H3103.オグリキャップ

2015年1月31日 (土)

平成三強物語 まとめページ

競馬には、あいつさえいなければ・・・と言う事は良くありますが、平成の初めに、3頭の偉大なサラブレッドが、しのぎを削って、GⅠレースを取り合った時代がありました。
これは、昭和の3強、トウショウボーイ、テンポイント、グリーングラスになぞらえ、この3頭を平成3強と呼びました。

オグリキャップ・・・1988、1990 有馬記念、1989 マイルCS 1990 安田記念
イナリワン・・・1988 東京大賞典(大井)、1989 天皇賞春 1989 宝塚記念 1989 有馬記念
スーパークリーク・・・1988 菊花賞、1989 天皇賞秋、1990 天皇賞春

平成三強物語は当初、平成三強が相まみえた1989年秋シーズンから開始しましたが、その後平成三強のデビューにさかのぼり、1989年春シーズンまで書きました。
残念ながら、ココログは、ブログ記事の順番を自由には変えられないようです。
そのため、平成三強物語のカテゴリを開いても、時系列がバラバラです。
そこで、このページで、時系列に並べてリンクする事にしました。

長い期間の執筆だったので、書き方が途中で変化したりしましたが、気が付いた範囲で修正しました。
スーパークリークの扱いが雑だったので、1記事から3記事に分け、追記しました。
1989年のイナリワンの記事を修正して、2記事から3記事に分けました。
1989年 オールカマー(中山GⅡ芝2200m)、1989年、1990年 京都大賞典(京都GⅡ芝2400m)を新たに加筆しました。

本当はこの当時活躍した外国馬、トニービン、ホーリックス、ベタールースンアップの外伝も書きたいところだったのですが、レース映像が少ないので断念しました。

なお、可能な限り修正はしましたが、その後映像のデッド・リンクも出るでしょう、ご容赦願います。

平成三強物語 - 1986年-1987年 イナリワン(1)

平成三強物語 - 1987年-1988年 オグリキャップ(1)

平成三強物語 - 1988年 イナリワン(2)

平成三強物語外伝 - チヤンピオンスター

平成三強物語 - 1988年 スーパークリーク(1)

平成三強物語 - 1988年 オグリキャップ(2)

平成三強物語外伝 - ヤエノムテキ

平成三強物語外伝 - タマモクロス

平成三強物語 - 1988年 毎日王冠(東京GⅡ芝1800m) オグリキャップ(3)

平成三強物語 - 1988年 スーパークリーク(2)

平成三強物語 - 1988年 天皇賞秋(東京GⅠ芝2000m) オグリキャップ(4)

平成三強物語 - 1988年 菊花賞(京都GⅠ芝3000m) スーパークリーク(3)

平成三強物語外伝 - サッカーボーイ

平成三強物語 - 1988年 全日本サラブレッドカップ(笠松重賞ダート2500m) イナリワン(3)

平成三強物語外伝 - フエートノーザン

平成三強物語 - 1988年 ジャパンカップ(東京GⅠ芝2400m) オグリキャップ(5)

平成三強物語 - 1988年 有馬記念(中山GⅠ芝2500m)

平成三強物語 - 1988年 東京大賞典(大井重賞ダート3000m) イナリワン(4)

平成三強物語 - 1989年 イナリワン(5)

平成三強物語 - 1989年 天皇賞春(京都GⅠ芝3200m) イナリワン(6)

平成三強物語 - 1989年 宝塚記念(阪神GⅠ芝2200m) イナリワン(7)

平成三強物語 - 1989年 オールカマー(中山GⅡ芝2200m)

平成三強物語外伝 - ロジータ

平成三強物語 - 1989年 毎日王冠(東京GⅡ芝1800m)

平成三強物語 - 1989年 京都大賞典(京都GⅡ芝2400m)

平成三強物語 - 1989年 天皇賞秋(東京GⅠ芝2000m)

平成三強物語 - 1989年 マイルチャンピオンシップ(京都GⅠ芝1600m)

平成三強物語 - 1989年 ジャパンカップ(東京GⅠ芝2400m)前編

平成三強物語 - 1989年 ジャパンカップ(東京GⅠ芝2400m)後編

平成三強物語 - 1989年 有馬記念(中山GⅠ芝2500m)

平成三強物語 - 1990年 阪神大賞典(阪神GⅡ芝3000m)

平成三強物語 - 1990年 産經大阪杯(阪神GⅡ芝2000m)

平成三強物語 - 1990年 天皇賞春(京都GⅠ芝3200m)

平成三強物語 - 1990年 安田記念(東京GⅠ芝1600m)

平成三強物語 - 1990年 宝塚記念(阪神GⅠ芝2200m)

平成三強物語 - 1990年 京都大賞典(京都GⅡ芝2400m)

平成三強物語 - 1990年 天皇賞秋(東京GⅠ芝2000m)

平成三強物語 - 1990年 ジャパンカップ(東京GⅠ芝2400m)

平成三強物語 - 1990年 有馬記念(中山GⅠ芝2500m)

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平成三強物語 - 1989年 オールカマー(中山GⅡ芝2200m)

競馬には、あいつさえいなければ・・・と言う事は良くありますが、平成の初めに、3頭の偉大なサラブレッドが、しのぎを削って、GⅠレースを取り合った時代がありました。
これは、昭和の三強、トウショウボーイ、テンポイント、グリーングラスになぞらえ、この3頭を平成三強と呼びました。

オグリキャップ・・・1988、1990 有馬記念、1989 マイルCS 1990 安田記念
イナリワン・・・1988 東京大賞典(大井)、1989 天皇賞春 1989 宝塚記念 1989 有馬記念
スーパークリーク・・・1988 菊花賞、1989 天皇賞秋、1990 天皇賞春

今回は、平成三強の中心とも言うべき、オグリキャップの1989年休み明け、オールカマー(中山GⅡ芝2200m)について書きます。

明けて1989年、オグリキャップには、更なる飛躍が待っているはずでしたが、馬主の佐橋氏が脱税によって馬主資格を喪失しました。
それを近藤俊典氏が買いましたが、後にその金額は、2年間5億5千万だったと言われています。
当時のGⅠレースは、現在とは違い、1億未満から、1億少々・・・最低年間GⅠ3勝、またはGⅠ2勝でも、GⅡも2勝位しなければ、赤字でした。

さらに、右前脚の球節捻挫、その後繋靭帯炎を発症し、春シーズンを全休。
復帰戦として、当初毎日王冠の予定を繰り上げて、9月17日にオールカマー(中山GⅡ芝2200m)に出走して来ました。
しかも1989年のジョッキーは、タマモクロスで一流ジョッキーの仲間入りをした、豪腕南井克己騎手。

圧倒的1番人気は、単枠指定のJRAのオグリキャップ。
単枠指定とは、この頃馬連はありませんでしたので、特に人気がかぶりそうな馬は、人気馬が取り消したら払い戻しされるよう、その枠に人気馬1頭しか入れない制度です。
2番人気は宝塚記念で人気になったが、期待に応えられなかったJRAのキリパワー。
3番人気は公営川崎競馬所属、牝馬で南関東公営牡馬クラッシック2冠のロジータ。
オールカマーは当時、ジャパンカップ(東京GⅠ芝2400m・・・以後JC)の地方出走馬決定レースでした。

逃げたのはJRAのベルクラウン、2番手はJRAのミスターブランディ、3番手は公営名古屋競馬場所属のサンリナール。
オグリキャップは5番手と、中段前目に付けました。
スタートからの3F(600m)は36.2、1000m通過は1分1秒6とスロー気味の展開。
3-4コーナーでは徐々に上って行き、4コーナーを4番手で回りましたが、ベルクラウンを交して先頭に立ったミスターブランディまで、まだ5馬身くらいありました。
直線馬なりで3番手まで進出して、残り300m弱で鞍上南井騎手が軽く気合を入れると、次元の違う脚を繰り出し100m手前に先頭に立つと、手綱を抑えたのに後方を1馬身3/4置き去りにする快勝。
2着はインコースを突いて伸びて来たオールダッシュ、3着は逃げ粘ったミスターブランディ。

1着 オグリキャップ 2.12.4 レコード
2着 オールダッシュ 1 3/4
3着 ミスターブランディ 1 3/4

オグリキャップは、追えばもっと後方を引き離したでしょう。
着差以上の、大楽勝でした。

ジャパンカップ出走権を賭けた公営馬最先着は、3番人気のロジータが5着に入り、切符を手に入れました。

オグリキャップは次走、毎日王冠(東京GⅡ芝1800m)で、イナリワンとの死闘を繰り広げます。

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2014年12月27日 (土)

平成三強物語 - 1988年 有馬記念(中山GⅠ芝2500m)

競馬には、あいつさえいなければ・・・と言う事は良くありますが、平成の初めに、3頭の偉大なサラブレッドが、しのぎを削って、GⅠレースを取り合った時代がありました。
これは、昭和の3強、トウショウボーイ、テンポイント、グリーングラスになぞらえ、この3頭を平成3強と呼びました。

オグリキャップ・・・1988、1990 有馬記念、1989 マイルCS 1990 安田記念
イナリワン・・・1988 東京大賞典(大井)、1989 天皇賞春 1989 宝塚記念 1989 有馬記念
スーパークリーク・・・1988 菊花賞、1989 天皇賞秋、1990 天皇賞春

最初にこのページを読む前に、平成三強物語 - 1987年-1988年 オグリキャップ(1)平成三強物語 - 1988年 オグリキャップ(2)平成三強物語 - 1988年 毎日王冠(東京GⅡ芝1800m) オグリキャップ(3)平成三強物語 - 1988年 天皇賞秋(東京GⅠ芝2000m) オグリキャップ(4)平成三強物語 - 1988年 ジャパンカップ(東京GⅠ芝2400m) オグリキャップ(5)を一読願います。

今回は、オグリキャップとタマモクロスの3度目の対決、1988年12月25日の有馬記念について書きます。

オグリキャップとタマモクロスは、前々走天皇賞秋で初対決し、2000m芝とタマモクロスよりオグリキャップ向きの条件でしたが、タマモクロスの鞍上南井騎手の好騎乗もあり、タマモクロスの勝利。
前走ジャパンカップで対決し、2着タマモクロス、3着オグリキャップと、タマモクロスに先着を許してしまいました。
ちなみにジャパンカップ優勝は、アメリカのペイザバトラー。

現在の馬齢で言うと、この当時のオグリキャップは3歳。
人間の年齢だと、高校生くらいです。
人間で言うと20歳以上の大人のサラブレッドの年齢、4歳のタマモクロスとの差は少なく、負けて強しの内容でした。

そして当時天皇賞秋ジャパンカップと賞金額は同じながら、1年の競馬で最も盛り上がる有馬記念。
それは現在でも、日本の最強馬決定戦と呼んでも良いレースです。

2度もタマモクロスに先着を許したオグリキャップ陣営は、オーナーが鞍上の河内騎手の騎乗に不満を持ち、有馬記念のみ限定で、当時JRAのNo.1騎手と目されていた岡部騎手に変えました。
後付けで考えると、河内騎手の騎乗がベストとは言い難いと思います。
しかし差して勝って来たオグリキャップに、急に乗り方を変えて先行させるなんてしないでしょう。
ジャパンカップ天皇賞秋の敗戦を踏まえ、先行しましたが、勝負どころで前に行けませんでした。

オグリキャップはさらに、やれる事は全てやろうと、事前に初コースの中山競馬場を下見させます。

一方タマモクロスは鞍上南井騎手によると、天皇賞秋ジャパンカップで消耗していて、本調子ではなかったそうです。
タマモクロスは飼い食いの細い馬だったそうで、目一杯のレースを2戦して消耗していた可能性はあります。
この有馬記念を引退レースに、来期から種牡馬になる事が決まっていました。

この有馬記念には、後に平成3強としてしのぎを削る、菊花賞馬スーパークリーク、前走マイルCSを制したサッカーボーイも出走して来ました。
いずれ稀代の名馬で、例年なら4強対決となったでしょうが、しかし今回に限りこの2頭は脇役。
芦毛の主役2頭に、どこまで迫れるか?程度の扱いでした。

1番人気は単枠指定、単賞2.4倍のタマモクロス。
2番人気は単枠指定、単勝3.7倍のオグリキャップ。
3番人気は単枠指定、単賞4.8倍のサッカーボーイ。

単枠指定とは、この頃馬連はありませんでしたので、特に人気がかぶりそうな馬は、人気馬が取り消したら払い戻しされるよう、その枠に人気馬1頭しか入れない制度です。

4番人気は、武豊人気もあったでしょうが、単枠指定にはならなかった単賞7.4倍のスーパークリーク。
ここまでが10倍以下のオッズ。
逆に言えば単枠指定のせいもあったでしょうが、世間的にはサッカーボーイの方が、遥かに高く評価されていた事になります。
サッカーボーイの鞍上は、ジャパンカップまでオグリキャップの主戦だった河内騎手。
タマモクロス、オグリキャップ打倒に燃えていた事でしょう。

サッカーボーイとスーパークリークが参戦したおかげで、タマモクロスとオグリキャップの枠連、6-7は350円も付きました。

ゲートが空いて、サッカーボーイ出遅れで後ろから2番目、同じくスターと悪かったタマモクロスはサッカーボーイの後ろ・・・最後方。
逃げたのは予想通りレジェンドテイオー、2番手ハワイアンコーラル、3番手ランニングフリー。
オグリキャップは、ジャパンカップ同様先団直後で先行、スーパークリークはオグリキャップをマークするようにすぐ後ろに付けました。

スタート3.5F(700m)は43.7と、遅目のペースで、そのせいかどうかハワイアンコーラルは掛かり気味。
1100m通過1分9秒4と、ペースは上らず。
1コーナー手前には、タマモクロスが少し上って、サッカーボーイを交わしました。

3コーナー手前からペースが上り、各馬上がって行きます。
3-4コーナーで勝負どころと、脚のある馬が上って行きました。
2100m通過タイムは2分10秒0。
3-4コーナー中間からタマモクロスも上って行き、オグリキャップのすぐ後ろに付けました。
スーパークリークはじっとして動かず、サッカーボーイはまだ後方のまま。

直緯線向いて、少しレジェンドテイオーは粘るものの、そのまま後続場群に飲み込まれ、その外からオグリキャップ、タマモクロスが交わしにかかります。
満を持して、スーパークリークも追い出しました。
最後方から凄い足で、サッカーボーイが迫って来ます。

これまでの戦いで、勝負どころでは常にタマモクロスが前。
後ろからオグリキャップが追いかけて、どんなに凄い脚を使っても、タマモクロスと同じ脚色になりました。
このレースでは、オグリキャップが前。

オグリキャップは不器用な馬で、急に追い出すと手前を変える(利き脚を変える)のにモタモタするクセがありました。
天皇賞秋、ジャパンカップも、手前を変えてスピードに乗るまで間が空きました。
このレースのオグリキャップの鞍上、岡部騎手は、少しずつオグリキャップを加速させる事で、オグリキャップのモタモタする癖を出させず、スムーズに加速させました。

オグリキャップは物凄い脚で先頭に出、タマモクロスが追いかけますが、脚色同じで差は詰まりません。
馬群を縫ってスーパークリークが突っ込んで来ましたが、これまた脚色同じ。
前のオグリキャップ、タマモクロスを交わせません。
馬群を縫った際に、斜行してメジロデュレンの進路を妨害してしまいました。

サッカーボーイも出色の脚で突っ込んできましたが、中段からオグリキャップ、タマモクロス、スーパークリークに凄い脚を使われては4番手まで。
脚色でもスーパークリークにやや劣り、2500mの距離適性がどうだったか?

オグリキャップが、これまでの芦毛対決の雪辱を晴らして優勝。
優勝タイムの2分33秒9は速いタイムとは言い難いですが、これはペースが遅かった事もあります。
途中スローペースからペースが上がり、長く良い脚で、しかも切れ味が求められる特殊な競馬になりました。
この全てが、適距離とは言えないオグリキャップに、プラスに働いたように思います。

テン乗り(初乗り)ながら、オグリキャップを完璧に御し、かつモタモタするクセを出さなかった岡部騎手、さすがの騎乗でした。
2年後に安田記念、引退レースの有馬記念で騎乗した武豊騎手も、この有馬記念の時と同じ、ゆっくり加速してモタモタするクセを出させませんでした。
美浦の高松邦男調教師は、岡部騎手の有馬記念の騎乗が、最もオグリキャップにフィットしていたと語っています。

後に騎乗した武豊騎手、南井騎手によると、オグリキャップは真面目な馬で、鞍上の指示に素直に従う、乗りやすい馬だったと語っています。
しかし馬群に包まれるのが苦手ですし、モタモタするクセと相まって、誰でも御せる訳ではなかったように思います。

2着は1/2馬身差から、脚色同じで交わすに交わせなかったタマモクロス。
完調状態だったら、結果はどうだったでしょう?
ちなみに、岡部騎手も、完璧な状態で、完璧な騎乗をされたら、いかなオグリキャップでも、タマモクロスに勝てないんじゃないかと思っていたそうです。

3番手、タマモクロスの1/2馬身差で入選したスーパークリークは、進路妨害のため審議となり失格。
3着はスーパークリークから1馬身1/2差、4番手入選したサッカーボーイ。

1着 オグリキャップ 2:33.9
2着 タマモクロス 1/2
3着 サッカーボーイ 1 1/2

いずれ世紀の名馬が4番手までに入賞する、息も詰まるような名レースでした。
そして後にも先にも例がない、世紀の芦毛馬対決でした。
この時点ではスーパークリーク、サッカーボーイの2頭の名馬も、脇役にしか過ぎませんでした。

タマモクロスはこのレースを最後に、引退して種牡馬。
トニービン、サンデーサイレンス、ブライアンズタイム等の外国種牡馬が猛威を振るう中、マイソールサウンド、カネツクロスを始めとする重賞勝ち馬を20頭近く輩出しました。
残念ながら、GⅠ馬は出て来ませんでした。

オグリキャップはこの後、オーナーの佐橋氏が脱税で逮捕され、JRA馬主を剥奪。
その後、近藤氏がオーナーとなりますが、その辺の話は1989年 毎日王冠に書いています。
1989年天皇賞春、または安田記念を目標に調整されますが、2月に球節の捻挫、4月に右前脚に繋靭帯炎を発症して春季を全休。

スーパークリークも1989年天皇賞春を目標に調整しますが、後脚の筋肉痛の状態が回復せず、春期は全休。

サッカーボーイは、出走を予定していたマイラーズC(京都GⅡ1600m)調教中に骨折、秋に復帰したが再び脚部不安を発症して、結果的にこのレースを最後に、引退、社台グループで種牡馬入りします。
当時社台グループの社台スタリオン・ステーションでは、内国産馬は繋養しない方針でしたが、グループ総帥吉田善哉氏次男の吉田勝己氏が、サッカーボーイは種牡馬として成功すると主張して、例外的に認められます。
種牡馬としても成功し、キョウトシチー、ナリタトップロード、ティコティコタック、ヒシミラクル等のGⅠホースを輩出しました。

次回は、イナリワンの南関東公営最後のレース、1988年東京大賞典について書きます。

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2014年12月23日 (火)

平成三強物語 - 1988年 ジャパンカップ(東京GⅠ芝2400m) オグリキャップ(5)

競馬には、あいつさえいなければ・・・と言う事は良くありますが、平成の初めに、3頭の偉大なサラブレッドが、しのぎを削って、GⅠレースを取り合った時代がありました。
これは、昭和の3強、トウショウボーイ、テンポイント、グリーングラスになぞらえ、この3頭を平成3強と呼びました。

オグリキャップ・・・1988、1990 有馬記念、1989 マイルCS 1990 安田記念
イナリワン・・・1988 東京大賞典(大井)、1989 天皇賞春 1989 宝塚記念 1989 有馬記念
スーパークリーク・・・1988 菊花賞、1989 天皇賞秋、1990 天皇賞春

最初にこのページを読む前に、平成三強物語 - 1987年-1988年 オグリキャップ(1)平成三強物語 - 1988年 オグリキャップ(2)平成三強物語 - 1988年 毎日王冠(東京GⅡ芝1800m) オグリキャップ(3)平成三強物語 - 1988年 天皇賞秋(東京GⅠ芝2000m) オグリキャップ(4)を一読願います。

今回は、オグリキャップとタマモクロスの2度目の対決、1988年11月27日のジャパンカップ(東京GⅠ芝2400m・・・以後JC)について書きます。

オグリキャップとタマモクロスは、前走天皇賞秋で初対決し、2000m芝とタマモクロスよりオグリキャップ向きの条件でしたが、タマモクロスの鞍上南井騎手の好騎乗もあり、タマモクロスの勝利。
しかし現在の馬齢で言うと、この当時のオグリキャップは3歳。
人間の年齢だと、高校生くらいです。
人間で言うと20歳以上の大人のサラブレッドの年齢、4歳のタマモクロスとの差は少なく、負けて強しの内容でした。

そして世界中のサラブレッドが参加する、国際招待レース、JC。

この年のJCの話題は、JC初の凱旋門賞(ロンシャンGⅠ芝2400m)優勝馬参戦、トニービン。
これはサッカーに例えるなら、現マンチェスター・ユナイテッドのウェイン・ルーニーが、モンテディオ山形に来て、1年プレイするようなもの。
はたまた野球に例えるなら、現ロサンゼルス・ドジャースのクレイトン・カーショウ(2014シーズンMVP投手)が、横浜ベイ・スターズで1年プレイするようなもの。

トニービンの場合、この時すでに、社台グループに買い取られていて、日本法人オーナーとなっていました。
だからこそ、同年の凱旋門賞馬がJCに出走出来たのです。
以前なら日本人が凱旋門賞馬を買うなんて、夢のような話でしたが、この頃巷はバブル景気で、街の小さな土建屋の社長まで、JRAの馬主になれたくらい、日本津々浦々まで景気が良い時代でした。

余談ですが、前のトニービンのオーナーは、セリエAのペルージャのオーナー、ルチアーノ・ガウッチ氏。
後に中田英寿は、当時J1の湘南ベルマーレからペルージャに移り、セリエAでもセンセーションを引き起こしました。

他にはこの年の目玉が、当時ニュージーランド最強馬と言われ、オーストラリアでも活躍していた、豪州GⅠ9勝馬ボーンクラッシャー。
主な勝ち鞍、コックスプレート(ムーニーヴァレーGⅠ芝2040m)、コーフィールドS(コーフィールドGⅠ芝2000m)、AJCダービー(ロイヤルランドウィックGⅠ芝2400m)、NZダービー(エラズリーGⅠ芝2400m)等。
ボーンクラッシャーのJCにかける思いは、並々ならぬものがありました。

現在でも芝のレースにおいて、競馬の中心はヨーロッパ。
オーストラリアは2-3枚低く見られていましたし、ニュージーランドは更にその格下。
ちなみに日本競馬は更に低く見られ、圏外でしたが。

ヨーロッパの馬とオーストラリア、ニュージーランドの馬が、同一のレースで走れるとあって、オーストラリア、ニュージーランドではJCが注目されていました。
そして1986年、ボーンクラッシャーは当時3歳にしてGⅠ7勝していて、ニュージーランドのアイドルホースで、勝ちっぷりから自信をもってJCのため来日しました。
ところが、南半球と北半球の気候の差か、肺炎を患い残念ながら出走を取り消しました。
女性調教師のF.T.リッチーは、ニュージーランドから駆けつけた2000人余の応援団に、記者会見で涙ながらに謝罪しました。
そしてあれから2年、リベンジを果たそうと再び来日しました。
再びニュージーランドから、再び2千人を越す応援団が来日しました。

他に英セントレジャー(ドンカスターGⅠ芝14F127Y約2937m)、サンクルー大賞(サンクルーGⅠ芝2400m)優勝のムーンマッドネス。
この年の英国際ステークス(ヨークGⅠ芝10F110Y約2092m)優勝のシェイディハイツ。
ちなみにシェイディハイツは、古岡秀人氏が馬主で、翌年から日本で種牡馬になる事が決まっていました。
そのためかシェイディハイツの鞍上は、日本の柴田政騎手でした。
柴田政騎手には申し訳ありませんが、恐らく厩舎側は不満だったろうと想像します。

1番人気は、タマモクロス
2番人気は、トニービン。
3番人気は、オグリキャップ。

事前に何が逃げるのか分かりにくかったのですが、先頭に立ったのはメジロデュレン。
2番手シェイディハイツ、3番手ランニングフリーが続きます。
意外だったのはオグリキャップは先団直後で先行、天皇賞秋とは異なり、タマモクロスが定位置の後方。
凱旋門賞馬トニービンは、オグリキャップのすぐ後ろにつけ、事前にはノーマークの人が多かったであろうペイザバトラーは、タマモクロスのすぐ前。

スタート3F(600m)は37.2と、スローペースで、そのせいかどうか向こう正面ではメジロデュレンを交わして、シェイディハイツが先頭に出ました。
あるいは、掛かってしまったかも知れませんが。
アメリカのセン馬、マイビックボーイが3番手に上りました。

1000m通過が61.4と、依然ペースは緩目に推移します。
このあたりからタマモクロスが、3コーナー手前には中段まで上りました。
これは、鞍上の南井騎手の作戦だったでしょう。
同じタイミングで、ペイザバトラーも少し位置を上げました。

けやきを過ぎたあたりでメジロデュレンが上り、シェイディハイツを交わしにかかります。
そのすぐ外にマイビックボーイ、ペイザバトラー、タマモクロスが上がって行きました。
オグリキャップはあせらず、手綱を絞って先行しています。

直緯線向いて、タマモクロスは先頭に立とうとしました。
天皇賞秋と同様に、押し切りを狙ったのでしょう。
しかしタマモクロスの先頭は叶わず、その内から豪腕でクリス・マッキャロン騎手がペイザバトラーを追い、するすると先頭に立ちました。
その後ろからオグリキャップが追い出し、伸びはするのですが、前にいるタマモクロスと脚色同じ。
それでも南井の豪腕で、ペイザバトラーに迫りますが、ペイザバトラーも良く粘り、タマモクロスは半馬身まで迫ったところでゴール。
オグリキャップも脚色衰えませんでしたが、追い出した位置が悪く、マイビッグボーイをアタマ差交わして、3着に上るのが精一杯。

大方の予想を裏切り、ノーマークのペイザバトラーが優勝しました。
当時のJCは、割と速いペースになりやすく、最初から速いペースで飛ばすアメリカ馬は良い成績でした。
しかし凱旋門賞馬トニービン、日本の2強タマモクロスとオグリキャップ、オーストラリア最強馬ボーンクラッシャーを差し置いて、GⅠ未勝利、GⅡまでしか勝っていないペイザバトラーを本命にした人がどれだけいたか。

鞍上クリス・マッキャロンは、アメリカ競馬有数の名手で、デビュー年の1974年にいきなり当時世界記録の年間546勝した生きる伝説の騎手。
2002年に引退した時は7141勝していました。
騎手の好騎乗もあったでしょうが、この当時日本最強だったタマモクロスとオグリキャップを振り切る馬がいようとは・・・
JCで日本馬がコンスタントに勝つようになるのは、1998年以降で、サンデーサイレンス系の隆盛と重なります。

トニービンは直線で骨折し、5着。
執念の出走を果たしたボーンクラッシャーは、残念ながら見せ場なく8着。
本調子ではなかったのか?はたまた馬場が合わなかったのか?

ちなみにJCは、1992年に国際GⅠに認定されましたが、それ以前は国際的には、グレードなし重賞でした。

1着 ペイザバトラー 2.25.5
2着 タマモクロス 1/2
3着 オグリキャップ 1 1/4

次回は、タマモクロスとオグリキャップ、スーパークリーク、サッカーボーイと言う稀代の名馬が、最初で最後一堂に会した1988年有馬記念について書きます。

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2012年10月27日 (土)

平成三強物語 - 1988年 天皇賞秋(東京GⅠ芝2000m) オグリキャップ(4)

競馬には、あいつさえいなければ・・・と言う事は良くありますが、平成の初めに、3頭の偉大なサラブレッドが、しのぎを削って、GⅠレースを取り合った時代がありました。
これは、昭和の3強、トウショウボーイ、テンポイント、グリーングラスになぞらえ、この3頭を平成3強と呼びました。

オグリキャップ・・・1988、1990 有馬記念、1989 マイルCS 1990 安田記念
イナリワン・・・1988 東京大賞典(大井)、1989 天皇賞春 1989 宝塚記念 1989 有馬記念
スーパークリーク・・・1988 菊花賞、1989 天皇賞秋、1990 天皇賞春

最初にこのページを読む前に、平成三強物語 - 1987年-1988年 オグリキャップ(1)平成三強物語 - 1988年 オグリキャップ(2)平成三強物語 - 1988年 毎日王冠(東京GⅡ芝1800m) オグリキャップ(3)を一読願います。

すいません、またまた、あまりに間隔が空き過ぎましたね。
サーバ入れ替えをして、忙しかったのが理由ですが、とっくに入れ替えは終わり、怠けてました。
そうしたら、JRAの天皇賞のCMですもんね(苦笑)。

これは、書くしかないな・・・と。

今回は、オグリキャップとタマモクロスの初対決、1988年10月30日の天皇賞秋(東京GⅠ芝2000m)について書きます。

オグリキャップはクラッシック登録がなく、菊花賞(京都GⅠ芝3000m)に出走出来ないので、毎日王冠(東京GⅡ芝1800m)を勝利し、天皇賞秋に進みました。
公営笠松から移って以来、ここまで6連勝で、全て重賞勝利です。
同様に、公営から来て連戦連勝したアイドルホース、ハイセイコーのあだ名と同じく、怪物とあだ名されました。
この怪物のあだ名のニュアンスには、想像をはるかに超えた強さ・・・と言うのがあったと思います。

タマモクロスは、ある日400万下の条件戦をぶっ千切って勝って以来、7連勝、内重賞5連勝、GⅠレースは天皇賞春(京都GⅠ芝3200m)、宝塚記念(阪神GⅠ芝2200m)と連勝中です。

1番人気は、オグリキャップ。
2番人気は、タマモクロス
しかも2頭とも、サラブレッドの出生率7%と言う、葦毛馬なのです。
3番人気は、1978年毎日王冠優勝、ここまで重賞5勝、1988年安田記念(東京GⅠ芝1600m)2着の女傑ダイナアクトレス。

他には、1985年日本ダービー(東京GⅠ2400m)優勝馬シリウスシンボリ、1988年天皇賞春2着馬、ランニングフリーも出走して来ましたが、いずれもオグリキャップが毎日王冠で負かしていました。
従いまして、オグリキャップ、タマモクロスのマッチレースムードでした。

逃げたのは、大方の予想通りレジェンドテイオー。飛ばして、先頭に立ちました。
そしてこれまた予想通り、ガルダン、カイラスアモンが続きます。
しかし意外だったのは、その直後にタマモクロスが付けた事。
タマモクロスはここまでのレースで、末脚が切れる印象でしたので、先行するとは思っていませんでした。
もしも競馬場にいたら、観客のどよめきが聞こえて来たかも知れません。
タマモクロス、かかったのか?
オグリキャップは、中団に付けました。

スタート3F(600m)が、35.7のハイペースでしたが、1000m通過が59.4と、逃げたレジェンドテイオーは、少しペースを緩めます。
タマモクロスは馬なりに、2番手につけます。オグリキャップは、中団のまま。
道中ガチャガチャやらず、淡々とそのまま流れます。
直緯線向いて、タマモクロスは余裕たっぷり。馬なりで、先頭のレジェンドテイオーとの差が詰まって行きます。
タマモクロスの南井騎手は、後ろを振り返り、オグリキャップを確認する余裕がありました。
いつも通り中団に付けて、本来なら勝ちパターンのオグリキャップは、追い出します。
タマモクロスが追い出したのは、残り300mくらい。
並ぶ間なしに、レジェンドテイオーを交し、先頭に立ちました。
オグリキャップが凄い脚で、突っ込んで来ました。
しかし1馬身1/4まで差が詰まったところで、タマモクロスとオグリキャップの脚色が一緒になり、態勢そのまま。

タマモクロスが優勝しました。
2着はオグリキャップ、3着は3馬身後方でしたが、粘り込んだレジェンドテイオー。

1着 タマモクロス 1.58.8
2着 オグリキャップ 1 1/4
3着 レジェンドテイオー 3

通常、GⅠレースに出走する場合、トライアルレースを使って、ひと叩きするのが通例です。
タマモクロスの調教師、小原伊佐美は、タマモクロスが飼い食いが細く、レースで使い減りするため、あえてトライアルレースを使わず、調教だけで仕上げる事にしたのだそうです。
南井騎手は恐らく、スピードのあるオグリキャップに、パワーとスタミナで対抗するべく先行して、粘り込む作戦だったのだろうと思います。
このレースの、南井騎手のレース回顧映像がありますが、無難に内容に終始していて、さすがに本音は話さないですね。

オグリキャップは、いつも通りの勝ちパターンで競馬しましたが、相手が悪かった。
オグリキャップの河内騎手は、果たして事前に、タマモクロスの分析をしたのかどうか。
いつも通りの、自分の競馬をすれば、勝てると思っていたのじゃないかと、思います。

葦毛のライバルは、次走ジャパンカップで再戦します。

次回は、1988年菊花賞、スーパークリークについて書きます。

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2012年5月31日 (木)

平成三強物語 - 1988年 毎日王冠(東京GⅡ芝1800m) オグリキャップ(3)

競馬には、あいつさえいなければ・・・と言う事は良くありますが、平成の初めに、3頭の偉大なサラブレッドが、しのぎを削って、GⅠレースを取り合った時代がありました。
これは、昭和の3強、トウショウボーイ、テンポイント、グリーングラスになぞらえ、この3頭を平成3強と呼びました。

オグリキャップ・・・1988、1990 有馬記念、1989 マイルCS 1990 安田記念
イナリワン・・・1988 東京大賞典(大井)、1989 天皇賞春 1989 宝塚記念 1989 有馬記念
スーパークリーク・・・1988 菊花賞、1989 天皇賞秋、1990 天皇賞春

最初にこのページを読む前に、平成三強物語 - 1987年-1988年 オグリキャップ(1)平成三強物語 - 1988年 オグリキャップ(2)を一読願います。

今回は、オグリキャップの3歳秋初戦、1988年10月9日の毎日王冠(東京GⅡ芝1800m)について書きます。

オグリキャップはクラッシック登録がなく、菊花賞に出走出来ないので、毎日王冠を叩き、秋は古馬GⅠ路線、天皇賞秋、ジャパンカップ、有馬記念を目標にしました。
前走、高松宮杯GⅡで、ランドヒリュウ以下、古馬を一蹴したとは言え、毎日王冠では、さらにメンバーのレベルが上がりました。

1985年ダービー馬、シリウスシンボリ、1987年安田記念馬、フレッシュボイスの2頭のGⅠホース。
1988年天皇賞春2着馬、ランニングフリー、1987年毎日王冠優勝、1988年安田記念2着の女傑、ダイナアクトレス、以下、マイネルダビテ、トウショウサミット、マウントニゾン、ウインドストースと、出走馬11頭中、GⅠホースとオグリキャップを含む9頭が重賞勝ち馬です。

2:33からが、毎日王冠の映像です。
ビデオからのデータ変換なのか、画像が悪く申し訳ありません。

1番人気は、オグリキャップ。
2番人気は、昨年の毎日王冠優勝、ここまで重賞5勝、前走安田記念(東京GⅠ芝1600m)2着の後、休み明けの女傑ダイナアクトレス。
3番人気は、前走函館のオープン特別を勝ったボールドノースマン。

マウントニゾンが出遅れ、押っつけてマイネルダビテが逃げ、トウショウサミットが2番手、ランニングフリー3番手、その後ろにダイナアクトレス、さらに後方グループにシリウスシンボリ、フレッシュボイス、オグリキャップが付けます。
3コーナーには、ランニングフリーが2番手に上がります。
3-4コーナには早くも各馬が動き、ダイナアクトレスが外から先頭に出、シリウスシンボリ、フレッシュボイス、オグリキャップもそのすぐ後ろに進出、馬群は縮まります。

4コーナー回り、各馬ハンデ戦かと思われるような、横一線に並びます。
オグリキャップは大外を回り、横一線の先団に取り付きます。
オグリキャップが追い出すと脚色違い、内外の有利さで先頭に出て、持ち前の粘りを見せていたランニングフリーに迫ります。
内から、ボールドノースマンがじわじわ伸び、オグリキャップのさらに後ろからシリウスシンボリが、オグリキャップと変わらぬ脚で、追い込んで来ました。
ランニングフリーを交して先頭に出たオグリキャップが、シリウスシンボリを1馬身1/4押さえて優勝。
さらに1馬身1/4後に、重賞未勝利馬ボールドノースマン。

1着 オグリキャップ 1.49.2
2着 シリウスシンボリ 1 1/4
3着 ボールドノースマン 1 1/4

オグリキャップは、着差以上に楽な競馬でした。
春に大活躍したタマモクロスは、天皇賞秋に直行しました。
オグリキャップ、タマモクロス共に芦毛馬。
芦毛の馬の出生確率は約7%・・・同時期に、これだけ超一流の芦毛馬が対戦する事は珍しく、競馬ファンは盛り上がりました。

次回は、1988年天皇賞秋について書きます。

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2012年2月16日 (木)

平成三強物語 - 1988 オグリキャップ(2)

競馬には、あいつさえいなければ・・・と言う事は良くありますが、平成の初めに、3頭の偉大なサラブレッドが、しのぎを削って、GⅠレースを取り合った時代がありました。
これは、昭和の3強、トウショウボーイ、テンポイント、グリーングラスになぞらえ、この3頭を平成3強と呼びました。

オグリキャップ・・・1988、1990 有馬記念、1989 マイルCS 1990 安田記念
イナリワン・・・1988 東京大賞典(大井)、1989 天皇賞春 1989 宝塚記念 1989 有馬記念
スーパークリーク・・・1988 菊花賞、1989 天皇賞秋、1990 天皇賞春

最初にこのページを読む前に、平成三強物語 - 1987年-1988年 オグリキャップ(1)を一読願います。

今回は、オグリキャップの3歳JRAデビューから、夏までについて書きます。

1988年3月6日オグリキャップは、中央競馬に移籍して、ペガサスS(阪神GⅢ芝1600m)初出走しました。

1番人気は、4連勝中で、シンザン記念(京都GⅢ芝1600m)を勝っている、出走馬中唯一のJRA重賞ウィナー、ラガーブラック。
2番人気は、オグリキャップ。
地方競馬で、12戦10勝2着2回、内1勝は芝の勝利で、芝もダートも圧勝ばかりでしたが、公営馬と言う事で軽んじられ、1番人気にはなりませんでした。
当時は、中央競馬と地方競馬の交流は少なく、地方競馬に偏見を持っている人が多かったです。
地方競馬への偏見は、現在もですけどね。
それでも2番人気と言うのは、もしや・・・と思う人が多かったんでしょう。
3番人気は、ダートではありましたが、新馬、400万下条件戦2戦2勝のワンダーテイオー。
他の出走メンバーには、この時点では人気はありませんでしたが、後に重賞ウィナーとなる、グレートモンテ、インターアニマートも出走しています。

逃げたのはホリノライデン、2番手グレートモンテ、3番手ラガーブラック。
オグリキャップは、当初後ろから3番手につけました。
スタートから3F(600m)のタイム35.4、1000m通過が59.1と平均ペース。
先団グループは一団となり、入れ替わりました。

オグリキャップは、3-4コーナーで先団に上ります。
4コーナーから直線向いて、逃げたアグネスカノーバの外からオグリキャップが仕掛けると、ケタ違いの脚色を繰り出します。
残り200mでオグリキャップが先頭に立つと、後続を置き去りにします。
馬群からラガーブラックが上って来ますが、3馬身差離された2着まで。
オグリキャップは、ゴール前は手綱を緩める余裕の楽勝。

1着 オグリキャップ 1.35.6
2着 ラガーブラック 3
3着 マチカネイトハン 1 1/4

直線からの模様が、映像にあります。


3月27日オグリキャップは、毎日杯(阪神GⅢ芝2000m)に出走しました。
1番人気は、前走ペガサスS(阪神GⅢ芝1600m)楽勝のオグリキャップ。
2番人気は、きさらぎ賞GⅢを2着したファンドリデクター。
3番人気は、函館3歳S GⅢ芝1200m(現函館2歳S)を勝った後、休養していたディクターランド。
ついでに4番人気は、新馬、400万下を連勝中のヤエノムテキ。
他には、きさらぎ賞GⅢを勝ったマイネルフリッセ、後に重賞を勝つホリノライデン、グレートモンテ、インターアニマートも出走しています。

逃げたのはホリノライデンでしたが、1コーナー過ぎにグレートモンテに交わされます。
3番手はディクターランド。
オグリキャップは、後方に付けました。
スタートからの3F(600m)は36.2、1000m通過が1分0秒9と、平均ペースからやや遅目。

オグリキャップは前走同様、3-4コーナーで先団に上ります。
重上手なのか、直線抜け出したファンドリデクターの脚色が良いですが、オグリキャップも良く伸びて来ます。
前走ほどの切れ味はありませんでしたが、オグリキャップが粘るファンドリデクターを、首差交してゴール。

1着 オグリキャップ 2.04.8
2着 ファンドリデクター クビ
3着 インターアニマート 3 1/2身

ちなみにこのレース4着のヤエノムテキが、次走の皐月賞GⅠ芝2000m優勝、7着に敗れたディクターランドが皐月賞を2着しました。

クラッシック登録のないオグリキャップは、皐月賞、ダービー、菊花賞の3冠には、出走出来ませんでした。
現在なら、高い追加登録料を払えば出走できるよう、規定が変わったんですけどね
規定が変わったのは、オグリキャップの存在も、1つの原因です。

5月8日オグリキャップは、京都4歳特別(京都GⅢ芝2000m)に出走しました。
現在この京都4歳特別と言うレースはなく、代わって秋に開催していた京都新聞杯が、この時期に移設されていますね。
京都4歳特別は本来、ダービトライアルではないものの、ここで賞金を加算して、ダービの出走権を取る位置づけのレースです。

1番人気は、オグリキャップ。
2番人気は、シンザン記念(京都GⅢ芝1600m)優勝勝で、ペガサスS(阪神GⅢ芝1600m)はオグリキャップの2着、皐月賞(中山GⅠ芝2000m)9着のラガーブラック。
3番人気は、シンザン記念(京都GⅢ芝1600m)4着の後、休養明けのマグマアロー。

このレースには他に、きさらぎ賞GⅢを勝ったマイネルフリッセ、後に重賞を勝つエーコーシーザーも出走しています。
オグリキャップは、主戦ジョッキーの河内騎手が、東京競馬場のダービトライアルNHK杯GⅡ芝2000mに出走するサッカーボーイに乗るために、南井騎手が代役で騎乗しました。

逃げたのはエーコーシーザー、2番手アルピガ、3番手パワーウイナー。
オグリキャップは、中段より後方に付けます。
スタートからの3F(600m)は36.5、1000m通過が1分1秒2と遅いですが、これは今日と競馬場の馬場が荒れていたため。
この馬場では、平均ペースくらい。

オグリキャップは向こう正面から早仕掛け気味に上がって行き、3-4コナーで馬込みに突っ込みます。
直線向くと運よく前が空き、南井騎手が軽く追ったら先頭に立ち、後方を大きく突き放します。
そのまま差を広げ、5馬身差大楽勝。
2着に人気薄のコウエイスパート、3着も人気薄フミノアチーブ。

1着 オグリキャップ 2.03.6
2着 コウエイスパート 5
3着 フミノアチーブ 3 1/2身


6月5日オグリキャップは、ニュージーランドT4歳S(東京GⅡ芝1600m)に出走しました。
当時は、NHKマイルC(東京GⅠ芝1600m)もなく、クラッシックに出走出来ない外国産馬等が目指す、最大のレースでした。

1番人気は、オグリキャップ。
2番人気は、前走400万下条件戦を2馬身1/2千切って勝ったトマム。
3番人気は、前走菖蒲特別(東京オープン芝1400m)2着のリンドホシ。
他には、この後秋に重賞を勝つヤエノダイヤ、札幌3歳S GⅢ芝1200m勝ち馬ミヨノスピード、後に重賞を勝つマキバサイクロン、バレロッソ、アイビートウコウも出走しています。
オグリキャップの鞍上は、主戦河内騎手が復帰。

逃げたのはアイビートウコウ、2番手ハヤブサモン、3番手ダイワダグラス。
オグリキャップは最初、後方に付けました。
スタートからの3F(600m)は34.0、1000m通過が58.1の、3歳馬にしてはかなりのハイペース。

オグリキャップは、道中徐々に中団に進出し、3-4コーナーでは、前目に先団に取り付きます。
4コーナー回り、直線向く頃には4番手。
直線の長い東京競馬場、早仕掛けかと思いきや杞憂で、直線向くとと、馬なりで上って行きました。
手綱を押さえたまま、スピードの違いで先頭に押し出されます。
ハイペースに、他馬は懸命に追いますが、全く伸びません。
残り300mでちょっと気合を入れると、後方を突き離し、後は手綱を押さえても、7馬身差大楽勝。
2着リンドホシ、3着トマム。

1着 オグリキャップ 1.34.0
2着 リンドホシ 7
3着 トマム 3/4

時計がビックリで、当時の3歳にしては破格の1分34秒0。
この当時、GⅠ2勝しているニッポーテイオーが、日本最強マイラーと思われてました。
ニッポーテイオーが、3週間前に勝った同コース同距離の、安田記念GⅠ芝1600mの勝ちタイムより、オグリキャップのニュージーランドT4歳Sは、0.2妙速いタイムなのです。
オグリキャップを追っていたら、1分33秒台のタイムだったでしょうね。

オグリキャップのニュージーランドT4歳Sは、オグリキャップの伝説のレースの1つです。

7月10日オグリキャップは、高松宮杯(中京GⅡ芝2000m)に出走しました。
このレースも、走れるレースが少ない外国産馬等が目指すレースでした。
3歳のオグリキャップには、初の古馬との対戦です。

1番人気は、オグリキャップ。
2番人気は、前年の高松宮杯優勝馬で、重賞2勝馬の強豪ランドヒリュウ。
3番人気は、1987年朝日チャレンジC(阪神GⅢ芝2000m)優勝馬で、前走の金鯱賞(中京GⅢ芝1800m)2着他、重賞の2着が計3回あるプレジデントシチー。
他にはオークス(東京GⅠ芝2400m)優勝馬コスモドリーム、1987年カブトヤマ記念(福島GⅢ芝1800m)優勝馬ユウミロクも出走しています。

各馬、牽制するようにスタートして、押し出されるようにランドヒリュウが先頭で逃げます。
2番手パワーウイナー、3番手プレイガイドバード。
オグリキャップはその後、4番手に付けます。
スタートからの3F(600m)は36.1、1000m通過が1分0秒5とランドヒリュウがスローペースで逃げましたが、その後ペースを速めます。

オグリキャップは向こう正面で外に出し、3-4コーナーで上がって行き、4コーナー手前では2番手に付けます。
直線向いて、ランドヒリュウの脚色衰えず、2馬身後方からオグリキャップが懸命に追います。
直線短い中京競馬場で、レース展開はランドヒリュウに有利。
オグリキャップは1完歩ずつランドヒリュウを追い詰め、残り200mで並ぶと、さらに1馬身1/4差突き抜けました。
2着ランドヒリュウ、3着に同じく3歳のコスモドリーム。

1着 オグリキャップ 1.59.0 レコード
2着 ランドヒリュウ 1 1/4身
3着 コスモドリーム 4

これでオグリキャップは、公営から移籍した馬としては、ハイセイコーの記録を破る重賞5連勝を果たしました。
以下映像の3:00から、高松宮杯の直線だけのレース映像があります。

クラッシック登録のないオグリキャップは、秋には菊花賞ではなく、天皇賞秋、ジャパンC、有馬記念を目標にしていました。
しかし1988年には、古馬にとんでもない強さのタマモクロスがいたのです。
オグリキャップとタマモクロスは、伝説の戦いを繰り広げます。

次回は、平成三強物語外伝として、ヤエノムテキについて書きます。

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2012年1月17日 (火)

平成三強物語 - 1987年-1988年 オグリキャップ(1)

競馬には、あいつさえいなければ・・・と言う事は良くありますが、平成の初めに、3頭の偉大なサラブレッドが、しのぎを削って、GⅠレースを取り合った時代がありました。
これは、昭和の3強、トウショウボーイ、テンポイント、グリーングラスになぞらえ、この3頭を平成3強と呼びました。

オグリキャップ・・・1988、1990 有馬記念、1989 マイルCS 1990 安田記念
イナリワン・・・1988 東京大賞典(大井)、1989 天皇賞春 1989 宝塚記念 1989 有馬記念
スーパークリーク・・・1988 菊花賞、1989 天皇賞秋、1990 天皇賞春

今回は、平成三強で、未だに人気が衰えない、オグリキャップの2歳から3歳、笠松競馬時代について書きます。

1987と言えば、時はバブル景気。
それまでと変わって、世の中の景気が良くなり、仕事があふれ出て来ていました。
特に、土建業、建設業の景気の良さは、半端ではなく、徐々に地上げが出ていた頃です。
立ち退かないビルに、嫌がらせにトラックが突っ込んだのが、ニュースになりました。
1か月ぶりに行くと、ビルがさら地になっていたりしましたね。

競馬では、にわか馬主が増え、新馬戦もフルゲートでした。

オグリキャップの父は、ダンシングキャップ。
イギリス、フランスで走りましたが、重賞勝ちはなし。
それでも日本で種牡馬になったのは、ダンシングキャップが伝説の名馬で、大種牡馬、ネイティブダンサーの直仔だったからでしょう。

ネイティブダンサーはアメリカで走り、2歳時9戦全勝で、1952年度代表馬に選出。
3歳時には、プリークネスステークス(ピムリコ重賞ダート9.5F約1911m)、ベルモントステークス(ベルモントパーク重賞ダート12F約2414m)の2冠を含む10戦9勝、4歳時に3戦3勝で引退。
1954年度代表馬に選出されました。
通算成績、22戦21勝2着1回と言う完璧さで、あまりの強さに灰色の幽霊とあだ名されていました。
種牡馬になってからも、エタン、カウアイキング、ダンサーズイメージ、ナタルマ、ネイティヴストリート、フラダンサー、レイズアネイティヴ等の活躍馬、名種牡馬、名繁殖牝馬を輩出し、現在もネイティブダンサー系は大繁栄しています。

ネイティブダンサーはへそ曲がりな血統と言われ、ダート馬から芝馬とか、あるいはその逆、ステイヤー(長距離が得意な馬)からスプリンター、あるいはその逆、活躍馬は種牡馬でなかなか成功せず、逆に競争成績が振るわなかった馬が大種牡馬になりました。
ダンシングキャップは日本では、それなりに活躍する馬は出しましたが、大きなレースをいくつも勝つような、一流馬は出しませんでした・・・オグリキャップが生まれる前までは。

母ホイワイトナルビーは、父シルバーシャークで、遡ると伝説の名馬、名種牡馬マンノウオーに行き着く、現在ではマイナー血統のマンノウオー系。
マンノウオー系はしばしば、勝ち切れないなまくらな脚の馬が多いです。
母方はスピード血統のナスルーラ系。
馬主の小栗孝一氏が、繁殖牝馬として購入しましたが、繁殖成績は極めて優秀。
初仔の1979年オグリトラックから、1981年オグリシルバー、1981年オグリシルバー、1981年オグリシルバー、1982年オグリイチバン、1983年オグリシャーク、1984年オグリドンと生まれた産駒全て勝ち上がりました。

ダンシングキャップと配合して、7番目に生まれたのがオグリキャップです。

オグリキャップがデビューしたのは、地方競馬で2番目にレベルが高い東海・・・東海でもレベルが高い笠松競馬です。
今でこそ、地方競馬場で行われる、ダートの交流競走は、JRAの独壇場ですが、その頃はダートではJRAは地方勢には、歯が立ちませんでした。

オグリキャップのデビューは早く、5月19日。笠松ダート800mの超短距離戦です。
当時、オグリキャップはエンジンのかかりの遅い馬で、かつ直線で外にはじき出され、残念ながらマーチトウショウの2着に敗れます。

次走6月2日オグリキャップは、2歳戦笠松ダート800mに出走し、2着馬に4馬身差のぶっち切り勝利。

6月15日オグリキャップは、2歳条件戦笠松ダート800mに出走し、2着馬に6馬身差の楽勝。

7月26日、2歳条件戦笠松ダート800mで、初戦に敗れたマーチトウショウと再戦しますが、ひづめ蹄叉腐乱とオグリキャップの足元の状態が万全でなく、マーチトウショウのクビ差2着に敗れてしまいました。
実はオグリキャップは、この後厩務員が交代しますが、それまでずっと足元の状態が万全でない状態で走っていたそうです。

8月12日、足元が万全となったオグリキャップは、2歳条件戦笠松ダート800mでマーチトウショウと再戦し、2馬身1/2差の楽勝をします。

06:19に6戦目、8月30日2歳オープン秋風ジュニア(笠松ダート1400m)の映像があり、残り100m手前でマーチトウショウを並ぶ間なしに交し、4馬身以上の大差で勝ちます。

7戦目、10月4日秋風ジュニアクラウン(笠松ダート1400m)。
10日後に、中京重賞芝1200mのレースに出ることが決まっており、先行して楽な競馬で向かわせようと思って、直線先頭に立ったら、オグリキャップが遊んでしまって、マーチトウショウに迫られます。
オグリキャップは、一度はマーチトウショウに交されましたが、差し返し鼻差勝ち。

06:51に8戦目、10月14日中京杯(中京重賞芝1200m)の映像があります。

1番人気はここまで、7戦5勝2着2回のオグリキャップ。
2番人気はここまで、3戦2勝の牡馬アーデントラブ。
3番人気はここまで、3戦2勝の牝馬ピンクコマンド。

オグリキャップは全く危なげなく、スピードの違いで2着アーデントラブに、2馬身差楽勝します。

1着 オグリキャップ  1:10.8
2着 アーデントラブ 2
3着 シービーキグナス 3/4

この芝の勝利により、中央競馬の馬主から、オグリキャップを売って欲しいと、殺到したそうですが、馬主の小栗孝一氏は売るつもりはありませんでした。
調教師の鷲見昌勇は、この馬で翌年の東海公営クラッシックを席巻すると言っていたそうです。

00:15に9戦目、11月4日に2歳オープン競争中日スポーツ杯(名古屋オープンダート1400m)の映像があります。
4コーナー手前でオグリキャップは、逃げるミサトネバー、追いすがるハロープリンセスに並びかけ、並ぶ間なく交し、ハロープリンセスに2馬身1/2の楽勝。

08:16に10戦目、12月7日に古馬混合条件戦、師走特別(笠松B2ダート1600m)の映像があります。
4コーナーで先頭に立つと、後続を突き離し、直線200m少々しかないのに、2歳馬が古馬を6馬身引き離しました。

07:21に11戦目、12月29日、笠松競馬の2歳オープン戦、ジュニアグランプリ(笠松オープンダート1600m)の映像があります。
オグリキャップは、3コーナー過ぎからまくって、4コーナーで先頭に立つと、後続を突き離し、直線200m少々しかないのに、4馬身引き離しました。

この頃、馬主の小栗孝一氏は、マーチトウショウの馬主で、JRAの馬主でもある佐橋五十雄氏に、オグリキャップを売る事にしました。

07:54に12戦目、1988年1月10日、笠松競馬のオグリキャップ最後のレース、ゴールドジュニア(笠松オープンダート1600m)の映像があります。
オグリキャップは先行して、3コーナー過ぎか上り、4コーナーで先頭に立つと、後続を突き離し、後は手綱を押さえ、マーチトウショウを2馬身1/2引き離しました。

どうでしょうか?これが怪物オグリキャップのプロローグです。
この後、中央競馬に移籍しますが、これは次の機会に。

オグリキャップの前には、ハイセイコーも怪物と言うキャッチフレーズでした。
実はオグリキャップの前に、笠松競馬には怪物と呼ばれる馬がいました。
JRAで勝味に遅かったフエートノーザンです。
1987年、笠松競馬に移籍し、秋には本格化しました。
当時の笠松競馬には、同じくJRAから移籍して来た、朝日チャレンジCを勝った事もある、ワカオライデンがトップを張っていました。
フエートノーザンは、重賞名古屋大賞典は、ワカオライデンに敗れますが、笠松競馬の有馬記念、東海ゴールドCで、ワカオライデンを破り、優勝します。
翌年から、手の付けられないような強さになりました。

その内、フエートノーザンも紹介します。

笠松競馬で、オグリキャップ、フエートノーザン、両馬の主戦騎手だった安藤勝己は、怪物フエートノーザンを負かすとしたら、オグリキャップしかいないと思っていたそうです。
この後、中央競馬に移籍して、怪物オグリキャップが有名になりましたので、怪物フエートノーザンのイメージは霞んでしまいましたけどね(笑)。

次回は再び、イナリワンの1988年のレースについて書きます。

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2011年12月23日 (金)

平成三強物語 - 1990年 有馬記念(中山GⅠ芝2500m)

競馬には、あいつさえいなければ・・・と言う事は良くありますが、平成の初めに、3頭の偉大なサラブレッドが、しのぎを削って、GⅠレースを取り合った時代がありました。
これは、昭和の三強、トウショウボーイ、テンポイント、グリーングラスになぞらえ、この3頭を平成三強と呼びました。

オグリキャップ・・・1988、1990 有馬記念、1989 マイルCS 1990 安田記念
イナリワン・・・1988 東京大賞典(大井)、1989 天皇賞春 1989 宝塚記念 1989 有馬記念
スーパークリーク・・・1988 菊花賞、1989 天皇賞秋、1990 天皇賞春

オグリキャップは、秋2戦、天皇賞秋(東京GⅠ芝2000m)ジャパンカップ(東京GⅠ芝2400m)と無残な敗北を喫し、引退レースとして有馬記念に出走して来ました。
これ以上、オグリキャップの無残な敗戦が見ていられない心ないファンは、ジャパンカップ後、直ちにオグリキャップを引退させるよう、馬主の近藤俊典氏を脅迫すると言う事件となりました。

鞍上は、秋2戦騎乗して結果の出なかった増沢から、スーパークリークの引退で、空いてた武豊となりました。
本来であれば、実績も経験も豊富な増沢に比べ、まだまだ駆け出しの武豊でしたが、この時点で天才の名を欲しいままにし、事実史上最速100勝達成、スーパークリークで史上最年少GⅠ制覇、1988年には史上最年少でで全国リーディングで、翌1989年も全国リーディング、1990年も全国リーディングほぼ確実と、人気ばかりでなく実績もありました。
武豊か、岡部が乗って、どうしようもない馬は、しょうがないムードがあった程でした。
事実、岡部の1988年 有馬記念の騎乗も、武豊の1990年 安田記念の騎乗も、オグリキャップの持ち味を最大限活かした、見事な騎乗でした。

1989年 有馬記念の記事にも書いていますが、オグリキャップは物凄く調教の走る馬で、栗東で最も時計が出ない、Bコースで調教の追い切りをします。
並みのオープン馬でも、1200mを80秒なかなか切らないコースなのですが、オグリキャップはこの時点でも77秒前後で走る事が出来ました。

1番人気は、ジャパンカップで日本馬最先着した3歳馬ホワイトストーン、2番人気は何故かしら5歳馬メジロアルダン、3番人気は菊花賞(京都GⅠ芝3000m)で3着に敗れたメジロライアン、4番人気にやっとオグリキャップ、5番人気オサイチジョージ、6番人気ヤエノムテキと続きます。
実はレース前に、面白い流言が飛んでいました。
馬券は今とは違い、枠連までしかなかった当時、オグリキャップと同枠の馬が、代用で有馬記念に2着までに来ると。
枠順が発表された時、同枠に入ったのはメジロアルダン・・・あながち、オグリキャップの代用で2着までに来るのは、あり得ない話じゃありませんでした。
ここまでの実績からすると、メジロアルダンの2番人気は、人気が過熱し過ぎで、この流言があったのでは?と勘ぐってしまいます。
鞍上は、オグリキャップの最初の主戦ジョッキーだった河内洋と言うのも、因縁めいていました。

自分に競馬を教えてくれた師匠は、オグリキャップ衰えても、マイル戦ならまだ日本で一番強いのではないか?と言っていました。
この有馬記念も、もしスローペースで、上がりのスピード勝負になれば、オグリキャップは、まだまだ勝負になるとも言っていました。
しかし世間一般では、オグリキャップはこの有馬記念で引退して、種牡馬入りが決まっていましたので、無事ゴールまでたどり着いてくれれば、着順なんてどうでも良いムードでした。
自分も、そう思っていました。

そして当日のパドックです。
自分は通常、メインレースの1つ前のレースはスタンドで見ず、パドックに陣取る事にしていました。
そうでなければ、人が多くてじっくりパドックを見る事が出来ません。

それにしても、オグリキャップの引退レースとして、あの中山競馬場に約15.5万人もの人が来て、どこに行っても人の波。
当時はまだ、有馬記念には、前売り券は必要なかったんですね。
そのため、有馬記念の2レース前から、パドックに陣取っていました。

在りし日の、全盛時のオグリキャップは、気合を思いっきり外に出し、2人挽きの手綱を持って行くほどで、パドックの見栄えのする馬でした。
しかし、この日のパドックも残念ながら、秋2戦同様、うつむいて、2人挽きの手綱を持って行くほどの気合は見せず、元気がないように見えました。

逆に気合を見せて、パドックで目立っていたのは、ホワイトストーン、メジロライアンの3歳勢、メジロアルダンも良く見えましたし、このレース逃げると目されていたミスターシクレノンも良く見えました。

スタートです。出遅れた馬はありませんでしたが、逃げると目されていた松永幹夫ミスターシクレノンは、ダッシュせず、ゆるりと2番手と目されていたオサイチジョージが逃げます。
レース前に放馬のアクシデントがあった、岡部幸雄ヤエノムテキも珍しく2番手に先行し、その後メジロアルダン、オグリキャップも4-5番手と先行します。
オグリキャップの後ろには、マークするように柴田政人ホワイトストーン、横山典メジロライアンは後方から。

ペースは見た目にも、びっくりするようなスローペース。
600m通過が37.1、1000m通過は63.5と条件クラス並みの、超スローペース。
このため、馬群は団子状になりますが、どの馬もオサイチジョージを突っつきません。
2コーナーで、2番手ヤエノムテキ、3番手少し上がったメジロアルダン、4番手インコースで自然に上がったホワイトストーン、オグリキャップ真中段前、依然メジロライアンは後方から。

1600m通過は1:40.0、向こう正面で、たまらずミスターシクレノンが上がって行きましたが、それでも各馬折り合いがつき、淡々と流れて行きます。
この頃から、少しずつペースが上がって行きます。
3-4コーナー中間くらいから、勝負所と各馬が上がって行き、この中には、逃げるオサイチジョージを射程圏に捕らえたオグリキャップもいました。
2000m通過は、2:03.5。
スタンドで、自分の斜め前にいたおじさんが、「オグリキャップ、ゆっくり・・・ゆっくりと・・・」と言っていたのが、印象的でした。

ここまで超スローペースでしたので、後は瞬発力、スピード勝負です。
故障しないで、無事回って来てくれれば良いと思っていたオグリキャップは、直線手前で武豊が合図して、ゆっくり加速して直線を向きます。
オグリキャップは、急に追うと手前を変える(利き脚に変えて加速する)のにモタモタするクセがありました。
しかし安田記念と同様、ゆっくり加速したので、モタモタするクセは見られません。

これだけのスローペースですから、道中折り合いをつけ、いかにリラックスして走り、脚を残しているかがポイントです。
逃げた、オサイチジョージの脚がまだ残っていましたが、スピードではオグリキャップの敵ではありません。
直線向いて、オグリキャップがオサイチジョージを交わし、先頭に踊り出ます。
豪腕、柴田政人のホワイトストーンが、インコースを突いて突っ込んで来ます。
横山典メジロライアンが、物凄い足で突っ込んで来ます。

どの馬にも脚は残っていますが、ホワイトストーン、メジロライアンの脚は凄かった。
競馬の神様、故大川慶二郎が、メジロライアンの馬券を持っていたのか、テレビの放送で「ライアン!」と叫んだのは有名な話です。
しかしオグリキャップの、この日のスピードは違い、ホワイトストーンを引き離し、メジロライアンも交せそうには見えませんでした。

驚きの、引退レースで堂々復活、オグリキャップ優勝です。
しかも勝ちタイムは、同日の900万下同条件、グットラックハンデの勝ちタイム2分33秒6より遅い、2分34秒2です。
昨年の有馬記念と比べても、2.5秒も遅いです。

優勝時の実況、「見事に、引退の花道を飾りました。スーパーホースです、オグリキャップです。」は、名実況として、今に語られています。

2着はホワイトストーンを交わした、メジロライアン。
でも、メジロライアンは、もっと早く仕掛けていれば、結果はどうだったでしょうね?

1着 オグリキャップ 2.34.2
2着 メジロライアン 3/4
3着 ホワイトストーン クビ

現在、ウィキペディアを見ると、当時の瀬戸口調教師が、この秋のオグリキャップが、骨膜炎で苦しんでいたと、完調状態で出走した訳ではなかった事を示唆しています。
出走したのは、オーナーの意向だったのでしょうか?
調教VTRを見ても、タイム的にもいつもと変わらず、走る姿も素人目には良く見えましたが、関係者にはいつもと違うと感じていたのでしょうね。
パドックでの気合、気迫は、春の頃とは比較にならないくらい、ありませんでした。

後に、増沢とオグリキャップの相性が良くなかったとの説が出されていますが、自分は違うと思います。
オグリキャップは、もう昔日の強さではなく、調子も悪かったんだと思います。

しかし、後に有馬記念パドックでは、手綱を引く池江と辻本厩務員が、天皇賞秋の2倍の力で手綱を引いたので、ひょっとしたらと思ったそうです。
うつむいていたのは、厩務員が手綱を引いていたからだと。それで、元気がないように見えたんですね。

後に、武豊TVで、武豊の思い出のレースベスト5の第4位に、このレースを選びました。
そこでは武豊は、「オグリキャップは、鞍上の指示に従う、乗りやすい馬だった」と語りました。
オグリキャップの調子については、春の出来にはないんだろうなと思っていて、乗っていて、3コーナーまでは勝つ事は考えず、普通に回って来たそうです。
4コーナー手前で、オグリキャップの行きっぷりが良くい、もしかしたら・・・と思い、最後は優勝・・・
「こんな事って、あるんですね」としみじみ語っていた。

現在の、JRAの有馬記念のCMがこのレースで、「神はいる、そう思った」と言うフレーズですね。
オグリキャップが有馬記念で優勝したのは、少し体調が戻り、絶好のスローペースで上りのスピード勝負になり、武豊が絶妙の騎乗をした結果です。
まあ、少しだけ、神の後押しがあったかも知れませんが。

オグリキャップの引退式は、人気が凄かった事もあり、異例の京都競馬場、公営笠松競馬場、東京競馬場の3場で行われました。
東京競馬場へは見に行きましたが、有馬記念の時から少し太っていましたが、有馬記念のパドックより気合乗りが良く、まだまだ現役で通用するんじゃないかと思われるほどでした。

これで、オグリキャップ、スーパークリーク、イナリワンの3頭共に引退し、次には種牡馬として覇を競う・・・はずでしたが、これは生まれた時代が悪かったのです。
オグリキャップは、これだけの人気馬で、血統は大した事がないとは言え、18億ものシンジケートが組まれました。
スーパークリークは15億、イナリワンのシンジケート値段は不明。

前年に、凱旋門賞馬トニービンが種牡馬入りしていましたし、平成三強と時を同じくして、25億円のシンジケートが組まれ、後の大種牡馬サンデーサイレンスが種牡馬入りしました。
同年には、ブライアンズタイムも種牡馬入り。
この3頭とも、ものすごく活躍した種牡馬です。
特にサンデーサイレンスにつては、競馬史上、ボールドルーラーも、ノーザンダンサーも、レイズアネイティブも及ばなかったほど、多くの活躍馬を輩出しました。
これはまた、平成三強とは別の話・・・

平成三強は、イナリワンが少し公営などで成功したくらいで、オグリキャップ、スーパークリークは、全然活躍馬を出さないまま、種牡馬引退しました。

これにて、平成三強物語を終了します。

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2011年12月21日 (水)

平成三強物語 - 1990年 ジャパンカップ(東京GⅠ芝2400m)

競馬には、あいつさえいなければ・・・と言う事は良くありますが、平成の初めに、3頭の偉大なサラブレッドが、しのぎを削って、GⅠレースを取り合った時代がありました。
これは、昭和の三強、トウショウボーイ、テンポイント、グリーングラスになぞらえ、この3頭を平成三強と呼びました。

オグリキャップ・・・1988、1990 有馬記念、1989 マイルCS 1990 安田記念
イナリワン・・・1988 東京大賞典(大井)、1989 天皇賞春 1989 宝塚記念 1989 有馬記念
スーパークリーク・・・1988 菊花賞、1989 天皇賞秋、1990 天皇賞春

前走の天皇賞秋で、不可解な敗北を喫したオグリキャップは、前年とは違い、ジャパンカップ(以後JC)に直行しました。

まず、外国出走馬について紹介します。

ベルメッツ(英)牡馬3歳
同年、キングジョージ五世&クイーンエリザベス・ダイアモンド・ステークス(アスコットGⅠ芝12F約2414m・・・以後キングジョージ)に勝った馬で、この年の招待馬の一番の目玉です。
他にはGⅢ、GⅡを1勝ずつ。
キングジョージ勝ちのJC参加は初でしたし、結構競馬新聞なんかで、本命を打つ人も多く、最終的に1番人気になりました。

ベタールースンアップ(豪)セン5歳
前年、オセアニアのホーリックスが優勝した事で、日本のオセアニア勢の見方が一変。
しかも、ホーリックスはレベルの低いニュージーランドの馬に対し、ベタールースンアップはオーストラリアの馬で、直前に連闘で、コックスプレート(ムーニーバレー芝2040m)とマッキノンS(フレミントン芝2000m)と言う、オーストラリアの大きなGⅠレースを勝って来日しました。
しかもホーリックスばりに、連日芝2000m以上の長いところで時計を出す、ハード調教。
近年、オセアニア最強馬と言う触れ込みもあり、最終的には2番人気に支持されました。

カコイーシーズ(英)牡馬4歳
ヨーロッパでは、GⅢを2勝のみですが、3歳時に英ダービー(エプソムGⅠ芝12F約2414m)3着、キングジョージ2着、英国際S(ヨークGⅠ芝10F110Y約2092m)2着と、GⅠでも善戦していましたが、勝ちきれていませんでした。
この年のキングジョージも、ベルメッツの4着。
しかしアメリカで、ターフクラシックS(ベルモントパークGⅠ芝12F約2414m)を勝っていて、アメリカと日本ではスピード競馬なので、日本の馬場に合うかもしれないと考えられていました。3番人気になりました。

プティットイル(仏)牝4歳
牝馬ながら、昨年GⅠ愛セントレジャー(カラGⅠ芝14F約2816m)勝ちし、今年はアメリカのGⅡを2勝、穴人気気味でした。

アルウーワッシュ(英)牡5歳
イギリスでは、重賞を勝てませんでしたが、昨年イタリアに遠征し、大きなGⅠレース、共和国大統領賞(カパネッレGⅠ芝2000m)、ミラノ大賞(サンシーロGⅠ芝2400m)、アメリカに遠征してカールトンFバークH(サンタアニタGⅠ芝10F約2011m)に優勝しました。
当年は、アメリカに止まりレースをしましたが、勝ち星はなく、ターフクラシックS(ベルモントパークGⅠ芝12F約2414m)2着が最高です。

オード(仏)牝4歳
春にフランスで、GⅢとGⅡを1勝ずつしていますが、その後アメリカに遠征し、GⅠを勝ちきれず。人気はありませんでした。

イブンベイ(英)牡6歳
昨年まで実績に加え、今年は芝のレースで、ドイツGⅠ、ベルリン銀行大賞(デュッセルドルフGⅠ2400m)、愛セントレジャー(カラGⅠ芝14F約2816m)勝ちしましたが、何と言ってもダートですが、ブリーダーズ・カップ・クラッシック(ベルモントパークGⅠダート10F約2011m)をアンブライドルドの2着しました。
日本で種牡馬になる事が予定され、オーナーも日本人。
JCでは、南関東公営の河津ジョッキーが乗る事になりました。
現在でも、公営のレースに偏見を持っている人はいるでしょうが、ジョッキーの交流がなかったこの当時、公営の騎手は中央の騎手と比べ、一般に低く見られていました。
外国馬に、わざわざ公営騎手、それもトップジョッキーではない河津騎手を乗せるのは、戦前から「マジかよ!」って反応でした。

なお、イブンベイに河津騎手が乗るならと、公営時代のオグリキャップの主戦ジョッキー、当時笠松競馬所属の安藤勝己ジョッキーが、本来のオグリキャップのオーナー、佐橋氏に直談判したが、実現しなかったそうです。
オグリキャップに騎乗した、増沢ジョッキーには冗談じゃなかったでしょうが、実現して、安藤勝己騎手が乗ったらどんな結果だったろうと思います。

スタイリッシュセンチュリー(豪)牡4
前年スプリングチャンピオンS(ランドウィックGⅠ芝2000m)とヴィクトリアダービー(フレミントンGⅠ芝2400m)の2つのGⅠを勝っています。
ホーリックスの活躍で、オセアニアの見方が変わったとは言え、今年はベタールースンアップに歯が立たず、人気は低かったです。

フレンチグローリー(仏)牡4
フランスでは、GⅢまでしか勝てませんでしたが、北米に遠征して、カナダのロスマンズ国際S(ウッドバインGⅠ芝12F約2414m)に優勝しています。

ファントムブリーズ(愛)牡4
GⅠ優勝なく、GⅡ3勝、GⅢ2勝しています。人気はありませんでした。
この馬の話題は、鞍上のアメリカ女性騎手、ジュリー・クローンの方だったですね。当時JRAでは女性騎手はいなかったのです。

日本馬では、オグリキャップが最高の4番人気、以後ダービー3着、菊花賞2着のホワイトストーン5番人気、天皇賞秋を勝ったヤエノムテキ8番人気、オサイチジョージ10番人気と続きます。
オグリキャップには、前走と同じく、鉄人増沢が騎乗し、ホワイトストーンには、イナリワンが脚部不安となったため、柴田政人ジョッキーが騎乗しました。

1990年 安田記念(東京GⅠ芝1600m)に、オグリキャップのパドックの様子を書いています。
この日も、いつもと同じ2人曳きながら、安田記念まで見せていた手綱を持って行く仕草がなく、淡々とパドックを回り、覇気に欠けるように見えました。

ゲートが開いて、ここで波乱が・・・逃げると思っていたイブンベイが、出遅れて後方から。
同じく、オグリキャップも、増沢にしてはスタート悪く、結局最後方に付けざるを得ませんでした。
他に是が非でも鼻に立とうと言う馬がなく、オサイチジョージ、スタイリッシュセンチュリー、プティットイルの3頭が牽制して、結局オサイチジョージが逃げました。
2番手スタイリッシュセンチュリー、3番手プティットイル、4番手カコイシーズ、その後のグループに、ホワイトストーン、ベルメッツ、その後ろにオード、ヤエノムテキ、ベタールースンアップ、後ろから相変わらず、オグリキャップ。

そこからペースが上がりますが、馬順は落ち着いたまま進みます。
3-4コーナーではオサイチジョージ、スタイリッシュセンチュリー、プティットイルの順で、それをマークするようにカコイシーズ、後方のホワイトストーン、ベルメッツ、オード、ベタールースンアップが上がって行きます。
4コーナー回る頃には、先行勢の足色が鈍り出し、後ろにいた馬が被さって、団子状になります。

直線向いて残り400m、先団をマークするように乗っていたカコイシーズが、先頭に立ちます。
前を行っていたオサイチジョージ、スタイリッシュセンチュリー、プティットイルは、脚色ぱったりで、ここまで。
中団からスルスルと良い脚で、ベタールースンアップが接近して来ます。大外から、オードも突っ込んで来ました。
ベタールースンアップが、ゴール前カコイシーズを捕え、抜き去り、大外から凄い脚でやって来たオードも、ゴール前頭コイシーズを捕え、ゴールしました。

ベタールースンアップは、近年オセアニア最強馬と言われているだけあって、ハイペースをものともせず差し切りました。
2着したオードの脚も凄かったですが、後100m先がゴール板でも、抜けなかったんじゃないでしょうか?

オードは、日本の馬場が合ったんでしょうね。恐らく調子も良かったでしょう。でも、ベタールースンアップが1枚上手だった。
カコイシーズも、完璧に乗りましたが、これで負けたらしょうがないでしょう。

3歳のホワイトストーンは、4着と善戦しました。しかし、前3頭とは力負けでしたね。

1着 ベタールースンアップ 2.23.2
2着 オード アタマ
3着 カコイーシーズ アタマ

オグリキャップは、増沢にしては珍しい出遅れで、最後方から・・・これは、どう言い訳しても、騎乗ミスですね。
しかしスタート良く、好位に付けていても、勝ち負けしそうな脚色じゃないですね。
天皇賞秋(東京GⅠ芝2000m)の惨敗は、ステップレースを使わないからと言う人もいましたが、JCの後方のまま11着は、昔年(せきねん)の出来にはないと言う事が、はっきりしました。

オグリキャップの次走は、引退レースとして、有馬記念(中山GⅠ芝2500m)に出走すると発表されました。
オグリキャップの、こんな無残な姿を見ていられないファンから、馬主の近藤俊典氏に、引退させろと脅迫状が届く騒ぎまで起きました。


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