ込んで来ますが、チヤンピオンスター、シナノジヨージの追い比べには及ばず。
1着チヤンピオンスター、2着シナノジヨージ、3着ストロングフアイタ。
イナリワンは良いところなく7着、JRA勢は8着ガルダンサーが最高。

1着 3枠 4番 チヤンピオンスター 牡4 56 桑島孝春 秋谷元次 2.07.0 3人
2着 1枠 1番 シナノジヨージ 牡5 56 的場文男 松浦備 3/4身 1人
3着 7枠 11番 ストロングフアイタ 牡5 56 早田秀治 飯野貞雄 2身 10人
4着 5枠 8番 マルケンアキーラ 牡4 56 佐々木竹見 物井栄 1身 6人
5着 3枠 3番 スーパーミスト 牡5 56 赤嶺本浩 渥美忠男 3/4身 12人
6着 5枠 7番 カツノコバン 牡4 56 加藤和宏 渋谷武久 3/4身 11人
7着 2枠 2番 イナリワン 牡4 56 宮浦正行 福永二三雄 1/2身 2人
8着 7枠 12番 ガルダンサー 牡4 56 横山典弘 久恒久夫 2 1/2身 9人
9着 4枠 5番 メジロゴスホーク 牡4 56 村本善之 大久保正陽 3身 4人
10着 8枠 13番 イーグルシヤトー 牝5 54 堀千亜樹 大山二三夫 クビ 7人
11着 6枠 10番 ローマンプリンス 牡7 55 増沢末夫 佐藤征助 4身 5人
12着 4枠 6番 ブルーケート 牡5 56 石崎隆之 栗田繁 2身 14人
13着 6枠 9番 ホロトウルフ 牡4 56 佐々木一夫 黒川武 大差 13人
14着 8枠 14番 インターシオカゼ 牡4 56 鹿戸雄一 久保田金造 大差 8人


8月10日イナリワンは、関東盃(大井重賞ダート1600m)に出走しました。

1番人気は、前走クイーン賞(船橋重賞ダート1800m)優勝のイーグルシャトー。
2番人気は、前走帝王賞(大井重賞ダート2000m)2着のシナノジヨージ。
3番人気は、南関東公営トップジョッキー、石崎騎手騎乗のオープン馬、ダツシユホウシヨウ。

帝王賞で7着に敗れたイナリワンは、人気を落として4番人気。

またまた重馬場となり、イーグルシヤトーが4馬身差優勝、2着スーパーミスト、シナノジヨージは4着、イナリワンは5着に敗れます。

1着 イーグルシヤトー 1:39.4
2着 スーパーミスト 4
3着 ハッピーシャトー 1/2

イナリワンにとって、1600mは距離不足だったでしょうね。

1988年のイナリワンのレースは、いずれも重馬場で勝てず・・・いつしか重下手というレッテルを張られてしまいました。
でも、ダートの重馬場は、時計が速くなります。
芝のGⅠを勝つスピードのあるイナリワンが、ダートの重下手なんて事があるのでしょうか?
自分の個人的見解は、この時イナリワンは、不調だったんだと思います。

11月2日イナリワンは、ハンデ戦の東京記念(大井重賞ダート2400m)に出走しました。

1番人気は、前走オールカマー(中山GⅡ芝2200m)では15着惨敗しましたが、この年重賞3勝のチヤンピオンスター、斤量57.5kg。
2番人気は、前走おおとり賞(大井オープンダート2000m)勝利のスーパーミスト、斤量54kg。
3番人気は、イナリワン、斤量54kg。

ハンデ戦らしく荒れ、人気薄のダツシユホウシヨウが1馬身差で優勝。
2着も斤量に恵まれた、人気薄のアラナスモンタ。
3着にイナリワン。

1着 ダツシユホウシヨウ 2:35.9
2着 アラナスモンタ 1
3着 イナリワン 1/2

1番人気のチヤンピオンスターは7着に敗れ、その後骨折が判明し、およそ2年休養します。

次回は平成三強物語外伝として、チヤンピオンスターについて書きます。

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2012年1月11日 (水)

平成三強物語 - 1986年-1987年 イナリワン(1)

競馬には、あいつさえいなければ・・・と言う事は良くありますが、平成の初めに、3頭の偉大なサラブレッドが、しのぎを削って、GⅠレースを取り合った時代がありました。
これは、昭和の3強、トウショウボーイ、テンポイント、グリーングラスになぞらえ、この3頭を平成3強と呼びました。

オグリキャップ・・・1988、1990 有馬記念、1989 マイルCS 1990 安田記念
イナリワン・・・1988 東京大賞典(大井)、1989 天皇賞春 1989 宝塚記念 1989 有馬記念
スーパークリーク・・・1988 菊花賞、1989 天皇賞秋、1990 天皇賞春

今回は、平成三強では最も地味(笑)なイナリワンの2歳デビューから3歳までについて書きます。
ちなみに、映像があったら、紹介したいところですが、この頃まだ大井競馬所属で、残念ながら映像はありません。
今回は、文章のみの紹介となります。

1986と言えば、時はバブル景気のはしりの時代。
それまでと変わって、世の中の景気が良くなり、仕事があふれ出て来ていました。
特に、土建業、建設業の景気の良さは、半端ではなく、徐々に地上げが出ていた頃です。
立ち退かないビルに、嫌がらせにトラックが突っ込んだのが、ニュースになりました。
1か月ぶりに行くと、ビルがさら地になっていたりしましたね。

競馬では、にわか馬主が増え、新馬戦もフルゲートでした。

イナリワンの父は、ミルジョージ。
日本人オーナーでアメリカで走り、4戦2勝でしたが足元が弱く引退。
ミルジョージの父は、ヨーロッパで活躍した伝説の名馬で名種牡馬、ミルリーフでしたので、日本で種牡馬になりました。
ミルジョージは中央競馬でも活躍馬を出しましたが、種牡馬2年目、1984年東京王冠賞(大井重賞ダート2600m)、1985年報知グランプリカップ(船橋重賞ダート1800m)、1985年金盃(大井重賞ダート2000m)、1985年ダイオライト記念(船橋重賞ダート2400m)、1985年帝王賞(大井重賞ダート2000m)、1985年東京記念(大井重賞ダート2400m)と重賞6勝、その後1985年公営所属馬として初めてジャパンカップ(東京GⅠ芝2400m)2着した、ロッキータイガーが出ます。
その後も公営、中央、芝、ダート問わず活躍馬を出し、1989年には公営競馬でリーディングサイアーとなりました。
代表産駒はイナリワン、ロッキータイガー、オサイチジョージ、ロジータ、エイシンサニー、ユートジョージ、リンデンリリー、ヤシマソブリン、ユーセイトップラン、ミルコウジ、ツキノイチバン等。
中央競馬でも、上位の種牡馬成績でした。
奥手の産駒が多く、種牡馬当初は、芝、ダートとも長距離に適性がある馬が多かったです。

母テイトヤシマは、祖父大種牡馬ネバーセイダイを通るナスルーラー系。
繁殖牝馬としては活躍せず、ここまで5頭出産して、出走出来た馬は1頭のみ。
その1頭、ミカホーマーは中央競馬で3勝しましたが、次のイナリワンを出産した後、用途変更となりました。
イナリワンが活躍しても、再び繁殖に戻らなかったという事は、結末は推して知るべしでしょう。

イナリワンがデビューしたのは、地方競馬で最もレベルが高い南関東・・・南関東でもレベルが高い大井競馬です。
今でこそ、地方競馬場で行われる、ダートの交流競走は、JRAの独壇場ですが、その頃はダートではJRAは地方勢、特に南関東勢には、歯が立ちませんでした。

イナリワンのデビューは、12月9日。ダート1000m短距離戦です。
出典は失念しましたが、このレースでイナリワンは出遅れました。
競馬を知る人ならお分かりのように、新馬戦とは言え、短距離戦での出遅れは、致命的です。
鞍上の大井競馬のベテラン、宮浦正行騎手は、勝てないだろうが、直線どこまで伸びるか試してみようと、後ろからついて回りました。
直線、先行集団に取り付くと、凄い脚で並ぶ間なく交し、4馬身差をつけて圧勝しました。

同日、大井競馬時代のライバルとなる、チヤンピオンスターが、別のレースでデビューしていたのは、興味深い偶然です。

2戦目は、翌年1月2日のレースを予定していましたが、ゲートに頭を強打して出走取り消し。
春まで休養に入りました。
そのレースでは、チヤンピオンスターも出走しており、同レースで勝利しました。
イナリワンが万全で出走していたらどうなったか、興味深いところです。

イナリワンの大井時代の同年代には、この後無敗で羽田盃(JRAの皐月賞に相当)を制したシナノデービス、勝ち味に遅いながら不思議と大きいレースで活躍したアラナスモンタがいて、強豪揃いでした。

イナリワンのレース復帰は、同年5月20日。
大井競馬の3歳条件戦、ダート1500mで2着に2馬身差の勝利。

6月14日、大井競馬の3歳条件戦、ダート1600mで2着に1馬身差の勝利。

6月28日、大井競馬の3歳条件戦、ライラック特別ダート1600mで、2着に1馬身1/2差の勝利。

8月21日、大井競馬の3歳条件戦、りんどう特別ダート1600mで、2着に2馬身1/2差の勝利。

9月23日、大井競馬の3歳オープン競争、トウインクルエイジCダート1700mで、2着に1馬身1/2差の勝利。

取り消しを挟んで、6戦全勝を飾りました。

チヤンピオンスターは、トライアルとも言うべき黒潮杯(JRAの弥生賞に相当)には勝ったものの、クラッシック本番の羽田盃は回避、東京ダービーは4着と敗退しました。

11月11日、イナリワンは、南関東クラッシックの最後の1冠、東京王冠賞(大井ダ2600m)に出走しました。
JRAの菊花賞(京都GⅠ芝3000m)に相当します。

1番人気は6戦全勝のイナリワン。
2番人気は春に京浜盃(大井重賞ダート1700m)優勝で、このレース休み明けのクリノロイヤル。
3番人気は前走条件特別を勝ったテイードリーム。

前走サマーカップ7着と惨敗したチヤンピオンスターは、6番人気と、人気を落としていました。

このレースも映像もなく、レース展開情報もありませんので結果を書きます。
レースは人気通り、イナリワンが1馬身差をつけて優勝、2着はチヤンピオンスターでした。

1着 イナリワン  2:52.7
2着 チヤンピオンスター 1
3着 マルケンアキーラ 5

イナリワンは、公営のグランプリレース、東京大賞典には向かわずに、12月28日に船橋競馬の東京湾カップ(船橋重賞ダート2000m)に出走します。

1番人気は7戦全勝のイナリワン。
2番人気は前走東京王冠賞(大井ダ2600m)3着のマルケンアキーラ。
3番人気は前走東京王冠賞(大井ダ2600m)5着のハセカツガルー。

このレースも映像もなく、レース展開情報もありませんので結果を書きます。

1着 イナリワン  2:10.4
2着 マルケンアキーラ アタマ
3着 ハセカツガルー クビ

8戦全勝のイナリワンは、翌年さらなる飛躍が来ると思われていたのですが・・・

次回は、公営笠松競馬時代の、オグリキャップについて書きます。

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2011年12月17日 (土)

平成三強物語 - 1990年 宝塚記念(阪神GⅠ芝2200m)

競馬には、あいつさえいなければ・・・と言う事は良くありますが、平成の初めに、3頭の偉大なサラブレッドが、しのぎを削って、GⅠレースを取り合った時代がありました。
これは、昭和の三強、トウショウボーイ、テンポイント、グリーングラスになぞらえ、この3頭を平成三強と呼びました。

オグリキャップ・・・1988、1990 有馬記念、1989 マイルCS 1990 安田記念
イナリワン・・・1988 東京大賞典(大井)、1989 天皇賞春 1989 宝塚記念 1989 有馬記念
スーパークリーク・・・1988 菊花賞、1989 天皇賞秋、1990 天皇賞春

天皇賞春(京都GⅠ芝3200m)に勝利したスーパークリーク、惜しくも惜敗したイナリワン、そして安田記念(東京GⅠ芝1600m)を快勝したオグリキャップは、再び宝塚記念(阪神GⅠ芝2200m)で、対決するはずでした。
安田記念で、オグリキャップへの見事な騎乗振りを見せた武豊は、ここではスーパークリークに騎乗する約束でした。
本来であれば、昨年までのジョッキー、南井克己が乗るはずですが、理由は不明ながら、海外に行ってしまいました。
これほどのスーパーホースにも関わらず、オグリキャップの鞍上が未決定だったのです。

オグリキャップの最初のジョッキー、河内洋は、大きな騎乗ミスはありませんでしたが、タマモクロスに敵(かな)わなかったため、騎乗振りに積極性がないとの理由で、降ろされました。
今さら、騎乗依頼なんて出来なかったでしょう。
次のジョッキー岡部幸雄は、1回きりと言う条件で騎乗しましたが、この宝塚記念には、ヤエノムテキに乗る予定でした。
そのため、宝塚記念のみのコンビとして、若手有望ジョッキー、岡潤一郎が騎乗する事となりました。

岡が若いが故に、オグリキャップの騎乗の不安について、競馬記者がインタビューした際、「あれだけの凄い馬(オグリキャップの事)だから、またがっているだけで、勝てるんじゃないですか?」と答えました。
岡は、トップジョッキーを期待される、若くして上手なジョッキーだったのですが、1993年1月30日のレースで落馬した際ヘルメットが脱げ、馬に頭を蹴られ、頭部損傷が原因で、才能が花開かないまま、帰らぬ人となりました。

3強が出て来ては、敵(かな)う訳がないと、出走頭数が減りました。
直前にスーパークリークが、筋肉痛で出走を取り消し、残念ながら平成3強揃っての対決は実現しませんでした。
スーパークリークはその後、凱旋門賞出走も予定していましたが、宝塚記念を取り消した事で、プランは白紙に戻りました。
イナリワンは、予定通り出走。それでも10頭と、出走頭数は少なかったのです。

その年、阪神競馬場の芝が傷んで、ボロボロの状態でした。雨が多かったからなのか、記憶は定かじゃありません。
4コーナーから直線ゴールまでにかけては、まるでダートコースに見えるような、あちこち土が剥き出しになり、ところどころ芝が生えているような状態でした。

ゲートが開いて、是が非でも行こうとする馬はなく、逃げ宣言をしたシンウインドがゆるりと先頭に立ちます。
オサイチジョージは直後の2番手、オグリキャップは早目4番手、ヤエノムテキ、バンブーメモリーは中団、イナリワンは最後方から2番目。
スタートからの3F(600m)は35.7と平均ペースくらい・・・いや馬場を考えると、ちょっとハイペース気味。

レースは淡々と流れ、1000m通過が61.1と、馬場を考えると、やや早いくらいのペース。
3コーナーから、オサイチジョージが、逃げるシンウインドに被さって来ます。
オグリキャップは、馬なりで3-4番手を追走。

3-4コーナーで、オサイチジョージは、逃げるシンウインドを捕え、交して行きます。
4コーナー手前で、ここが勝負どころと、オグリキャップが上がって来ます。
同様に、オグリキャップの後ろから、ヤエノムテキ、イナリワンが差を詰めます。

オサイチジョージの丸山ジョッキーは、オグリキャップの末脚を考えると、オグリキャップがスパートする前に、離して置きたかったでしょうね。
4コーナー手前でスパートして、後続を離しにかかります。

4コーナー回って、岡が追い出すと、モタモタする仕草は見せますが、その後の加速は見られません。
脚色は、意外な事にオサイチジョージと変わらず・・・いっこうに差が縮まりません。

オグリキャップの後方から、ヤエノムテキが突っ込んで、オグリキャップとの差を縮めます。
オサイチジョージが、3 1/2馬身差で優勝、GⅠ初制覇。
オグリキャップは、何とか2着を確保、しかも信じられない事に、後ろから来たヤエノムテキに、1/2馬身差まで詰め寄られました。
平成三強のもう1頭、イナリワンは、天皇賞春の激闘が応えたのか、直線伸びず4着。

1着 オサイチジョージ 2.14.0
2着 オグリキャップ 3 1/2
3着 ヤエノムテキ 1/2

レースの上り3Fは、37.3とダート並みのタイム。
馬場が悪かった割に、ペースが速かった事もあるでしょうが、この日の直線の馬場が、どれだけ荒れていたか、分かろうと言うものです。

鞍上が若い岡潤一郎だったせいか、騎乗ミスと言う声が大きかったのも事実です。
岡は、非難には沈黙で応えました。

果たして、岡の騎乗ミスだったでしょうか?自分は違うと思います。
自分に競馬を教えてくれた師匠は、最悪だった荒れ馬場コンディションの適性ではないか?と言っていました。
たしかに荒れ馬場は、スピードを封殺した事は事実です。
しかしオグリキャップはダート競馬中心の公営出身、ダートも走る訳で、釈然としないものがありました。

オグリキャップは、レース直後に両前脚に骨膜炎を発症し、アメリカ遠征も中止となりました。
オグリキャップが、春になかなか調子が上がらなかったのも、脚部が思わしくなかったのでしょうか?
そして少なからず、前走の安田記念の激闘が影響していたようにも、思えてなりません。

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2011年12月14日 (水)

平成三強物語 - 1990年 天皇賞春(京都GⅠ芝3200m)

競馬には、あいつさえいなければ・・・と言う事は良くありますが、平成の初めに、3頭の偉大なサラブレッドが、しのぎを削って、GⅠレースを取り合った時代がありました。
これは、昭和の三強、トウショウボーイ、テンポイント、グリーングラスになぞらえ、この3頭を平成三強と呼びました。

オグリキャップ・・・1988、1990 有馬記念、1989 マイルCS 1990 安田記念
イナリワン・・・1988 東京大賞典(大井)、1989 天皇賞春 1989 宝塚記念 1989 有馬記念
スーパークリーク・・・1988 菊花賞、1989 天皇賞秋、1990 天皇賞春

4月29日、スーパークリーク、イナリワンにとって、春の第一目標の天皇賞春(京都GⅠ芝3200m)。
1990年初めには、オグリキャップも出走するレースの候補に挙げていましたが、オグリキャップには3200mは長過ぎたでしょうね。

前走快勝のスーパークリーク1番人気、前走62kgを背負って惨敗ながらも、年度代表馬の貫禄かイナリワン2番人気、前走惨敗ながらもサクラホクトオー3番人気、阪神大賞典でイナリワンを負かしたオースミシャダイ4番人気。

ゲートが開いて、押っつえるようにショウリテンユウが逃げ、ミスターシクレノン2番手、3番手ランニングフリー、4番手カシマウイング、中段にイナリワン、後方にスーパークリーク。
イナリワンとスーパークリークは、この時点では有馬記念(中山GⅠ芝2500m)と位置が逆です。
しかし1週目のホームストレッチから、ペースが遅いと見たのか、スーパークリークが徐々に上がって行き、最初のスタンド前には、先団に取り付き3、4番手。
仕掛けが早くないか?

イナリワンは、阪神大賞典(阪神GⅠ芝3000m)の時のように、行きたがり、口を割る(ジョッキーが手綱を抑えているが馬が行きたがり口が開いてしまう)しぐさを見せます。

そのまま向こう正面の坂のアップダウン、3コーナー過ぎからスーパークリークはショウリテンユウ、ミスターシクレノンに並びかけ、先頭に踊り出る勢い。
3-4コーナーには勝負所と、イナリワンも上がって行きます。

大外まわして、直線先頭にたったスーパークリークの外からイナリワンが追走します。
スーパークリークの内側で、カシマウイングが粘ります。
イナリワンの脚色良く、カシマウイングを並ぶ間なく交わし、スーパークリークに1/2馬身差まで迫りますが、スーパークリークも2枚腰で抜かさせません。
後はそのまま脚色変わらず。今回は、スーパークリークが優勝、1/2馬身差で2着はイナリワン。
スーパークリークの鞍上、武豊は、早目に先行し、追い込んで来たイナリワンを封じ、絶妙のペース判断でした。

イナリワンは、道中引っかからなければ(行きたがらずスムーズな競馬をする事)、結果はどうなったでしょうか?
それでも負けて強し。さすが、平成三強と言ったレース振りでした。

1着 スーパークリーク 3.21.9
2着 イナリワン 1/2
3着 カシマウイング 1 3/4

※2 馬の年齢表記は、現在のものに改めて記載しています


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